東京駅からすぐ! 隅田川のほとりで「空」を感じる~大都会の「黙考スポット」

都心を流れる隅田川

「川」を眺めると心が安らぐのはなぜだろう。なぜ人は流れる水を見つめると落ち着くのだろう。僕ら人間の60パーセントが水分でできているからだろうか。

大都会の喧噪から離れ、ゆっくりと物思いにふけることができる「黙考スポット」を探索するこのコラム。今回は、隅田川を紹介したい。

都会で出会った「本物の川」

オトナになって東京で働きはじめてから、「川」を見ることがなくなった。水の流れよりも「人」の流れに巻き込まれる日々だ。茨城県の田舎に住んでいた頃は「当たり前」のようにそこにあったのに。

都会にも小さな川は流れているが、古びたセメントに囲まれた工業用水路のようで、ただただ漆黒の排水が流れる「ドブ川」だ。

僕は社会人になってから転職を繰り返した。職場は西新宿、お台場、渋谷、日本橋、赤坂・・・。デスクワークの内勤が多かったため、外に出歩く機会は少なく、郷愁の念に駆られるような「川」との出会いはほとんどなかった。

20代後半の頃だ。日本橋の近くにあった不夜城のビルで仕事に忙殺されていた僕は、ある日の夜、熱でぼーっとした頭を冷やすために、会社の周囲を徘徊し始めた。

なるべく街灯の少ない夜道で頭を冷やしたかった。帰宅するサラリーマンの人混みを避けて、寂れた雑居ビルが並ぶ通りを進んでいくと、20段ほどの階段にぶつかった。月夜に照らされた人気のない階段を登ってみる。そこで上京して初めて、ドブ川ではない広々とした「川」に出会った。

そこは「隅田川」だった。「隅田川花火大会」の印象が強く、浅草近辺を流れているイメージだったが、都心に近い中央区にも流れていたのだ。JR東京駅から地下鉄で2駅程度の場所で、東京駅から「ぶらり散歩」できる距離だ。

都会のど真ん中を流れる「神田川」や「目黒川」は、桜の季節は綺麗だけど、爽快さや自然感が欠けている。一方、「荒川」や「多摩川」は茫洋(ぼうよう)として気持ちいいけれど、都心からは遠くて、なかなか仕事の合間にフラッと立ち寄ることはできない。

隅田川は「地味な下町エリア」がちょうどええ

都心にあって、広々とした雄大さを感じることのできる隅田川は、とてもいい「黙考スポット」なのだ。隅田川は、東京の東部を北から南へ流れているが、僕のオススメは、両国から日本橋箱崎町あたりまでの「地味な下町エリア」だ。

花火大会の行われる浅草近辺は、春になると満開の桜が並び、大勢の人で賑わう。しかしこの「賑わう」というのが、「黙考スポット」を探す僕にとっては、魅力の反比例になる。また、佃近辺のタワーマンションが立ち並ぶ地域は夜景がとてもきれいだが、犬の散歩をするセレブ妻や意識高いジョギングおじさんとすれ違ったりするので、「黙考スポット」としてはふさわしくない。

一方、「地味な下町エリア」にはこれといったランドマークはない。近くに乗降車数の多い駅もなく、人通りも少ない。「東京には空がない」と昔の文豪か、その恋人がつぶやいていた気がするけど、隅田川にいけば、東京では珍しい「青空」に会える。

周辺には「江戸」を感じさせるようなスポットも多く、「芭蕉記念館」「江戸東京博物館」「吉良上野介邸跡」「平賀源内実験の地」「相撲博物館」などがある。「清澄庭園」「旧安田庭園」などの庭園もあり、時間がたっぷりあったら、いつか足を伸ばしてみようかなどと思う。

小さい青空の下、ゆったりと流れる隅田川沿いをひとり散歩する。川面にはカルガモの親子が仲良く泳いでいる。平日の日中であればすれ違う人はまばらだ。歩き疲れたら川沿いに置かれた木製の小さなベンチや古びた石段に腰を下ろせばいい。

川沿いを歩くと、大きな橋が目に映る。両国橋、新大橋、清洲橋、隅田川大橋、永代橋。存在感と歴史のある趣深い橋が姿を現す。橋の下をゆっくりとくぐると、ついさっきまで都会の雑踏に揉まれていた自分を忘れている。

「ココは東野圭吾の小説の中だろうか? いや、羽海野チカの漫画の中かもしれない」

遠目で川面を見ながらひとり考えを巡らせていると、松尾芭蕉か平賀源内が降臨してくるのか、普段思いつかないようなアイデアが降りてくる気がするのは僕だけだろうか。

ここで一句。「隅田川 ああ隅田川 隅田川」。

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