拳銃強盗や食中毒など数々のトラブル…自転車で「アフリカ縦断」した大学生が得たモノ

アフリカ大陸を自転車で縦断した溝口哲也さん

南アフリカ共和国からエジプトのカイロまで、約1万2000キロメートル。愛知県の豊橋技術科学大学4年生の溝口哲也さん(22歳)は今年3月、自転車でアフリカ大陸を縦断しました。140日に渡る旅では、さまざまな困難や喜びがありました。一体どのような旅だったのでしょうか。帰国した溝口さんに話を聞きました。

「どこまで遠くへ行けるのか試したかった」

「父の仕事の関係で、中学の3年間をタイのバンコクで過ごしました。でも治安があまり良くなかったから、外で遊ばせてもらえなかったんです。遊びといえば家の中でゲームばかり。だから高校進学とともに帰国したとき、いくらでも外で遊ぶことができて、『日本はなんて安全な国なんだ』と驚きました」

帰国後、高校に進学した溝口さん。自転車競技を始め、インターハイ出場を目指すようになりました。

「長距離を走ることには慣れていたので、『自転車があれば、どこまでも遠くへ行ける』とワクワクしました。きっとタイで生活した経験がなければ、そこまで日本の自由さを感じられなかったでしょうね」

大学に進学すると、競技よりも旅の楽しさに惹かれていきました。溝口さんは夏休みや冬休みになるたびに、自転車で日本各地を駆け回りました。故郷の愛知県岡崎市を出発し、日本最北端の宗谷岬まで走り切った時、「もう国内ならどこへでも行ける。今度は海外だ」と自然に思えたといいます。

「外国に住んでいたおかげで、海外に対する心理的なハードルはありませんでした。自分がどこまで遠くへ行けるのか、試してみたかったんです」

まずは治安が良さそうなヨーロッパから走ると決めました。当時、スイスの自転車ブランド「BRUNO」が企画していた、海外自転車旅にチャレンジしたい人を応援する「若者よ旅に出よ」というプログラムに応募したところ、見事当選。

旅の資金100万円を得て、2カ月間かけてヨーロッパ12カ国を周遊しました。さらに香港からバンコクまで、東南アジア4カ国を駆け抜けました。

その後も勢いは止まりません。2017年には、アウトドアブランド「モンベル」のチャレンジ支援を受け、南米4カ国(ペルー、ボリビア、チリ、アルゼンチン)を自転車で走破しました。

そして今回のアフリカ縦断です。南アフリカ共和国を出発して140日後、幾度の苦難を乗り越えてきた「旅の相棒」を持ち上げ、ギザのピラミッドの前で喜びを爆発させました。

旅の開始早々、思わぬアクシデントに

約1万2000キロに渡る走行ルート

「旅のスタートから間もないヨハネスブルク(南アフリカ共和国)の近くで、強盗に遭ったんです。走行中、黒人の二人組が近づいてきて、いきなり拳銃を突き出してきました。『マネー』と言いながら」

カバンを物色され、財布とスマホを盗られました。貴重な撮影データが収められたカメラは「これだけは見逃してくれ」と必死で守ったといいます。

「ショッキングな出来事でした。これまでの旅ではほとんどアクシデントに遭わなかったので、世界中みんな良い人ばかりだと思っていました。平和ボケですね。でも、彼らの申し訳なさそうな目を見ていると、やりたくてやっているわけじゃないのだとわかりました。どうしようもない貧困が原因で、生きていくために仕方なかったのでしょう」

しかし、この事件がきっかけで、意外なことが起きました。

「実は強盗に遭った前日、ぼくは南アフリカの全国紙の一面に載ったんです。日本人が自転車でアフリカを縦断していると、記事になりました。その直後に強盗事件が起きたので、またネットニュースに掲載されました。『あの日本人が強盗に遭った』と(笑)。

ニュースの影響力は大きく、多くの人がぼくのことを認知していました。通りすがりに様々な人が『強盗に遭ってかわいそうだ』『南アフリカの人間が申し訳ないことをした』と励ましてくれました。警察官も、キャンプ場をタダにしてくれたり、食事をテントに持ってきてくれたり、とても親切でした」

溝口さんが載った南ア紙の一面

アフリカの過酷さ

様々な大陸を自転車で旅してきた溝口さんですが、アフリカは特に過酷だったといいます。

「ほとんどの道が舗装されていましたし、山道もそこまで大変ではありませんでした。確かに標高3000メートルくらいの山もありましたが、南米のアンデス山脈の方がキツかったので、それに比べたら。

それよりも、食事で困りました。衛生的でない食事も多く、通過した全ての国で嘔吐しましたし、食中毒で2回も入院しました。また、エチオピアでは子どもたちから何度も石を投げられるなど、治安の面で気になる部分はありました。見ている大人も全然注意しないんです。日本の常識が通用しない場面は数多くありました」

このように過酷な経験をすることもありましたが、一方で人々の優しさにも触れることができたと言います。

「旅の途中では本当にたくさんの方から優しくしてもらいました。決して豊かな暮らしではない人々が家に泊めてくれたこともありました。幸福度と豊かさは比例しないのだと感じました」

ある夫婦から学んだこと

溝口さんは自転車旅を通して、気持ちに大きな変化があったといいます。それはある夫婦との出会いがきっかけでした。

「ぼくはもともと、プロフェッショナルと呼ばれる人、何かをやり抜いた人に対して憧れが強くて、何かに打ち込むことで、そういう人たちの感覚を味わってみたかったんです。そんなぼくが目をつけたのが自転車でした。

自分だけで完結する自転車旅は、ぼくにぴったりの遊びでした。ヨーロッパもアジアも、南米も、他人のことなど考えず、ひとりで走ってきました。でも、南米のアタカマ砂漠を走っている時、夫婦で自転車旅をしているスイス人とフランス人に会って、大きな影響を受けたんです。

それまでのぼくは、辛さはひとりで乗り越えるものだと思っていました。でも、彼らはどんなときも二人で笑い合い、励まし合い、お互いに支え合って生きていました。その姿を見て、『やっぱり人は、ひとりじゃダメなんだな』と素直に思いました。それまでは孤独を愛して突っ走っていたけど、それ以降は応援者の存在を意識するようになりました。

友達や応援してくれる人を大事にしよう。帰りを待ってくれている人がいるから、旅ができる。アフリカを走りながら、そういう気持ちが強くありました。旅先から親にポストカードを送ったのも、今回の旅が初めてです。精神的な変化だと思います」

来年、大学を卒業する予定の溝口さん。卒業後は、自転車旅の経験を仕事に生かしたいと話します。

「卒業したら、今回スポンサーになってくれた総合工具メーカーのオーエスジーに就職する予定です。将来はドリルの設計・開発をして、世界で活躍する人材になりたいです。この自転車旅の経験も、きっと無駄にならないと思います。

あとは、海外勤務は経験したいですね。自分自身、海外で働く父の姿を見て育った影響は大きいので、将来子どもができたら、小さい頃から海外経験させたいなと思います」

時折笑みをこぼしながら、淡々と語る溝口さん。自転車旅を通して得られた成長が、そのスッキリとした表情からひしひしと伝わってきました。

 

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