着流し姿で熱唱「アニソン界の西郷どん」と呼ばれる謎のシンガー

「あ! 西郷どんがアニメソングを歌ってる!」。クラブやライブハウスでアニメソングを熱唱するシンガー、玉岡マサノブさん(35)。彼のステージを観た誰しもが「ひったまがる」(『ひどく驚く』を意味する鹿児島弁)に違いありません。圧倒的な声量、陶然とするほどの歌のうまさ、がっしりとした体躯を激しく揺さぶってのパフォーマンス、とにかく迫力満点。

さらにそのいでたちは、なんと着流し姿。東京の上野恩賜公園に立つ西郷隆盛の銅像、そのままの風貌なのです。現在NHK大河ドラマ『西郷どん』が好評を博していますが、よもやアニソンシンガーの世界でもこんな維新が起きていたとは。「アニソン界の西郷どん」と異名をとるご本人にお話をうかがってきました。

肩に犬を乗せて歌う「アニソン界の西郷どん」

「西郷隆盛さんをイメージして着流しでステージに立ち始めたのは2017年の10月からです。NHKでドラマ化されることは知りませんでした。まったくの偶然なんです。なので、自分でも運命的なものを感じています」

そう語る玉岡さんは大阪の羽曳野(はびきの)市在住。残念ながら鹿児島でも上野でもありません。精密機器の加工工場に勤めつつ、ライブハウスやクラブでのアニソンイベント、さらには商店街の催しまで、さまざまな舞台で熱唱しています。そしてどんな場所でも圧巻の歌唱力で観客を魅了しているのです。

玉岡マサノブさんはライブハウスやクラブに着流し姿で登場する

「特別な歌のレッスンはしていません。工場での作業中に機械が大きな音を出すので、その音にまぎれるように歌いながら仕事をしています。それが練習になっているのかな」

玉岡さんのライブの最大の特徴は「着流し姿でアニメソングを歌うこと」。身長173センチ、体重は95キロ。かっぷくがよく、和装がとても似合います。さらに、どっしりと構えた立ち姿は、有名な「西郷隆盛の銅像」の生き写しのよう。違っている点といえば、愛犬の居場所。かの銅像の薩摩犬のように手綱でつないではおらず、肩にちょこんと乗っかっているのです。

「これは“ペコ丸”という名の、犬の姿をした歌の精霊なんです」

肩に乗せているのは犬の姿をした歌の精霊「ペコ丸」

犬の姿をした歌の精霊? まるでアニメの設定のように現実離れした回答ですが、皆さん、ついてきてくださいね。実は玉岡さんのステージはファンタジックなストーリー仕立てになっており、この「ペコ丸」と会話をしながら進んでゆくのです。アニソンイベントでまさかの西郷どんの登場に初めはあっけにとられた観客たちも、次第に演劇的な玉岡ワールドにぐいぐい引き込まれてゆく。彼の人気は、単なる歌のうまさだけではないのです。

玉岡さんはペコ丸と会話をしながらステージを進行させてゆく

宮村優子に憧れて「声優」を志した

玉岡さんがアニメに興味をいだいたのは中学時代。

「アニメ好きの友だちに勧められて観た『新世紀エヴァンゲリオン』の影響が大きいです。中学生の僕には内容はまだ難しかった。けれども、わからないなりに作品の深い世界へ引き込まれていく感覚をおぼえ、ハマりました」

玉岡さんはさらに、エヴァンゲリオンを通じ、あるひとりの声優にこころを奪われるのです。

「惣流・アスカ・ラングレー役を声で演じた宮村優子さんのファンになりました。ラジオ大阪でやっていた彼女の番組も毎週欠かさず聴くようになり、まるでアイドルを追いかけるような気持ちでイベントに通った時期もあります。そうして『自分も将来は声優になりたい』『いつか宮村優子さんと一緒に仕事がしたい』と思うようになりました」

宮村優子さんと玉岡さん、外見はシンクロ率0。それでも玉岡さんは声優を夢見て、下積みとしてまず高校では演劇部に。卒業後も声優の専門学校へと通うようになります。アニメソングの魅力に開眼したのは、この専門学校時代です。

「改めて『アニメって、主題歌、挿入歌、エンディング曲、すべて含めてひとつの作品なんだ』って気がついたんです。たとえば幼い頃に観ていた『ドラゴンボールZ』なんて、オープニングからもうワクワクしたじゃないですか。いまでも口ずさむと胸が熱くなる。そしてアニソンを自分でも歌ってみたくなったんです」

