太陽が昇らない極北の地で感じた"カオス"~『極夜行』角幡唯介さん・前編

雪と氷に閉ざされた北極の世界を、たったひとりで踏破しました

「極夜(きょくや)」という言葉をご存知でしょうか。北極や南極で一日中太陽が沈まない状態のことを「白夜(びゃくや)」と言いますが、極夜はその逆。一日中太陽が昇らない真っ暗な状態のことを指します。

探検家で、ノンフィクション作家の角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)さん(43歳)は、グリーンランドの北極圏で極夜の世界を長期間に渡って探検し、その経験をまとめた書籍を『極夜行』(文藝春秋)として出版。昨年11月に新設された「Yahoo!ニュース 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」の第1回受賞作に選ばれました。その後、今年2月には『極夜行前』(文藝春秋)を発行し、『極夜行』の準備期間の冒険についても書き表しています。

角幡さんが極夜の世界を探検したのは、人類の黎明期を追体験するようなものでした。文明の利器から隔絶された状態で北極星を頼りに前へ進み、星座や神話の誕生、信仰の原初的形態について思いをめぐらせました。

人間にとって、闇とは何か? 光とは何か? 「極夜」体験を通じて、角幡さんはどのようなことを考えたのでしょうか。じっくり話を聞きました。

角幡さんのご自宅で、極夜の冒険について語ってもらいました

極夜を冒険しているとき、内面は混乱していた

――今回の旅は、準備期間もかなり長いですね。偵察や食糧基地を設置するため、本格的な探検の前に何度も北極圏を訪れているんですよね。

角幡:はい、準備の部分は『極夜行前』(文藝春秋)としてまとめました。最初は準備期間も含めて1冊の本にしようかと思ったんですが、極夜の話だけで1冊にしたほうがまとまりがあるかなと思いまして。

――受賞までの流れは、どんな感じでしたか?

角幡:昨年9月に「Yahoo!ニュース 本屋大賞 ノンフィクション賞」にノミネートされたと編集者から聞きました。本屋大賞でノンフィクションの賞が新設されるというのは知っていたので、関心はありました。

――受賞の知らせを聞いて、いかがでした?

角幡:すごくうれしかったですよ。作品が世の中にどう受け止められているかって、書き手はよく分からないじゃないですか。賞をもらうと、ある程度世の中に評価されたんだなと実感できるので、やっぱりうれしいものですね。

――執筆していて苦労した点は?

角幡:極夜の世界は、環境的には暗いだけの場所なんですが、その中を冒険する僕自身は、内面的にはすごく混乱したり、カオスになったりしていたんです。その混乱していた感じや、冒険を通じて感じ取った人間の本質的な部分をどうやって文章の作品にするか、かなり考えました。

――北極を探検するのには、結構お金がかかるんじゃないですか?

角幡:1回行ったら100万とか150万ぐらいはかかりますね。書籍の印税よりも、雑誌に連載したときの原稿料のほうが大きいので、それでまかないました。

――まかなえるものですか?

角幡:そうですね。ちゃんと連載原稿を書けば成り立ちます。

GPSは使わず、紙の地図を頼りに進路を決めて歩きました

闇とは何か? 光とは何か?

――本屋大賞では、どういう部分が評価されたと思いますか?

角幡:生死をさまようようなすごい体験をしたとか、びっくりするような冒険をしたということよりも、冒険のテーマとして「極夜」を掲げていたことが評価されたのではないでしょうか。

――冒険のテーマというと?

角幡:人間にとって太陽を見るとはどういうことなのか、光とは何か、闇とは何か、今の社会はどういう社会なのか……というようなことですね。極夜の世界で経験して考えたことをうまく言葉にすることができたので、その部分を評価してもらえたのだと思います。

――なるほど。

角幡:冒頭で私の長女の出産シーンを描きましたが、それが作品の中核的なものになっています。人間は出生のとき、居心地のいい母体から外に出るわけですが、不安を感じながらも、そのときに意識というものが生じるらしいんですよ。と同時に、初めて「光」を浴びる。それって、強烈な体験ですよね。

――誕生と同時に、光を感じるわけですね。

角幡:極夜に行きたいと思ったのも、極夜が明けたあとの太陽がどう見えるかに、すごく興味があったんですよ。光や太陽というものは、世界中の神話のなかで肯定的なものとして語られている一方、闇は死の象徴として捉えられていますよね。探検の結果として気づいたのは、光と闇への認識の根源には、出生というものが関わっているのではないかということです。極夜が明けたあとの太陽というのは、出生のときに感じる光と通じるものがあると思ったんです。

――長い長い「闇」を潜り抜けたあとの「光」という意味では、確かに共通していますね。

角幡:人間にとって光とは何なのか、闇とは何なのか。今の時代で普通に生きていたらそんなことは考えないし、感じることもないですよね。

――確かに考えないですね。

角幡:自然と人間がダイレクトにつながっていた社会では、太陽や月から何かを感じ取るというのが当たり前のことだったはずなんです。空に浮かぶ太陽や月を見て神話を生み出したり、星を見て星座の物語を紡ぎだしたりとか。

それが近代化とともに忘れられてしまって、自然と一体化した心のあり方も失われてしまったわけです。だから『極夜行』では、今の人間が現代社会で忘れかけている感覚を描けたらいいな、と思っていたんです。

『極夜行』では犬と人間の関係についても考察しています

3カ月ぶりに見る太陽は、どんな感じだろう?

――そもそも、極夜に興味を持ったきっかけは何だったんですか?

角幡:極地(北極と南極)の探検がもっとも盛んだったのは、今から100年前ぐらいですが、当時は蒸気船でカナダや南極大陸まで移動して、越冬していたんです。越冬の間は装備を作ったり毛皮を縫ったりという探検の準備をするんですが、3カ月間ぐらいまったく日が昇らない「極夜」の期間があったと、いろいろな人の探検記に書いてあります。

当時の極地探検では、越冬して極夜が終わったら出発するという流れが一般的でした。学生時代にいろいろな探検記を読んでいたときに、1日中まったく日が昇らない極夜という世界に興味を持ち、「3カ月ぶりに見る太陽ってどんな感じなんだろう」と、好奇心が湧いたんです。

――その後、実際に極夜の旅をしようと思ったきっかけは?

角幡:実際に行こうと思ったのは2010年ぐらいでした。この年にチベットの秘境「ツアンポー峡谷」を探検したのですが、結果的に生命の危険を感じるような、ギリギリの危ない展開になってしまい、「死」というものをすごく意識したんです。そして、「死を取り込むことによって、生は活性化されるのかな」みたいなことを漠然と考えていました。

そこで、次はもっと「死を取り込める場所」「死を意識できる場所」に行ってみたいと思ったんです。それでぱっと思いついたのが、極地。さらに言えば、極夜でした。

――読みながら、よく死ななかったなあと思いました。ブリザードの暴風にテントが吹き飛ばされそうになったり、携帯していた食料が底をついてしまったり、オオカミやシロクマの気配に身の危険を感じたり…。

角幡:普通の冒険って、エベレストの頂上とか人跡未踏の地とか、地理的なゴールに行くことが目的になりますよね。でも『極夜行』はそうではなくて、極夜が明けたあとに太陽を見るということを目的にしていました。

※後編は9月2日に公開予定です。

 

特集

TAGS

この記事をシェア