作曲から販売まで全部ひとりで…「1億年レコード」を作ったミュージシャンの歩く道

ミュージシャンのまつきあゆむさん

さかのぼること9年前、2010年に「1億年レコード」という音楽アルバムが発表されました。それは少しばかり風変わりな作品で、CDショップなどでは手に入れることができません。アーティスト本人が自らメールで申し込みを受け付け、銀行振込などで直接代金を受け取り、ダウンロード方法を記したメールをリスナーへ送信します。リスナーは作品をデータでダウンロードし、パソコンやiPodで楽しみました。

そんな「1億年レコード」を作ったのは、まつきあゆむさん(35)。作詞、作曲、歌唱のみならず、全楽器の演奏、さらに録音やミックスも、ひとりで行っているアーティストです。それどころか、前述の通り、作品の販売までもひとりで敢行した「究極のひとりミュージシャン」です。過去にはレコード会社と契約し、一般的な販売方法で作品を発表していたまつきさんですが、なぜ独自の道を選んだのでしょうか。まつきさんに話を聞きました。

「バンドをやる気はなかった」

ーーまつきさんの作る音楽はバンド音楽ですが、学生時代にバンド経験はなかったと聞いています。バンドをやってみたいとは思わなかったんでしょうか。

まつき:思わなかったんです。当時はHi-STANDARDであるとか、パンク全盛で。もちろんそれも立派なバンドサウンドですけど、僕の思うバンドサウンドとは別種のものだと感じていました。それと、幼少期にビートルズの音楽と出会ったことで、それが基準になってしまったこともあるかもしれない。「バンドをやるなら、最低限あれくらいできないと」って思い込んでいたんです。

ーーハードルを高く設定しすぎてしまった。

まつき:高いとすら思ってなかったんです。でもビートルズって、奇跡のチームなんですよ。同じ時代に同じ街であの4人が集まって、ジョージ・マーティン(プロデューサー)がいて、ジェフ・エメリック(エンジニア)がいて。その全てのパーツがそろうって、あまりにも奇跡的すぎますよね。なのに、当時の僕はそれが普通だと思ってたんです。当然ながら、僕の周りにジョージ・マーティンみたいな人はいなかったんですけど(笑)。

ーーだからバンドは組まなかったと。友達がいなかったわけではないんですね。

まつき:友達はそれなりにいました(笑)。

“体験”も作品の一部

インタビューに応じるまつきあゆむさん

ーー作詞作曲や演奏をひとりで全部やる人は、そこまで珍しくはない。でも、販売までひとりでやるというのは正直、狂気の沙汰というか(笑)。

まつき:ひとりでやることに固執していたわけではないんです。その方法によってエキサイティングな聴き方をしてもらうことが重要でした。「1億年レコード」で狙っていたのは、「インターネットを通して僕のアドレスから届いたzipデータを解凍する」という“体験”も含めて作品だ、という提示の仕方だったんです。

ーーそれから、同様の手法でのリリースが続きました。順調そうに見えましたが、3作ほどでその販売形態はやめてしまいます。

まつき:2010年当時にあった熱が冷めてきたというか、インターネットのあり方が変化していったんですよね。それで、自分のテンションや周りのテンションも下がっていったような感じです。

前例のない挑戦をした理由

ーーまつきさんは、クラウドファンディングが一般的ではなかった頃に個人ファンドを立ち上げたり、自分の楽曲をストリーミング配信できる「SoundCloud」が存在しなかった頃から、「新曲の嵐」というSoundCloudっぽい活動もされていましたよね。

まつき:そうですね。実際、「新曲の嵐」はその後SoundCloudへ移行しました。

ーーいろいろと時代の先を行っていたと思いますが、「個人の音楽家として活動するためのロールモデルになってやろう」みたいな意識はあったんでしょうか。

まつき:まったくなかったです。正直なところ、そんなことを考えている余裕はなかった。その当時はまだ収入も全然なかったので、自分の未来をどうにかすることしか考えていなかったですね。結果、ロールモデルにもなれなかったですし。

ーーとは言え、誰もやっていない新しいことをするよりも、「これをやればうまくいきますよ」っていう既存のレールに乗ったほうが、成功する可能性は高いじゃないですか。

まつき:いや、そのレールには乗ろうとしたんですよ。CDも出してましたし。それが「失敗した」って言うと当時のスタッフに失礼ですけど、まあ食えるようにはならなかった。それに、「CDデビューして一攫千金」みたいなモデルが崩壊し始めていた時期でもあったし、新しいことをやるにはいいタイミングだったんじゃないかな。だから、野心というよりは、ただ「なんとかしなきゃ」という感じでした。

