「女装するのは自己肯定欲求が強いから」 父になった私が女装を続けるワケ

女装してメイクアップした筆者

「がくちゃん、今度女装してきてや」

ママ友のひと言がきっかけで、私は初めて、子どもたちの前で女装をした――。

女装する小説家・仙田学が「女性の自由と孤独」をテーマにさまざまな女性にインタビューするこの連載。 今回は番外編として、「男性の自由」について考えてみたい。

子どもたちの前で女装をする

私は子をもつ父親だが、初めて子どもたちの前で女装をしたのは、定期的に開催している「パパママ会」でのことだった。

「パパママ会」とは、近所のママ友や子どもたちで定期的に集まって遊ぶ会のこと。いまのところ4家族で構成されていて、大人6〜7人子ども10人で、ご飯を食べに行ったり、ラウンドワン(レジャー施設)で遊んだり、BBQを楽しんだりしている。

その「パパママ会」の第1回に、みんなでご飯を食べに行ったのだが、ママ友たちから女装して参加するようにリクエストされたのだ。

その日、私は子どもたちを保育園に迎えに行き、家に帰ってから、子どもたちが遊んでいる横でおもむろに女装を始めた。前日に、全身の除毛を済ませていた。

まずは全裸になってブラトップをつける。ワコールの4000円ほどのブラトップで、いいラインが出る。服は白いワンピースを選んだ。続いてウィッグ専用のネットを被り、メイクに取りかかる。

ネックになるのはひげの処理。私は脱毛をしていないので、どんなに丁寧に剃っても剃り跡が青く残る。それをごまかすには、ひげの剃り跡の上に口紅を塗って、青みを消してからコンシーラーを重ねるといい。

口のまわりに口紅を塗りたくっていると、子どもたちが寄ってきた。4歳と6歳の娘たちは、「パパ泥棒みたい」と爆笑していた。

ママ友たちとの交流を楽しむ

白のワンピースを身に纏う筆者

ママ友の車に乗せてもらって店に向かう。ママ友たちは「ええやん似合うやん」と喜んでくれた。娘たちの友達は「なんでスカート履いてるの?」と一瞬不思議そうにしていたが、すぐに普段通り話しかけてきた。

店に着くと、個室の座敷席で大騒ぎが始まった。ポテトフライや唐揚げが皿からこぼれ、誰がピザを切り分けるかで揉めている子がいれば、隣の個室に乱入して他の客に遊んでもらっている子もいる。

その日のメンバーは、1歳から8歳までの子どもたちが8人、大人が3人。日頃から子どもたちはお互いの家を行き来して遊んでいて、土日には朝から10人の子どもたちが私の家に上がりこんで走り回っている。一緒に笑ったり、おもちゃの取り合いで喧嘩したりしながら、保育園や学校では学べないことを学んでいる。

子どもたちの相手をする合間合間に、私はママ友たちと世間話を楽しむ。子育てのこと、保育園のこと、子どもたちの未来のこと…。

私が女装していることは、もはや誰ひとり気にしていない。一度だけ、長女が背後に回りこんで私のウィッグを引っ剥がし、みんながちょっと笑った。

私が女装を始めた理由

初めて女装をした16歳の頃の筆者

私が初めて女装をしたのは16歳のときだった。好きだった女の子から「絶対似合うからやったほうがいいよ」と服やメイク道具を借りたのがきっかけだ。

もともと体型が華奢で女の子に間違えられることが多かった私は、特に抵抗なく、というよりむしろ喜んで女装を始めた。

その子と一緒に街歩きをしたり映画を観たり。そのうちひとりでも女装を楽しむようになる。

女の子になりたい、という欲求は私にとってなじみ深いものだった。仮面ライダーを好きな男の子が変身ベルトを欲しがるのと同じように、私は人を好きになるたび、その人になりたいと思った。

たとえば、女装を教えてくれた女の子には、会うと必ず手紙を渡した。その内容は、「前回のデートであんなことを言ったけど本当はこう言いたかった」とか、「あんなことをしたけどこういう意図があってのことだ」など。

好きになればなるほど埋められない溝があると感じずにはいられなくなって、その溝を言葉で埋めようと必死になった。でもその溝は埋まらない…。それどころか最終的には気持ち悪がられた。

いっそのこと好きな相手そのものになれれば、溝なんて感じなくて済むのにーー。切実にそう考えていた私にとって、女装をしてみないかという誘いは渡りに船だったといえる。

女装をしているときは、溝を感じなかった。そして気がついた。そもそもなぜ溝を感じてしまうのかというと、男性としての自分に自信がないから、というより、好きではないからなのだ。

女装した自分と交わりたい

高度経済成長期を支えた世代である父親から、「いい大学に進んでいい会社に入り、お金をたくさん稼いで、いい家庭を築けば幸せ」という価値観を刷り込まれて育った。

その価値観に疑問を抱きだしたのは、受験をして私立中学に入ったものの、不登校になったときのこと。

父親と違う価値観を見いださなければ、自分が消えてしまうんじゃないかというプレッシャーに苦しめられた。女装に出会ったのはその数年後だった。

女装をするたびに、何ともいえない安心感に包まれた。というのも、鏡の中の自分がとても可愛かったから。理想の女性がそこにいた。叶いっこないけれど、この人と交わりたい、と強く思った。

それは、自分で自分を認めることができたという感覚に近い。勉強にもスポーツにも本気で打ちこんだことのなかった私にとって、初めて自分を肯定できた経験だった。

好きな人と自分の間にある溝を埋めるために始めた女装が、いつしか自己肯定のための手段となっていたのだ。

たぶん私は自己肯定欲求がとても強い人間なのだろう。自分を肯定して、無条件に自分を愛すること。私にとって、「自由」とはそんな状態を指している。

子どもたちが、女装する父親の背中から何かを感じ取ってくれたらと切に願う。近いうち、保育園に女装姿で迎えに行ってみようか。

【連載】女性の自由と孤独

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