サブカルクソ野郎に青春はできない…「つげ義春」が僕の人生を変えた〜青春発墓場行き(第8回)

(イラスト・戸梶 文)

突然だが、このコラムのテーマは「青春」である。だが、今までは、青春できなかったことばかり書いていて、青春を謳歌したことはまったく書いていなかった。そこで、今回は、青春をしたことを書こうと思う。

僕には、大きく分けて2回、青春期があった。それは、「中学時代」と「社会人時代」である。

いわゆる、一般的な青春期である、「高校時代」と「大学時代」に青春できなかったゆえに、このようなコラムを書くハメになってしまった。しかし、青春期ではなく、反抗期であった「中学時代」は、今思うと、なかなかの青春を謳歌していたと言っていいであろう。

中学時代、僕は純粋な少年であった。活発で、明るい、今とは180度違った性格の、今振り返ると同じ人物とは思えない人間だった。自分でも信じられない。生徒会長とかをやるタイプの人間だった。僕を知っている人は驚くに違いない。リーダーシップというものを備えていたのである。

何をするにも、先頭に立って、仕切っていた。成績もよく、スポーツも万能であった。ああ、書いていて嫌になってきた。まあ、色々省略して、ようは楽しくやっていたのだが、ある事件があってから、僕は違う人間になってしまう。

僕の人生を変えた先生の妙なアドバイス

それは、中学1年のときの国語の授業での出来事だった。I先生が、いきなり、つげ義春の話をしだしたのである。僕はこのとき、サブカルクソ野郎でも何でもなかったので、当然、つげ義春なんて知るよしもなかった。クラス全員が知らなかった。

そうしたら、I先生は、つげ義春は読んだほうがいいと力説しだしたのである。そして授業はつげ義春のことだけで時間切れ。やっと終わったと思っていたら、僕はI先生に国語科の事務室に呼ばれたのだった。そして、「なあ、神田、お前は、つげ義春を読んでおいたほうがいい。これを貸してやるから、読め」と、貸してくれたのが、漫画『ねじ式』だった。

僕はそれを家に帰ってから読み、衝撃を受けてしまう。なんだ、この漫画は! 今まで見たこともない表現がそこにはあった。そして、僕は道を外れた。

そこから僕は、深夜ラジオにハマり、ハガキ職人になり、フリッパーズ・ギターに出会い、中学を卒業する頃には、立派なサブカルクソ野郎になっていた。これが、思春期に青春できなかった下地を作った。間違いない。

やはり、人生を変える1冊というか、職業というか、そういうものはあるものなので、責任を感じてほしい。僕も覚悟を持って仕事をしたいと思う。

のちに中学の同窓会があり、I先生を探したが、欠席していた。僕は、I先生のせいで、ライターになってしまった。そう言う気マンマンであったが、叶わず。いずれ、直接言いたいと思っている。

歴史にイフはないというけれど、あのとき『ねじ式』と出会ってなければ、僕は、今頃、何になっていたのだろうかと空想したりすることはある。そんなことにまったく意味はないのだけれど。

でも、後悔はない。なぜなら、それを生かせる職業にラッキーなことにつけたからである。

もうひとつの青春時代である「社会人時代」の話は、次回から書くことにしよう。

連載

TAGS

この記事をシェア