パワフルかつ圧倒的な歌唱力で観客を魅了する

「アニメソングには人の心を感動させる力がある」。言わば原点に立ち返った玉岡さんは2008年7月、それまで人前で歌った経験がなかったにもかかわらず、J:COM×アニマックス主催『第2回全日本アニソングランプリ』の地方公開オーディションにチャレンジしました。

審査員だった水木一郎さんを前にして『魔装機神サイバスター』の主題歌『戦士よ、起ち上がれ!』を熱唱。入賞こそしませんでしたが、この迫真のステージをきっかけにライブハウスやクラブイベントなどから出演依頼の声がかかるようになりました。それ以来十年、今日まで地道に歌い続けてきたのです。

ある日「西郷どんに似ている」とTwitterで話題に

しかし……十年の歳月のなかでアニメソング・ライブシーンの状況は変わり、中堅の域に達していた玉岡さんは次第に悩み始めます。

「ずっと『個性がない』『なにかが足りない』と悩んでいたんです。このままでは『ただアニソンを歌ってるだけのおっさんでしかない』と。アニソンのイベントは増えてゆき、それ以上にライブハウスやクラブでアニソンを歌うシンガーの数はどんどん増えていっている。そんななかで『自分は埋もれていくのではないか』という不安もありました」

三十路に手が届き「ただアニソンを歌ってるだけのおっさん」として精彩を欠きつつあった玉岡さん。そんな玉岡さんに「人生の無血開城」と呼んで大げさではないほどの転機がやってきます。

「2017年7月に、ある演者さんがTwitterで『玉岡マサノブは西郷どんに似ている』とツイートしたんです。そして、それにたくさんの『いいね!』がついたり、リツイートがあったりしました。それまで自分では西郷隆盛さんに似ているなんてまったく思っていなかったのでびっくりしました。『俺って、そんなに似てるんや』って」

これまで漫画『北斗の拳』に登場する「山のフドウ」やプロレスラーの故・橋本真也選手に似ていると言われたことはあったものの、「西郷どんに似ている」は初めて。しかもそのツイートが多くの賛同を得ていることに驚いたのだそうです。

玉岡さんはブログで日々の出来事や感じたことを発信している

さらにその後、玉岡さんに、ある決定的な瞬間が訪れました。ある歌手に初めて会ったとき、いきなり「ああ! あの! 西郷どん!」と呼ばれたのです。

「それはちょうど『自分には何かが足りない』と悩んでいた時期でした。そして……『これだ!』と。このまま続けても、単なる歌うおじさんでしかない。自分が変われる大きなきっかけなんじゃないか。『よし、これからは“アニソン界の西郷どん”としてやっていこう』。そう決断しました」

「西郷隆盛さんのおかげで生まれ変われた」

「“アニソン界の西郷どん”としてやっていく」。そう心に決めた玉岡さんは、2017年10月24日、club MERCURY(クラブ マーキュリー)というお店で、初めての自分メインのイベント「さいごーどんお披露目イベント」を開き、遂に着流し姿でステージに登場しました。

「歌うだけではなく、お芝居を取り入れました。まず、アニソンシンガーだった僕が落雷を受けて死んでしまう。そんな僕のもとに歌の精霊ペコ丸が現れる。ペコ丸は実はかつて西郷隆盛さんがかわいがっていた犬で、新しい飼い主を探して時空をさまよっていた。そして僕はペコ丸の神通力によって“さいごーどん”として蘇生した。そんなストーリーをつくりました」

玉岡さんは「アニソン界の西郷どんを名乗るようになってから表現の幅が広がった」と語る

「さいごーどん」として初めて姿を現し、自らを『おいどん』と呼び表した玉岡さんのハマり具合と孤高の輝きに、観客は拍手喝采。それはアニソンシンガー十年選手の、新時代の幕開け。以来、彼のウワサは全国へと広がってゆきました。

「“アニソン界の西郷どん”を名乗るようになって、ステージに対する考え方が変わりました。単にお客さんをノセればいいのではなく、気持ちをこめて歌う。アニソンの歌詞をドラマのセリフのように大切にしながら、お客さんが頭に情景を浮かべやすい雰囲気をつくっていく。そんなふうに変化してゆきました。以前よりステージに深みが増したと思いますし、お客さんがいっそう笑顔になってくれる。西郷隆盛さんのおかげです」

まるでお客さんと同盟を結んでゆくかのように心をつかみ、アニソンシーンに新風を呼び起こす玉岡さん。この勢いで、いつか憧れの宮村優子さんと共演する夢をかなえてほしいでごわす。

TAGS

この記事をシェア