車いすで世界を旅したトラベラー「ひとり旅には“強制出会いイベント”があった」

(写真提供:三代達也さん)

10代のころの交通事故がもとで、車いす生活を送る三代達也(みよ・たつや)さん(30)は28歳のとき、たったひとりで「世界一周」旅行に出ました。両手両足に障がいが残る三代さんは、各国でさまざまな人と出会い、時には助けられ、時にはお金をだまし取られながらも、約270日間、23カ国をめぐる旅を終えて昨年帰国しました。

現在は、事故やその後のリハビリ生活を経て、車いすで旅に出ることになった経緯や、旅を通して知った世界のバリアフリー事情などを話す講演会を中心に活動しています。

その三代さんが、「世界一周」の詳細を記した『No Rain,No Rainbow 一度死んだ僕の、車いす世界一周』(光文社)を出版しました。これを機に、三代さんにあらためて、旅をふり返ってもらいました。

インタビューの日、三代さんは手もとでアクセルやブレーキ操作ができる自動車を自ら運転し、ひとり東京・表参道までやってきました。

日本は設備は整った。でも…

(撮影:萩原美寛)

ーーあえて「ひとり」で海外旅行をして、よかったと思うことはなんですか?

三代:毎日、「強制出会いイベント」が発生したことです。今日もここに来るとき、(筆者に)「車いすを押してください」ってお願いしたじゃないですか。僕みたいに手が使えないと、道路から歩道にあがるときの段差がキツいんです。だから、知り合いがいなかったら、近くでタバコを吸っている人に「すみませーん」ってお願いしたと思うんです。

日本って、設備的にすごく整っているので、まだ自分でいけるんですけど、それが海外、たとえばボリビアとかインドとかには、誰かに話しかけて手伝ってもらわないと動けないところがたくさんあるんで、人と出会うチャンスが異常に多かった。その出会いが、旅のなかのドラマになったり、自分の人生の気づきになったりすることがありました。

ーーしかし、海外で「強制出会いイベント」を発生させるには勇気がいりますよね?

三代:まっすぐ歩いている人に声をかけるんです。ふらふらしている人には声をかけません。そこは大前提で。あとは写真を撮ってもらう人でも同じ基準なんですけど、家族連れのパパは絶対に安全。子供が小さければ小さいほど。そういうパパに悪い人はいません。

その次はカップル。あとは海外での場合ですけど、まずこっちを見てくれる人。こっちを見て、ニコッとしてくれる。そしたら「へい!」って声をかけられるんで。

(撮影:萩原美寛)

ーー「バリアフリー」については、どういう国がいいと思われますか?

三代:これはいろんな考え方があって、何を言ってもバッシングがくるんですけど、僕はもう「設備ではない」と思っています。雰囲気的に「人との距離感が近い」国は、なんかいいなって。

たとえば、国内でも東京と大阪では人の距離感が違いますよね? やっぱり知らない者同士でも、なんとなくコミュニケーションが生まれる場所のほうが、僕は入っていきやすいんです。「手伝ってもらいたいんだけど」って。

ベトナムでの出会いがまさにそうでしたけど、ひとりでは出歩けなかった。だけど、カラオケで出会った女の子たちが「一緒に外出していいですよ」って言ってくれて、ラッキーって思った。

これは僕の持論なんですけど、「バリアー」が多ければ多いほど人と話す回数が増えて、逆に居心地のよさを生むというか。完璧に設備が整っちゃうと、僕らもひとりでできちゃう。そうなると、せっかくこの体で生きていて「強制出会いイベント」が発生する機会があるのに、それすらもなくなっちゃうと、本当にひとりになる。

僕が好きなのは、道端で声をかけて少し助けてもらうこと。普通の人じゃちょっと言いにくいじゃないですか。「このバッグ、持ってもらっていいですか」なんて。そこは僕たちだからこそ楽しめるコミュニケーションなのかなって。

「ツラいときはグチを吐いちゃって構わない」

ーー本では「世界一周」で出会った人たちについても書かれています。そのなかで特に印象に残っているのは?