「”職業作家”にはなりきれない」

ーー最近はCM曲や映画音楽の仕事も多いですよね。ずっと個人でやってきて、そうしたプロジェクトにどうやって関わるようになったんですか。

まつき:僕の過去の作品を聴いて、声をかけてくれたCM業界の人がいて。最初は仮歌用のシンガーとして呼ばれたんです。で、「新曲の嵐」とかも見てくれて「まつきくんは曲を書くのが早いから」って、作曲の発注も来るようになりました。CMの世界って、スケジュールがすごくタイトだったりするので。

ーーご自分の作品としてではなく、誰かのために曲を作ることって、それ以前はあまりなかったですよね。

まつき:そうですね、全然なかったです。楽曲提供とかもしてなかったし。

ーー自分の作品ではないからこそできる表現の快感みたいなものはありますか?

まつき:ありますね。使ったことのない筋肉を使う筋トレみたいで、楽しいですよ。ただ、「自分の作品として書いた曲が最高」みたいな思いも確実に持ってるんで、それが”職業作家”になりきれない部分だと思います。自分の曲は常に書きたいと思ってるし、できることなら毎週でも書きたい。仕事が忙しすぎて無理なんですけど。

クリエイターと話が合わない

ーー音楽の聴き方は、時代とともにどんどん変化しています。今後、どうなっていくと思いますか。

まつき:以前であれば、「カセットテープよりもCDのほうが音がいい」みたいな絶対的な価値観があったと思うんですけど、そういう価値がフラットになってきていると思います。YouTubeの低ビットレートで聴く音がむしろ良かったりとか、カセットテープの音が好きな人も昔からいましたし。

ーー「ノイズだらけのラジオで聴くのがいいんだ」とか。

まつき:そうそう。それは体験とともに刷り込まれていくものだと思うんです。今の若い子たちって、音楽をYouTubeで聴いたりしていますよね。それって“時代の音”になり得ると思うんですよ。「あの年代のYouTubeの音、最高だったよね」みたいな。

僕はそういう価値観が好きなんです。もちろんハイレゾだったり、「より良い音で」みたいな話もわかりますよ。でも僕のリアルな体験としては、すごい高解像度の音で聴くより、圧縮されたYouTubeの音を聴いているほうが落ち着いたりもするんです。音楽としてはもちろん不完全なんだけど、魅力的に聞こえることがある。

ーーすごく視点がリスナー寄りですよね。一般的にアーティストは「高音質で聴かないと意図が伝わらない」と言うものですけど、まつきさんのおっしゃることって、作り手側の理屈ではないというか。

まつき:そうなんですよ! だからクリエイターの人と話が合わなくて!彼らと飲んでると、「インターフェイスの解像度が」みたいな話になる。もちろん勉強になるし、僕もそれを理解していないとコントロールできないんですけど。でも「いい音ほどいい」みたいな価値観って、今あるのかな? そういう“体感温度”のズレを感じることはありますね。

せめて7割には到達したい

ーー今後、アーティストまつきあゆむはどうなっていくんでしょう。

まつき:うーん、そうですね……。「アメリカに行って映画音楽をやっていくんだ」みたいなカッコいいことが言えればいいんですけど、そんなことは微塵も思ってなくて。今後かあ、なんだろうな……。あ、「家を買いたい」とかですかね。スタジオを持ちたいんですよ。

ーーなるほど。好きな時にいつでも大きな音が出せるっていうのは、創作環境としては理想的だと思います。

まつき:それに、夢があるじゃないですか。ずっと個人で音楽活動をしてきて、稼いだお金で家を買うのって。あと、頭の中で鳴っている音の3〜4割くらいしかまだ形にできていないので、せめて7割くらいまで到達してから死にたいです。

ーー10割じゃなくていいんですか。

まつき:それは無理でしょうね。あのジョン・レノンですら、「Strawberry Fields Forever」を後年に聴いて「いい曲だけど、音が良くない。全部録り直したい」とか言ってたらしいですから。僕は全然そうは思わないですけど、ジョンからしたらそうなんでしょう。そういうことの繰り返しだと思うんですよ。

 

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