「やりたいことをやったっていいんだぜ」62歳で初めて路上ライブをやった「少年」

日曜日の夕方。といっても毎週ではない。晴れていて、二日酔いじゃない日曜日の夕方、近藤十四郎(こんどう・としろう)さんは「夕焼けだんだん」で路上ライブをする。JR日暮里駅に近いこのだんだん(階段)は、レトロな谷中ぎんざ商店街を見下ろせる散歩の名所。週末ともなれば多くの人でにぎわう。

ギターと歌、時々ハーモニカ。「迷子と人さらい」「千年壺」「映画のよおだ」……ふしぎなテイストのオリジナル曲に、買い物客や外国人旅行者がちらりと視線を送りながら通り過ぎる。時々立ち止まって、ギターケースに小銭を入れていく人もいる。

十四郎さんは白髪もじゃもじゃ頭を振りながら、はにかみながら、歌い続ける。道ゆく人の邪魔にならないように、それでも誰かの心に届くように、自分で自分を鼓舞するように。

たったひとり、路上で歌う

「路上をやってみようと思うんだ」

と最初に聞いたのは、たしか2016年の秋だった。十四郎さんとは家が近所で、ときどきお好み焼きを食べたり、チューハイを飲んだりする仲だ。

「路上って、路上ライブのことですか」

「うん。高校の視聴覚教室で初めてのライブをやってから50年近く、いろんな場所で歌ってきたんだけどさ、知っている人が誰もいない路上で、しかもたったひとりで歌うなんてやったことがないから、なかなか決断できなくて」

十四郎さんは、いつもの照れくさそうな顔で言った。

「世の中の締めつけが大きくなってきてるでしょ」

ちょうど、安倍内閣がテロ等準備罪(いわゆる共謀罪)を創設する法案を国会提出するのは時間の問題だと報じられていた時期だった。

「やりたいことをやったっていいんだぜって、ね。そう思うから、まずは自分がやっちゃおうと思ってさ。へへへ」

おもしろいことを見つけちゃった少年のような顔で「へへへ」と笑われると、こちらまで「へへへ」となる。

でも十四郎さんがほんとうに少年のようだったのはそのあとだ。2016年10月1日、62歳の誕生日に十四郎さんは初めてギターを持って夕焼けだんだんに立った。

「どうでした?」

「すっごく緊張して、歌っているうちにだんだん声が小さくなっちゃってさぁ」

やっぱり照れくさそうに言う。いくつになっても初めてのドキドキがある。ひとりで立ち向かう勇気を試されることがある。

「でもね、一回目は気合が入ってたのでなんとかなった。できるぞと思った翌週、二回目はどこかに緩みがあったんだろうね、誰も振り向いてくれなかった。だから毎回、初めての気持ちでやろうって決めたんだ」

音楽は「趣味」ではなくて・・・

今回、「少年以上、おじさん未満」というシリーズで話を聞かせてほしいと頼んだら「えーと、おれはもう『おじさん以上』だけどいいのかい」って返されたけど、十四郎さんはどこかでずっと少年なのだ。

十四郎さんは音楽でごはんを食べているわけではない。なりわいはフリーランスの編集者・ライター・デザイナー。

本人は「昔のことは、いいんだよ」と多くを語らないのだけれど、伝説のサブカル雑誌「HEAVEN」の編集長をやったり、鈴木清順監督の映画「陽炎座」の豪華パンフレットを手がけたり、80年代は大いに暴れたらしい。

「安い仕事も、下請け仕事もたくさんしたよ。いつも耳かき一杯分でも自分らしさを乗せたいと思ってるけど、うまくいかないこともあるし……」

その稼ぎで、ひとり息子を大学まで行かせた。ちなみに息子のカンちゃんが進学する際に十四郎さんが言ったことばも最高で、「大学は学問という道楽をする場所であって、就職の踏み台ではない」だって。カンちゃんは哲学科に行き、正しいフリーターになった。

「十四郎さんにとって音楽は趣味なんですか」

 と尋ねると、

「うーん、趣味じゃないなぁ。趣味は二度寝」

「じゃあ音楽はなに?」

「活動……かなぁ」

アルタミラの壁画を描いて以来、人類はずっと筆を握ってきた。入れ替わり立ち替わり、この世に生まれて、何かをつくって、死んでいく。そのチェーンの連なりのひとつの輪になるのが「活動」で、自分にとってはそれが音楽や文章なのだと十四郎さんは言った。

だから「どうやったら売れる歌になるかは考えない」と、そこははっきりしている。「その代わり、どうやったら伝わるかに気を配る」のだという。コツコツと自分の曲を作り、どんなに忙しい時も月に2回のライブをしてきた。

「仕事が立て込んでいるときは、歌う気持ちになれないままライブ当日を迎えちゃうこともあってねぇ。玄関でギターを持って、靴を履いて、そこから立ち上がれないの。それでも結局、出かけて行くんだよ」

「何が大事かわからないから歌にする」

普段の十四郎さんは照れくさそうにするばかりで、とんがったことをあまり口にしない。でもある夜、やきとん屋で飲みながら「どんな歌が嫌いか」の話題になって、ことばを選びながらもどんどん過激になっていったのがおもしろかった。

愛とか平和を歌うことに抵抗があるの

俎上に乗ったのは、ハウンドドッグの『ff(フォルテッシモ)』。もう30年以上前の曲だけど、「愛がすべてさ、今こそ誓うよ」って歌詞を聞いたとき、十四郎さんは大憤慨したらしい。

「そんなことを歌にしてどうするつもりだって思ったんだよ。愛がすべてだなんて、まるで正しいことみたいに言い切ってさ。愛を権威付けして、歌うことで自分も権威になろうとしてんじゃねーか、と思うわけよ」

権威とか正しさとか全体統一とか、そういうのが大嫌い。

「おれは、わからないまま抱えていることを歌いたい

おかわりしたチューハイの炭酸がパチパチと弾ける。

「子どもが出かけるとき、母親が『忘れ物ない?』って聞くでしょ。おれはいつも『忘れてるから忘れ物なんだよ。聞かれたってわかるわけねーじゃん』って思ってた。何が大事かわからないから、歌にするんだよ」

夕焼けだんだんの上に、夕焼け空が広がっている。いつの間にか、路上で歌う十四郎さんのまわりに数人の輪ができていた。ちょっと離れた場所で、缶ビールを片手にボーッと立っている長髪男がいて、よく見ると息子のカンちゃんだった。

お金を入れようとギターケースに近づくと、自主制作のCDが置かれているのが目に入った。パッケージの、普通だったら「著作権がなんとか」とか「複製を禁ず」とか注意が書かれている部分に「みんなで楽しく聴きましょう」の一文が入っている。

※十四郎さんはソロ活動と並行して「荒野の水槽楽団」というバンドを率いていて、YouTubeでライブ映像を見ることができます。

 

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