三代:本当は本の最後に書いた子なんです。僕の人生を変えた子。でも、その子のことは僕のブログにも書いてなくて。なぜかっていうと、ブログもウェブメディアも、スーッとスクロールできてしまう。そんな環境で、その子の話をしたくないんです。

だから、その次でいうと、パリで出会った「ピエール」ですかね。本当はドミニクっていう名前なんですけど、ピエールっぽいからピエールって呼んでたんですけど(笑)。パリに着いた翌朝、ルーブル美術館に行ったら詐欺グループみたいなのに捕まって。気がついたら、5万円とられていて。

自ら車を運転して現れた三代さん(撮影:萩原美寛)

そのことをピエールにグチったら、次の朝、メールがあって。「ミヨ、大変だったね。ホテルのみんなと話し合って、少しでも旅が楽しくなるようアレンジすると決めた」って、素泊まりだったのに、朝食を運んでくれるようになった。どん底だった気持ちが、少しずつよくなっていって。

最後にピエールが「またルーブル美術館に行こうよ」って言うんです。「そこはマイトラウマスポットだからダメだよ」って言ったんだけど、「いいから」って。行ってみたら、すごく楽しくて。夜、「ピエール、最高だったわ。ありがとう」って伝えたら、「ミヨがトラウマになったこの場所を、楽しい思い出に変えてあげたかったんだ」って。これって人生の本質的なところをとらえているな、と。

ーーそれはどういうことですか?

三代:僕はだまされた事件があっただけで、パリという街自体を勝手に嫌いになっていた。だけどルーブルは綺麗だし、人も優しかった。あとでいいことがあると、つらいことを上書きしちゃうんだなって。

そう考えたら、本のタイトルにもある「No Rain,No Rainbow」。雨(Rain)の時期は必要な雨じゃないかなと。そのあとにかかる虹のために。

僕の車いす生活も、(最初の)2年間は地獄の日々で。足は動かない、手はグーチョキパーもできない。お母さんの肩も揉めない。「これは終わったわ」と思ったけど、今はこの体が価値になって、誰かの一歩につながっている。同じように苦しむ人に、なんで寄り添えるのかっていったら、僕にそういう時代があったからなんです。

ーー三代さんは、自分自身をどんな性格だとみていますか?

三代:相当、石橋を叩いてから渡るタイプなんですよ。裏を返すと、けっこうビビり。たとえば(ネットで話題になった)『電車男』っておぼえてます? 女性が酔っぱらいにからまれている。あのシチュエーションで「おい!」って注意できますか? 僕はああいうとき、行きたいんだけど、なかなか行けないんです。

ーーなんとなく、なんでも「やったれ!」みたいな性格なのかなと思っていました。

三代:それは世界一周が終わったあとに会っているから、そう感じるんだと思います。会社員だったときなんか、「俺、仕事全然できねー……」って感じで、毎日吐いたりして、結構ネガティブなんです。それは小学校くらいからで、勉強はできないし、スポーツもダメだし。高校もめんどくさくなって、「毎日、なんでこんなことやってるんだろうな」って。

一一新しい「一歩」を踏み出せない人は、どうすれば踏み出せると思いますか?

三代:たぶん、しょっぱなは大きな衝撃じゃなくて、「おっ」くらいの小さな発見だと思うんです。僕も東京にひとりで来て引きこもった時期があって。退院して、バスケとか、いろんな誘いをめちゃくちゃ受けてたんです。「これをやったら絶対に楽しいから」って言われても、「いやいや」って断ってました。

でも、そんな誘いとはまったく関係のないところで、知らないおばちゃんがスーパーで取れないものをとってくれたことがあって。そこで心が軽くなって。「じゃ、バスケもやってみようかな」って。

(撮影:萩原美寛)

キツいときは全然グチを吐いちゃってかまわないし、ツラいままでいたらいい。それって、その人にとって必要な雨の時期だから。そこから、雲間から出てくるちょっとした光を、虹に変えてくれるときが来るはずなんで。

そのためにひとつだけ必要なものがあるとしたら「素直さ」ですね。ひねくれもマックスになってると、全部がダメになるから。ひきこもっている人に「世界一周しようぜ」って言っても無理だけど、「遊びに行ってもいい?」くらいのことを言われたときに、「自分の家に来るんだったらまあいいか」って思えるように。

僕も当時は、何を言われてもダメだった。そのなかで、なんでもないひと言とか、なんでもない行動が「虹」に変わる瞬間だった。いつか必ずそのタイミングが訪れるので、変にそれを起こそうとしないで、ちょっと待ってみるというのもいいじゃないですか。

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