「ひとりを楽しむ人」はなぜ猫を愛するのか?

猫に教わることは多い

猫について書いてみようと思う。

「ひとりを楽しむ」をコンセプトとするネットメディアのDANROが、なぜ猫を一大テーマにしないのか不思議でならない。

ネットでウケる代表的コンテンツといえば猫だし、孤独を愛する人のお伴といえば昔から猫が定番中の定番だ。こんなに相性のいい素材もまれではないだろうか。

捨て猫2匹を譲り受ける

階段で仰向けになる妹

もしかすると、いまどき都市部で猫と暮らすのは比較的ぜいたくなことなので、取り上げ方が意外と難しいのかもしれない。

そんな中で我が家の話をするのは少し気が引けるが、10年ほど前から2匹の猫を飼っている。もともとは捨て猫の兄妹だった。

雨の日の駐車場に、産まれたての5匹が紙袋に入れられ放置されていたという。心ある人に拾われたとき1匹はすでに息絶えており、4匹の引き取り手を探すことになった。

メス3匹はいずれも小さな丸顔で、ふわふわの長毛に覆われた美猫である。黒一点のオスは愛嬌があるといえばあるが、率直に言うと不細工だ。毛はゴワゴワと硬く、ちぎれて巻いたような短い尻尾が哀れを誘う。

さっそくオスの行き場が案じられた。そこで一番の美猫の妹を、兄とセットにすることが譲渡の条件となった。それでも多頭飼いは厳しい家が多く、貰い手がつかなかった。いや、本当はあのブサ猫が避けられていただけかもしれない。

地獄の沙汰も容姿次第

テレビの上が好きな兄

そのころ我が家では、小学校にあがったばかりの次女がなぜか突然「猫を飼いたい」と言い出した。理由は分からない。身近に猫を飼っている家はなかったし、私からそんな話題を持ちかけたこともなかった。

試しにネットで検索すると、週末に都内で譲渡会があるというので、ふたりで見学に行くことにした。そこには拾われた、あるいはもう飼えないといった理由で行き場を探す10匹以上の猫が集められていた。

可愛らしい猫たちには、すでに「交渉中」の札がついていた。地獄の沙汰も容姿次第か。なでようと近づくと不機嫌に引っかかれた。まったく美猫というやつは、お高くとまっていやがる。

その先の部屋の隅に、オス猫がいた。ふたの開いたケージの前に手を伸ばすと、口の周りを何かで汚したような間の抜けた顔で、モゾモゾと近づいてくる。

そして手の匂いをしばらく嗅いだと思ったら、腕を伝ってヨチヨチとよじのぼってきた。そして肩の上にチョコンと座ると、私の頭に片手をかけて、あたりを睥睨したのである。

地位も名誉も無化する存在

キッチンの様子を見に来た兄妹

一部始終を見ていた譲渡会のスタッフから、爆発的な笑いが起こった。他の猫の前にいた客も寄って来て、指をさして悲鳴をあげている。主催者の女性は、長年やっているがこんなのは初めてだと顔を赤くして腹を抱えていた。

そしてみな口々に、その子はあなたの家に行くしかないと勝手なことを言った。猫がのぼった左腕は、早くも猫アレルギーでミミズ腫れのように赤くなっていたのだが。

スタッフは、その猫はメスとセットでないと譲れませんという。いま考えればオスの売れ残り対策だったのに本末転倒な話だが、そんな経緯で我が家に猫が急に2匹来ることになった。

実際飼ってみると、猫はほとんどの時間を寝ているので思ったほど負担にならない。季節によって棚の上やテレビの裏、ソファの下、陽の当たる階段、洗濯物の中、浴槽のふたなど、最も快適な場所を探し出して眠っており、なるほどこれが寝子というやつかと合点がいった。

猫を前にすると、人間は無力な存在となる。「俺は会社と家族のために必死で働いて課長になったんだよ」などと言っても、彼らは関心を示さないだろう。

そのとき我々は、課長という肩書きに何の価値もない世界を思い知ることになる。代わりに問われるのは、おのれの欲望が正当で美しいものかどうかだ。孤独を愛する人たちが猫を好んだ理由は、こういうところではないか。

猫の眠りは神の意思

猫の眠りは妨げてはいけない

猫の最大の魅力は、忠誠心のなさだ。呼んでも来ないし、帰宅しても犬のようにワンワン鳴いてしっぽを振って駆け寄ってくることもない。

勝手にこちらに大きな期待をかけておきながら、それに沿わないと「期待外れ」と言い放って嘆き去っていく。そんな人間たちに何度苦々しい思いをさせられたことか。

猫は私に期待しない。ときどきエサをよこせ、水を換えろとニャーニャー言うが、後回しにしても怒るわけでなく、そもそもあてにされている感じがない。要求に応えてやっても、ありがたいと感謝している形跡はない。

それでいいのだ。私は育てもしないし、教え導きもしない。精一杯、自分が生き残るために働く。そしてほんの少しおこぼれをくれてやり、やつらは日がな寝ているのだ。

それでもときどき、朝のニュースを見ている膝に乗って動かないことがある。たまにはなでさせてやろう、というつもりか。

安心しきったように寝息をたてる姿を見ながら、ホルヘ・ルイス・ボルヘスの「猫の眠りは神の意思だから妨げてはいけない」という箴言を思い出す。そして仕方なく、職場にこうメールするのだ――。「猫が膝の上で寝ているので遅れます」

 

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