乳がんで左の乳房を部分切除。ひとりの闘病の末に得られた「新しい人生」

薬剤師をしていたエミさん(41歳、仮名)。2018年9月、40歳だった時に乳がんになり、左乳房の部分切除をする手術を受けました。治療のため出産をあきらめなければならなくなり、術前には「いっそ消えてしまいたい」という心境にも陥ったのですが、病気をしたことで、新しい自分と出会うことができたと言います。

健康には人一倍気を遣っていた

エミさんは、仕事柄、日頃から健康には留意していて、40歳までに人間ドックを4回、脳ドックも2回受け、PETやMRIの高精度画像検査をしたこともありました。2、3年、間が空いていたので、久しぶりに市の検診を受けたところ、マンモグラフィーという検査で左乳房の乳がんが疑われ、翌日、エコーで精密検査をしたそうです。

「検診ではマンモグラフィーによる検査を実施しているところが多いのですが、特に若い方ではマンモグラフィの見落としを防ぐため、近年、自費ではありますが、年に一度、超音波検査を併用するといいという流れになってきています。月に一度でいいので、石鹸を泡立てた手で乳房を触り、普段の状態を知っておくと、異常に早く気づくことができます」(乳がんに詳しい近畿大学医学部外科学教室乳腺内分泌外科部門教授・菰池佳史さん)

「先生の表情と、エコーに映った3×4cmくらいの腫瘍の画像が見えた時、悪性だと思いました。医師は、早期ではないが、治療して付き合っていける病気だと慰めてくれました。でも、青天の霹靂。顔色が変わったので、先生は何度も『大丈夫ですか』と聞いてくれました」

引っ越しや恋人との別れがあり、趣味で続けているフラダンスの大会が間近に迫るなど、忙しくて気づきませんでしたが、エミさんは、帰宅してから改めて左の乳房を触ってみました。

妊娠できなくなる

その後、エミさんは、乳がんを専門に診ているクリニックで精密検査を受けました。告知の日、離れて暮らす両親が動揺するのが目に見えていて、その動揺を受け止める余裕もなかったので、「来て」とは言わなかったそうです。

結果は、ステージ2以上の乳がん。

「泣くこともできず、ショックが大きすぎて感情が湧いてきませんでした。どうやって帰宅したのか分からないような状態でした」

エミさんは、10月からブログを始め、眠れない夜、誰にも言えないことを綴りました。ブログは、「自分の言葉を吐き出す場所」だったそうです。

手術を前にして、大阪大学医学部附属病院に転院し、ステージ2Bと診断され、全摘するのか、一部摘出するのか、さまざまな選択を迫られるようになりました。女性ホルモンが原因だったので、10年間女性ホルモンが出るのを止める治療をする決意をしました。

「乳がんだけでもつらいのに、妊娠できる可能性がゼロになってしまう。自然にそうなるのなら納得できるけど。私は卵子を凍結しました」

術後服用しているホルモン剤には、数々の副作用が

趣味のフラダンスの先生や仲間に乳がんのことを打ち明けた時、仲間の涙や、一緒に闘おうと言ってくれたことにエミさんは救われたそうです。

「ブログでは本音で話せるし、同じ病気の人の悩みも受け止められます。フラダンスの仲間は経験者ではないけれど、心の支えになってくれました」

ひとりで何でも自由に決められる

「自宅でひとりになると、ロボットでもそばにいてほしいと思う反面、パートナーがいないので、乳房を温存するとか全摘するとか、全部自分で好きなように決められました。ただ、生きる価値を見出せない。私が死んでも誰も困らない。いっそ転移があるならあるで、早く楽になりたい。闘うのをやめたいと思ったこともあります」

フラダンスの仲間に、生きたくても死んでいく人もいる。命があるだけでもいいじゃないと言われ、「いままで1人で生きてきたわけじゃないと思い直したんです」

エミさんは、11月に左乳房とリンパ節を切除する手術を受け、放射線治療をしました。「オンコタイプDX」という、抗がん剤の効果をあらかじめ確認する検査も受けましたが、抗がん剤治療は見送ることにしたそうです。

