トルコで不安にさいなまれた僕が入った1軒の店~青春発墓場行き(第18回)

(イラスト・戸梶 文)

ゲストハウスで朝、ケヴィンに叩き起こされた。ケヴィンはアメリカ人で僕の旅仲間。トルコに来てから、旅をともにしている。

「向かいのベッドのフランス人の女性が、君に質問しているぞ。なんでいつも、どこにも出かけず寝てばかりなんだって」

そう。トルコで宿を変えた僕は、長時間のフライトと寒さで心底疲れ切っていて、近所のスーパーで、バターとエキメッキ(フランスパンのようなもの)を買い込んで、ただひたすら眠り、お腹が減ったら、それをちまちま食べるという生活を1週間くらい続けていたのだ。その間、ケヴィンは、精力的に観光していた。ブルーモスク、アヤソフィア(博物館)、地下宮殿と、行っては僕に写真を見せてくれたが、僕の心は、まったく動かなかった。

旅の疲れは、もちろんあったのだが、日本を飛び出しては来たものの、将来に対する不安が急に押し寄せてきて、観光どころではなくなっていたというのが正直なところだった。

「遊ぼう!」僕はようやく起き上がった

この先、僕はどうなってしまうのだろう。出版関係のつながりは、すべて断ち切って来てしまっていた。たぶん、もう戻ることはできないだろう。何をして、暮らしていこうか。そんなことを考えていたら、食欲も減退し、動く気力も失われてしまっていたのだ。

でも、そんなことも言ってられない。気分転換のために僕は、トルコまで来たのだ。遊ぼう! 一週間して、僕は、ベッドから起き上がった。

と言っても、宿の近くをぶらぶら歩くくらいだった。キョロキョロしながら、歩いていると、ふと、一見、何の店かわからない店舗を見つけた。なかには、人が集まって、だべっているがカフェではなさそう。何か、棒のようなものをそれぞれの手元に置いて、そこから伸びるホースで何やら吸っている。明らかに危なそうだったが、外観は至って健全だし、表通りにある。僕は、気になって入ってみることにした。

実はこの店、今、日本でも結構流行っている水タバコ屋さんだったのである。

イスタンブールのあの場所に混在していたもの

僕は、タバコを吸ったことがなかった。興味を持ったことすらなかった。入るやいなや、トルコ人の集団に手招きされて、その輪のなかに強制的に入れさせられた。僕が「タバコを吸ったことがない」と言うと、それはいい機会だと熱心に勧めてくる。仕方なく、僕は、ひと口吸ってみた。……ゲホゲホ!!!! 当然むせたが、何度も吸っていくうちに、美味しいと思えるようになってきた。

「美味しい」と言ったら、トルコ人たちはそれが嬉しかったらしく、どんどんノリノリになっていき、僕の勘定まで払ってくれた。これが今やヘビースモーカーとなってしまった僕とタバコとの出会いである。

近年では、イスタンブールも水タバコ屋がほぼなくなったと聞く。時代の要請だから仕方がないことだろう。でも、今でも、タバコを吸うと僕は、イスタンブールの水タバコ屋の風景がありありと蘇ってくる。あのときの不安定だった気持ちと一緒に。そこには、何もない強さと弱さが混在していた。また、そんな気持ちになったら、僕はちょっと一服して、イスタンブールに思いを馳せようと思っている。

 

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