池袋駅に幻のホーム~地下鉄「マーキュリー像」物語(知られざる鉄道史紀行)

乗降客数約56万人を誇る地下鉄最大のターミナル池袋駅

前回の記事では、1951年に新時代の地下鉄のシンボルとして登場した「マーキュリー像」の生い立ちを紹介しました。

マーキュリー像は銀座線銀座駅に続いて、同じく出入口の改修工事を行った銀座線日本橋駅と、戦後初の地下鉄新線として開業した丸ノ内線池袋駅にも設置され、その後は3駅の像の一部を浅草駅、上野駅、大手町駅などに移設しました。現在は6駅と東京メトロの3施設に設置されています。

愛好者によれば、マーキュリー像の形状と制作者の笠置季男氏のサインの書体から、どこの駅から移設されたものか判別することができるそうです。

設置当初の雰囲気を残す池袋駅

42番出口の袖壁上に設置されたマーキュリー像

1954年1月20日、池袋~御茶ノ水間に戦後初の地下鉄新線・丸ノ内線が開業します。アメリカの最新技術を導入し、真っ赤な車体で鮮烈なデビューを果たした丸ノ内線は、復興を果たした東京と、急速に発展する副都心・池袋の象徴そのもの。そのターミナル駅池袋に、新時代の地下鉄のシンボル「マーキュリー像」が設置されるのは当然のことでした。

池袋駅に設置された5体のうち3体が現存しており、そのうち2体は27番出入口と42番出入口の袖壁上に鎮座しています。現存するマーキュリー像は、この2体を除き全て地下道・屋内に移設されているため、当時のスタイルのまま残る貴重な存在と言えるでしょう。

仮駅として開業した丸ノ内線池袋駅

丸ノ内線の東口改札前。定期券うりばの辺りに改札口があった。

開業当初の池袋駅に設置された5体のマーキュリー像は、現在の27番、34番、35番、42番、43番の出入口にそれぞれ1つずつ置かれていました。開業当時から存在する出入口は、実はその5か所だけ。

丸ノ内線池袋駅は開業から1960年までの6年間、丸ノ内線コンコースの最東端に位置するこの一角だけを使い「仮駅」として営業していたのです。

現地を注意深く見ると、今も仮駅時代の痕跡を見つけることができます。丸ノ内線のコンコース(地下中央通路)を東口に向かって進むと、西武百貨店から先、突然天井が低くなることに気づくでしょうか。ここが「仮駅」として先行開業した部分です。

仮駅時代の駅構内。特徴的な形状の柱は今も変わらない(『丸ノ内線建設史(下)』より)。

池袋駅幻のホームの痕跡

旧ホームの開口部は柵で塞がれている。中にホームとコンコースをつなぐ階段がある。

仮駅時代のホームは、現在のホームよりもさらに東側に線路を挟む形で設置されていました(後図参照)。旧ホームの痕跡は今も確認することができます。

ホーム新大塚寄りにあるタイルが剥がれかけた壁は、旧ホーム時代のもので、壁と天井をつなぐ斜めの接合部には、蛍光灯が設置されていたと思しき痕跡がうっすらと浮かんでいます。旧ホームは柵やコンクリートブロックで塞がれており、線路側から中を見ることはできませんが、現在も業務用スペースとして使われているそうです。

オレンジ色の部分が旧ホーム(丸ノ内線建設史の図面から筆者が制作)

 

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