「現状、当院で手術を受けた半数以上の患者さんが抗がん剤治療を受けていますが、『オンコタイプDX』によって抗がん剤の治療効果が本当にあるのかどうか見極めることができます。ただ、自費での検査になるため、近畿大学医学部附属病院でも49万円かかるのです。抗がん剤治療中のほとんどの人に脱毛が見られ、治療終了後も2割くらいの人は少し髪が薄くなった状態になります。また、しびれなどの神経障害もあることから、有害事象の多い治療になります。

患者さんによってニーズが違うので、忍容性(有害事象にどれだけ耐えうるのか)を考慮し、ローリスクもしくは中間リスクを取るのか考える必要があります」(菰池教授)

手術は無事に終わったのですが、ホルモン剤治療を受けていると子宮体がんのリスクが上昇するため、エミさんは2019年4月中旬に検診を受けました。結果、思いもよらないことに、子宮頸がんのウイルスが陽性だったのです。

「精密検査の結果を待つ間、映画に行ったり、飲みに行ったり、とにかく気がまぎれることをしました。ひとりなので、誰にも気を遣わなくていいのもよかったんです。一方、この頃、乳がんの手術の傷も日に日に癒えてきて、昔できていたことが、できるようになってきました」

しかし、子宮頸がんの不安を払しょくし、前向きでいたいという気持ちとは裏腹に、ホルモン療法の影響で眠れない日が続き、倦怠感を感じていたため、なかなか気持ちは晴れませんでした。

そんなさなか、七夕の日に大阪天満宮にお参りに行くと、めったに出ないという大吉のおみくじが。短冊には、幸せで楽しい人生を過ごせるよう願いごとを書いたそうです。

七夕の日に引いた大吉のおみくじに気分が上がる

「ホルモン療法を含む薬物療法をすると、起きられない、集中力に欠ける、倦怠感があるなど、ボディーブローのようにじわじわと不調が起こります。調子がいい日と悪い日のムラがあって、仕事を休んでしまうことも。すると、怠けていると思われてしまう。残念なことに仕事を辞めてしまう人もたくさんいます。社会や職場の理解が欠かせません」(菰池教授)

新たな一歩

子宮頸がんは、組織検査の結果、経過観察をすることになり、晴れやかな気持ちになったエミさん。6月からはフラダンスに復帰しました。乳がん経験者のためのヨガレッスンにも積極的に参加しています。

「適度な運動をしている人といない人では、治療成績が違います。飲酒や喫煙を控えるなど、生活習慣の中での予防も大事です。ヨガには、可動域の改善とともに、精神的なリラックス効果もあります。がんになった後の生活をどう改善するかという意味で、ヨガやメイクを積極的に取り入れるといいでしょう」(菰池教授)

さらに、病気の経験を無駄にすることなく、誰かの役に立ちたいと言います。

長い髪を肩のあたりまでばっさりカットして、抗がん剤治療や抜毛症、脱毛症などによる髪の悩みを持つ子供たちにウィッグを寄付するプロジェクト「つな髪プロジェクト」に寄付しました。

ヘアードネーションをするため、ロングヘアをバッサリカットした

女性がんサバイバーのためのコミュニティSNS「Peer Ring(ピアリング)」にも積極的に参加。診察室では相談できない、ひとりひとりが抱えている悩みに経験者の立場から寄り添うために、キャンサーネットジャパンの乳がん体験者コーディネーター(BEC)養成講座を受講、乳房健康研究会のピンクリボンアドバイザー認定試験に向けても勉強しています。

病気に関連する勉強にも熱心に取り組んでいる

「一度がんになってしまうと、もう元の自分には戻れない。でも、自分を受け入れることで、人生を考え直すチャンスを得ることができました」

ひとりで不安な夜を何日も過ごしてきたエミさん。力強い眼差しで今後の抱負を語る姿は、きらきらと輝いていました。

 

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