田舎に突如出現した「IT系コワーキングスペース」 東京を捨てた20代若者のホンネ

コワーキングスペース「hinode」で働く若者たち

太平洋を望む房総半島の南東にある千葉県いすみ市。里山が広がるのどかなこの地に一昨年、都会風の服装の20代の若者がぞろぞろと出入りする異色の施設が誕生しました。施設の名前は「hinode」。壊れて使われなくなった市営プールを改装したコワーキングスペースで、時間と場所に縛られずに働くフリーランスの養成が行われているのです。新たな「働き方」の可能性を求め、東京から特急電車で取材に赴きました。

働きながら学べる場所

コワーキングスペース「hinode」(Ponnuf提供)

「hinode」の中に入ると、男女合わせて10人ほどの若者たちがパソコンの画面を見つめながら仕事に励んでいました。皆、リラックスした私服。ソファ席やコーヒーサーバーなども備わり、なかなか快適そうな環境です。都会的な内装のせいもあり、渋谷あたりのIT企業に迷い込んだかのような錯覚を覚えます。実はここで仕事をしているのは、ほとんどが地元以外の日本各地から集まった若者たちです。

「hinode」を運営するのは、市から委託された株式会社Ponnuf(ポンヌフ)。コワーキングスペースの運営と平行して、「田舎フリーランス養成講座」を定期的に開催して移住者の誘致を進めています。その卒業生たちがこの地に移住して暮らしているのです。「hinode」の店長を務める行武亜沙美さんがこう語ります。

「講座の参加者は、ほとんどが20代の業界未経験者。時間や場所にとらわれない自由な働き方に興味をもって来る方が多いです。1カ月の講座期間中、受講生は市内にあるシェアハウスに泊まり込んで共同生活を送りながら、『hinode』でライターやウェブ制作の技術を学びます。実際にクラウド経由の仕事を受けてコンテンツを制作しながら学ぶので、受講期間中から収入を得ることもできるんですよ」

目の前は海水浴場。シェアハウスでのライター生活

「hinode」の行武亜沙美店長(左)とコミュニティマネージャーの田村みずほさん

講座の卒業後も何割かの若者がそのままシェアハウスにとどまり、仕事を続けるそうです。主な仕事は、クラウドソーシングサイト「クラウドワークス」を通じた入札で受注します。東京の企業がつくるオウンドメディアのライティングなどが多いのだとか。仕事は「1文字○円」といった単位で決まり、得られる収入は実力や労働時間次第でまちまちです。東京から遠く離れたこの地でライターをすることのメリットは何なのでしょうか?

「ここは都会に比べて家賃などの生活コストが安いですし、生活リズムもゆったりしていて、みんなフラットな友達感覚です。駆け出しのWebライターは話し相手も相談相手もいないことが多く、精神的につらい。ここで同世代の仲間とコミュニティをつくれるのは大きな利点だと思います」(行武さん)

実際、夜はシェアハウスでバーベキューをしたり、オフの日には車で近隣の日帰り温泉やアウトレットモールなどに出かけたりと、移住者たちはお互い友達感覚で「遊び」にも熱心。道路を挟んだ目の前には映画「万引き家族」のロケ地となった大原海水浴場が広がっていて、夏は海水浴も楽しめます。

しかし、多くの若者はここに「永住」するつもりはないようです。卒業生たちは、数カ月、1年など一定期間経験を積んだ後、巣立っていきます。彼らはその後、どんな人生を歩んでいるのでしょうか。

「パソコンひとつあればどこに住んでも仕事ができるので、家を持たず旅をしながら暮らしている『アドレスホッパー』や、ライターを副業として収入を得ながら本業のビジネスなどで自分の夢を追っている『パラレルワーカー』の方も多いです。そんな方が、『久しぶり』と、突然ふらっと訪れて1カ月ほど滞在してまた去っていったりするのも面白いところ。卒業生が他の地方でコワーキングスペースをつくる例も出てきていて、コミュニティが広がってきていると感じます」(「hinode」コミュニティマネージャーの田村みずほさん)

「hinode」で開催されている「田舎フリーランス養成講座」の講義風景(Ponnuf提供)

「会社なんてやってらんねー」。月収12万でラッパーの夢を追う

実際にここで働く若者は何を考えているのでしょうか。「田舎フリーランス養成講座」の卒業生で、この日も「hinode」で仕事をしていたライターのちまるさん(25)にお話をうかがいました。

北海道旭川市出身で、大学卒業後は東京のIT系ベンチャーでウェブ広告の仕事をしていたというちまるさん。しかし、毎日深夜0時ごろまで続く仕事に疲弊し、「前に進んでいる感覚がなかった」と語ります。

「そんな時、趣味でラップを始めたら、これが楽しくて。『会社なんてやってらんねー』と思ってしまった。で、その頃Twitterで『田舎フリーランス養成講座』の情報を見つけて、これならラップをやりながらでも生活ができるんじゃないかと思ったんです。それで会社を辞めて、東京で借りていた部屋も引き払って、いすみ市にやってきました」

ラッパーとライターのパラレルワーカーを目指すちまるさん

東京の家を引き払ったこともあり、ちまるさんは昨年10月に講座を卒業した後もシェアハウスにとどまり、「hinode」を拠点にライター業を始めました。これまで専業ライターの経験はなかったものの、何とか生活はできているといいます。

その理由の一つは、地方ならではの生活費の安さです。現在、ちまるさんが住んでいるシェアハウスの家賃は2人用の相部屋で月2万円。東京時代の約5分の1です。専業ライターとしては駆け出しのため、ウェブ経由の仕事や地元Webメディアの原稿料を合わせても収入は月12万円ほど。それでも、生活に苦しさはないと語ります。

「収入は激減しましたが、好きなラップに投資できる時間が増えて、幸福度は上がりました。午前中はカラオケボックスの料金が安いのでそこでラップの練習をして、午後から働くこともありますし、夜は音楽を流せるチャットサービス『Discord』を使って、遠方の友達とスマホを使ったラップのかけ合いを楽しんでいます。部屋でお酒を飲みながらラップをしている時に、大きな幸せを感じます」

「やりたいことを実現できている感覚がある」

自らが立ち上げたラッパー初心者向けのオンラインコミュニティを軸に「hinode」のイベントスペースを使った泊まりがけのラップ教室を開催すると、10人以上が集まりました。こうした経験に、ちまるさんは自信を得たと言います。

「規模はまだまだですが、今はやりたいことが実現できている感覚があります。将来はラッパーとしても収入を得られるようになりたい。あとは、取材で地域の人々と関わりを持つことにもやりがいを感じています。いつかは地元の旭川で、地域に関わる仕事をしてみたい。ラッパーとのパラレルワークを目指しています」

インターネット技術の発達などによって、ますます多様化してきた働き方。「hinode」に集う人たちのように場所や時間、組織にとらわれず自由に働こうという流れも、これからもっと進んでいくのかもしれません。

 

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