【古民家で暮らそう!:02】高い家賃の都会から、ネットで見つけた蛍の里へ

多可町の里山の風景

生瀬の家は、ペットを室内で複数飼えるという条件でしたので、会社勤めをしていたときでも少し苦しいなと思うほどの家賃でした。当時は、保護施設から引き取った犬が2匹と、目を切られて捨てられていた猫が1匹、ダンボール箱に入って捨てられていた猫が2匹いました。

【連載】古民家で暮らそう!

計画も立てずに独立した割にはそれなりに仕事はありましたが、あっという間に家計は火の車になりました。稼いでも稼いでも右から左に、家賃と仕事の運転資金で消えていく状態になり、最初の2年間で我が家の全財産が5000円にまで減りました。

38歳の男が、病気の妻と5匹の動物を抱えて、無一文に近い状態にまで追い込まれました。まずはこの高い家賃から逃れなければと考えましたが、引っ越し代すら払えないような状態が2年間続き、節約を重ねてひたすら耐え続けた日々でした。

独立3年目ぐらいから、ようやく少しずつお金が貯まる流れができましたので、その頃から「移住」を考え始めるようになりました。そもそもの動機は「移住」ではなく、安い家賃の家に「引っ越し」をしたいというものでした。

賃貸ではなく購入も可能なのか

それまで、子どもがいない我が家は、大きな財産を持つということにマイナスのイメージしか持っていませんでしたので、「家は借りるもの」という考えしかありませんでした。しかし、仮に家賃が月5万円だったとすると、5年間で300万円になります。

そうすると、田舎のボロボロの古民家だと、購入もできるのではないか…という考えが頭をよぎるようになりました。生瀬の家は家賃が月11万でしたので、13年間で1716万円も家賃に使っていることになります。

特にマイホームを手に入れたいと願っていたわけではありませんでしたが、自分で好きなように住む場所をリノベーションをしたいと思っていました。

しかし、実際には200〜300万円の家を見に行くと、ほぼ屋根に穴が空いているような物件か、家を潰す費用を差し引いて考えれば安い=実質、家は直しようがないほど傷んでいる、という物件ばかりだということが分かってきました。さらに、下水が通っていない場合も多く、後から公共の配管に接続する場合には、それなりの費用が必要であることも分かりました。

自宅兼作業場でデザインの仕事

とりあえず、今すぐに家が買えるほどお金があるわけではなく、妻も当初は移住にあまり積極的ではなかったので、ゆっくり時間をかけて、住みたい地域そのものから探すことにしました。

宝塚・西谷〜篠山周辺

子どもの頃から転居が多かった私は、自分が気に入った場所であればどこでも良かったのですが、ひとつだけ条件がありました。それは、妻が大阪の教会でパイプオルガンの演奏をしていたので、移住後もそこに通うことができること。病気の妻が唯一自発的に続けていたことでしたので、それは守ってあげなければいけないと考えていました。

いずれにしても関西圏で探すことになりました。個人でデザインの仕事をしていたので、平日の昼間でも時間の調整は何とでもなりました。妻の調子が安定しているときには、天気の良い日に一人であちこちドライブをして回りました。音楽を聞きながら運転をしているときは、自分の仕事の内容を整理して考えることができるので、今でもその時間をとても大切にしています。

生瀬のすぐ隣の宝塚市も南北になかり長くて広い市です。以前、動物保護施設で働いていたときに、宝塚市の西谷という里山にある小学校で授業をしたことがあるのですが、鉄道も高速道路も通っていないとても美しい地域でしたので、まずはその近隣から篠山に抜ける地域を巡ってみることにしました。

篠山は、田舎暮らしや古民家暮らしを希望する人たちにとって人気のエリアです。城下町という魅力もあってか、多くの移住者が古い建物をリノベーションして、カフェやレストランなどを開業したり、デザイナーやライター、写真家などのフリーランスの方もたくさんいる地域なので、移住先としてなんとなく安心感がありました。

まちの魅力以外にも、篠山が選ばれるのにはいくつか理由があります。私のようにフリーランスの人が再度就職しなければいけなくなったときに、快速電車で大阪や神戸に通うことができます。万が一の保険という意味では理にかなった場所なのです。

なかなか見つからない

空き家バンクを見たり、地元で地域再生の活動をしている友人に紹介したりしてもらいましたが、なかなか条件が合う家には巡り会えませんでした。今はどの自治体でも移住定住の取り組みが当たり前になっていますが、当時はまだ取り組む自治体は少なく、空き家バンクがあったとしてもほとんど更新されていないのが実情でした。

しかし、それまで「引っ越ししたら友達が誰も来てくれなくなる」「私は田舎で何をすれば良いの…」と移住に後ろ向きなことを言っていた妻が、篠山で蔵付きの立派な古民家の賃貸物件を見てからは、少し移住に興味を示すようになり、その後は一緒に移住先巡りをするようになりました。

篠山市の里山の風景

篠山からJRでさらに北上し、丹波でも家探しをしましたが、ちょっと良さそうな物件があったとしても近くに牛舎があって、ずっと牛のウンチの臭いがしていたり、隣がゴミ屋敷のように物が散乱していたり、建物は良いけど周りの家とくっつき過ぎていたり…と、ある程度覚悟はしていましたが、家探しは難航しました。

さらに、不動産屋というのはどんどん物件を見せて回ってくれると思っていましたが、「この物件はこの人には合わない」と判断されると、見に連れて行ってさえくれないことが多く、物件もそれほど多く回れるわけではないということも分かりました。

多可町との出会い

移住にはご縁がないのかな…と諦めかけていたとき、お世話になっていた不動産屋さんの奥さんが、「水がきれいでホタルがたくさん飛んでいる多可町という地域があるんですけど、そちらでも探してみますか?」と言ってくださいましたので、それからは丹波市の西側の多可町も候補として探してみることにしました。

その後、町内を車でウロウロしてみましたが、まちの中央に清流が流れていて、ゆるやかな山に囲まれた、とても美しい地域であることが分かりました。鉄道が走っていないまちでしたが、ここなら妻も大阪まではギリギリ通えそうな気がしましたし、むしろ鉄道も高速道路もないことがとても魅力的に感じました。

妻とともに、「ここに住もう!」と決めましたが、やはりなかなか良い物件には巡り会えませんでした。

そんなとき、妻が偶然、ネットで良さそうな物件を探し当てました。それが現在住んでいる家なのですが、茅葺屋根にトタンをかぶせた古民家で、隣に川が流れていて、近所の家とも程よく離れている立地でした。しかも上下水道完備。

ウェブサイトには個人の携帯番号しか記載されていませんでしたので、不動産屋さんに相談してみると、知り合いの業者なので中継ぎをしてくださることになりました。

いよいよ運命の家に巡り会えるのか…と不動産業者に物件を案内してもらうことにしました。車がどんどん緑の多いエリアに進んで行くにつれ、ワクワクしていた感覚を今でも思い出します。移住先探しでもっとも楽しい時期が、このときなのだと思います。

 

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