訳あり猫が、訳あり我が家にやって来た日(未婚のひとりと一匹と:05)

訳あり人間をスキャン中

その日は少し、Twitterのタイムラインが騒がしくなりました。といっても、友だちだけの小さな世界ですけど。保護猫活動をしている猫達人の友人が一時預かりしていた猫が「うちに来た」って投稿したからです。

【連載】未婚のひとりと一匹と

1月下旬のお昼過ぎ、目つきの鋭い、怒りっぽい彼女が、我が家に来ました。

訳あり物件と訳あり人間

こんにちは! 猫くるみと、ひとり暮らしをしているコヤナギユウです。

わたしが暮らしているマンションは訳ありの分譲賃貸で、相撲で有名な両国に近く、3DKという間取りの割には大変破格な家賃6万円です。

「訳」の内訳は2つあって、ひとつはこの物件が大家さんの借金のカタに入っており、返済が滞れば半年以内に出て行かなければいけないから。もうひとつは通常、人に貸す場合は改装したり、少なくともクリーニングするものかと思いますが、大家さんが「現金を1円たりとも使いたくない」という変わった信条をお持ちだったため、内見で初めて見た部屋は、なかなかの廃墟感を漂わせていました。

3年間誰も住んでいなかったという部屋はかび臭く、湿気で壁紙が剥がれ、古くさくていかにもダニがいそうなカーペットフロアの部屋が2部屋、リビングの畳は比較的きれいでした。

「退去勧告から半年で引越」は、40代にもなって未だ未婚のひとり暮らしで「訳あり」なわたしにはそれほど大きな問題ではありません。でも、壁紙は貼り直さないと誰も暮らせないでしょう。でも大家さんは払いたくない。

そうか、ならば、入居するわたしが部屋の簡単な改装を自費でやりましょう、その代わりフリーレント付けてくれ! って交渉してみたら、3カ月家賃タダになって、このファミリー向け物件に暮らすにいたっています。

カーペットフロアだった2部屋は、フローリング風のクッションフロアに張り替えて、壁紙も淡い水色の差し色にしました。玄関近くの元寝室を仕事部屋にして、川沿いの和室をリビングにしましたが、ほとんど4畳半の寝室のベッドの上にいます。

4年後には大家さんの借金も片づくらしく、そうしたら家賃も上げさせて欲しいって言われているけれど、その頃には誰か一緒に暮らしている「いい人」が見つかってるでしょうと思って2年、なにも起こらず、やって来たのは猫でした。おかしいなぁ。

家賃は6万円と破格だが共益費は3万円は高い

噂の訳あり猫がやってきた!

猫の身上は前回書いたとおりです。たくさんいただいた反響と同じく、当時わたしの友だち界隈のTwitterもざわついていました。猫を捨てた人間が許せないし、猫は不憫だけど個性的な顔がめちゃめちゃかわいいし、だけどなつくか不明だし。みんながこの猫の行き先を気にしていました。

猫達人である友人の家で1カ月あまりを過ごし、少しは人への警戒が解けたという猫は、我が家へすぐに慣れたわけではありません。猫達人は猫をひょいと持ち上げることができますが、それでも5秒以上収まってやろうという気はないらしく、喉の奥をギュッと押しつぶし、シャーッと息を吐き、牙を見せます。身体は2キロ程度と小柄ですが、気迫は十分です。

あらかじめ、猫達人は猫を迎え入れるために買っておくべき「Amazonウィッシュリスト」をつくっておいてくれていたので、わたしはその通りに用意し、餌入れやトイレの砂、そして「テント」を出しました。テントは足の悪い猫も使えるように、なるべく段差がないものを選びました。はたして使ってくれるのでしょうか。

リビングで猫を放すと、見事な「及び腰」で見慣れぬ部屋を見渡し、ひとまず部屋の隅へ身を寄せて、外周を歩きながら状況の把握に努めました。その足取りはいくぶんかしっかりとしたもので、「お見合い」のときよりずいぶん元気そうです。でもその分、とても手を出す気分になれません。

真新しいピンクの台座付き餌入れにおやつを入れて、猫の気を引こうと思いましたが、猫も内偵に集中しているため、まったくおやつに気がつきません。猫達人がクレーンゲームのような手つきで猫を運んできてくれましたが、猫は2、3口食べるとベッドの下へ隠れてしまいました。放っておくより、いま彼女にしてあげられることはなさそうです。

ベッド下に逃げ込んだ猫。初めて撮った1枚

お茶を終えると達人は帰り、猫と2人きりになりましたが、猫は相変わらずベッド下にいるため、わたしはぱっと見、ひとり暮らしとなにも変わりなさそうです。構って嫌われるのもいやなので、仕事部屋で仕事することにします。

猫が気になっていましたが、しばらくすると集中することができました。ふと、気配を感じて振り返ると、入り口から猫が覗いています。目が合うと慌てた様子で引き返しました。関節の悪い足でぴょこぴょこと、リビングとなりの寝室にあるベッドの下へ戻っていきます。

ついて行って様子を見ます。リビングにある餌入れを見るとほとんど食べていません。きっと水も飲んでいないでしょう。そのとなりにある猫テントには気がついてもいないかもしれません。

さっきは逃げ出せる場所を探していたのだろうな。テントに気がつかなくても、せめて水は飲んで欲しい、と思いました。

リビングの電気を消して、寝室の灯りを煌々と点けました。こうすれば、薄暗いところが好きな猫は移動するのではないかと思ったからです。猫が移動しやすいように、もう少し仕事をして、そっとしておこうと思いました。

訳あり猫の名前はくるみ

仕事を終えて、そーっとリビングに戻ると、いました、猫。あのテントの中に入ってくれています。キッと強い目でこちらを見ながら、わたしを観察しています。となりにあるエサをのぞき見ると、少しは減っているようです。

すごくいぶかしい目つきで見てきます

リビングの座椅子に座って携帯をみたりしていると、猫はフラフラと出歩いて、トイレで用を足しました。わたしのことも、部屋のことも、まだまだ警戒してるけれど、ずっと隠れているわけでもなく、やっぱりどこか堂々とした猫です。

わたしは身体を小さく前にかがめて、猫の鼻先に人差し指を差し出してみました。「指先の臭いをかいで、首を出してきたら、撫でてもいい合図」と猫達人が言っていたとおり、猫のリトマス紙に指をチェックしてもらいます。

結果は、首を伸ばしてくれました! 恐る恐る右手を猫の頬の裏へ差し込みます。ふわふわの毛が暖かく、皮膚にはぽこぽことしたできものの感触があります。

今日から君はうちの子やで……と話しかけようとした途端、出ました、喉を振り絞るような、ッシャー! 卓球選手のスマッシュのような気迫を見せてきましたが、わたしも負けないくらいの反射神経で手を引っ込め、わたしと猫の間には微妙な空気が流れます。

この子は今日からうちの子。怖がってばかりもいられません。慣れないかもしれない、それでもいいと覚悟したのだから、この猫との一挙手一投足を楽しんでいきましょう。

保護してくれていた猫達人の家で、猫はクーさんと呼ばれていました。胡桃の殻のようなムギュッとした顔つきにちなんで、「クルミ」という名をもらっていたので、それを引き継ぎました。名前が「み(美)」で終わっているところが、80年代のスケバンみたいでぴったりだなと思ったのです(通じますでしょうか)。だから、書き方はひらがなで「くるみ」です。

まぁとりあえず、人間より先に部屋に慣れてくれたまえ。

おやすみ、くるみ。

これからよろしく。

訳ありな人間を監視するくるみ

 

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