イギリスの幽霊屋敷に泊まったときの話~元たま・石川浩司の「初めての体験」

(イラスト・古本有美)

バンド「たま」で活動していた頃の話だ。レコーディングのために、イギリスのオックスフォード郊外のスタジオに行った。何百年も前の、絵に描いたような中世の洋館を改造した作りの宿舎と、その離れのスタジオだった。そこで思わぬことが起きたのだ。

窓から覗く何か

まず最初の異変に気づいたのは僕の妻だった。僕とメンバーが離れのスタジオでレコーディングをしていたとき、妻はベッドに寝転びながらうとうとしていた。時間は夜の10時過ぎ。突然耳元で「ハァッ、ハァッ」という男の声。「んっ?」と振り返ると耳元ではなく、窓の向こうに気弱そうな男が顔を覗かせていた。

咄嗟に痴漢と判断した妻は、日本語で「何よっ!」と大声をあげると、男は困ったような顔をして下に降りていった。しかし、ここは2階。しかも古い建物で、現代の建物の3階と同じくらいの高さだ。

そこへちょうど僕がレコーディングを終えて、ヘラ~と帰って来た。すぐに妻が「ダンナ~、ひどいんだよ。今、痴漢が覗いてたんだよ~」と言う。そこで窓の外を見てみると、確かに男が下で何事かブツブツ言いながら立っているのが見えた。

「確かに人がいるねぇ。でもなんか痴漢のような感じには見えないけど…」
「工事かなんかの人だったのかな?」
「こんな夜中に? あぁ、でもそういえばそんな雰囲気だね」
「大声出して悪いことしちゃったかなぁ。カーテン閉めてなかったのが悪かったかもしれないし」
「そうだねぇ…。んっ、待てよ。窓から覗いてた、って言ってたよねえ」

その途端、急にブルッと震えがきた。そしてもう一度窓の下を見てみると、もう誰もいない。

「あっ、あのさあ、ここテラスないよねぇ。ってことは…」
「あれっ、そうだ。どうやって上って来たんだろう?」
「長いハシゴでも使わない限り、窓から覗くの無理だよね・・・」  

そして僕達は気づいた。この窓の向こう側が、ホラー映画に出てきそうな朽ち果てた無人の教会だったことを。

苦しそうな唸り声

翌朝この話をした時、スタジオのマネージャーの顔色がサッと変わった。「人がいたって? それはあり得ない!」。そう、ここは世界中から有名アーティストがレコーディングに訪れるため、見た目は古いが最新のセキュリティシステムが導入されている。

関係者以外は一切入り込めないように赤外線で監視され、普段はおとなしく寝そべっているだけの大きな犬も、よそ者が侵入したらすぐに反応する優秀な番犬だ。しかし、セキュリティには異常がなく、番犬にも反応はなかった。ということは、僕達が見たのは少なくとも生きた人間ではない、ということだろうか…。

その頃、同じくイギリスに来ていた妻の妹が、僕達の部屋に泊まった。翌朝、義妹は目を真っ赤にさせていた。

「どうしたの?」
「一睡もできなかった」
「何で!?」
「みんなには聞こえなかったの? 夜中ずっと耳元で苦しそうな唸り声がしてたじゃないのっ!」

鈍感なうちの夫婦には何も聞こえなかった。義妹は「とてもここにはいられない」と言って、その日のうちに予定を変更して帰ってしまった。

霊たちのダンスパーティー

しかし事件はそれだけでは終わらなかった。たぶん霊たちは自分の存在をわかってもらおうと必死だったのだと思う。それなのにうちの夫婦はろくに気づかない。数日後、夫婦で外出から帰って来ると、何と部屋中の壁がクレヨンで滅茶苦茶に落書きされていたのだ。

その描き位置からして、子供の視線のあたりにびっしりと描かれている。このホテルにいる子供は、メンバーが連れて来た娘しかいない。まだ2~3歳で、常にお母さんがついていたので、人の部屋に入って落書きをすることは考えられなかった。スタッフが真っ青になってモップで消していたのが印象的だった。

またこんなこともあった。そのメンバーの娘が、1階の共用スペースにあるピアノ室にひとりで入っていった。電気がついていない夜中だったので、「ほらほら、そんな誰もいない真っ暗な部屋でウロチョロしていると、頭をぶつけるわよ」とお母さんが咎めた。すると、戻ってきた娘がニコニコしながらこう言った。

「お兄ちゃんや、お姉ちゃんがいっぱいだよっ!」

もちろんまだ大人に嘘をついてからかうような年齢ではない。見えたのだ。彼女には、たくさんの大人達がピアノを囲んで楽しくパーティを開いているのが。僕達は、一様に黙ってしまった。

今でもその館では毎夜、霊たちが楽しそうにダンスを踊っているのかもしれない。

 

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