スマホに頼らず孤絶するひとり旅のススメ~『極夜行』角幡唯介さん・後編

北極圏で4カ月ぶりに見た太陽は、圧倒的な存在感があった

昨年の「Yahoo!ニュース 本屋大賞 ノンフィクション本大賞」を受賞した探検家で、ノンフィクション作家の角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)さん。北極圏の探検で一日中太陽が昇らない「極夜」を体験したことを書籍にまとめました。その後、今年2月には『極夜行前』(文藝春秋)を発行し、『極夜行』の準備期間の冒険についても書き表しています。

たったひとりの「単独行」で、4カ月以上の探検で一緒にいたのは一匹の犬だけでした。ひとりぼっちの極夜体験は、角幡さんにとってどんな意味があったのでしょうか。

※前編はこちら

自分の生が作り上げられていく瞬間

自宅には「極夜行」で使った寝袋やリュックなどが多数保管されています

――極夜を探検している間、ずっと「ひとり」でいたことには、どういう意味があったと思いますか?

角幡:実は探検や旅をする上で、「孤絶する」ってすごく意味があることなんですよ。どれだけ社会から隔絶されて「ひとりぼっち」になれるかというのは、探検や旅をする上での大きなテーマの一つなんです。孤絶した状態で、自分一人の判断で自分の生命をコントロールする。そこに面白みがあるんですよね。

――ひとりぼっちだからこそ、面白さも大きいわけですか。

角幡:極夜を旅するなんて、つらいだけのように思えるじゃないですか。実際つらいんですけど、そのなかにやっぱり面白さもあるんです。危機的な状況に直面して、自分で判断して行動する。判断次第で、すごくうまくいくかもしれないし、下手したら死んじゃうかもしれない。自分の判断で未来が切り開かれていく感覚があるんです。

――まさに極限状態ですね。

角幡:孤絶している状態、言い換えれば自分の判断が生命にダイレクトにつながっている場面や局面って、まさに「自分の生が作られている瞬間」なんですよ。その瞬間というのはものすごくキツいんだけど、時間も濃密だし、手応えも大きいです。

――つらさの中にある面白みというのは、分かるような気がします。

角幡:極地でなくても、自然を相手にして危機や障害を乗り越えていく冒険行動ってあるじゃないですか。「山登りなんて何が面白いのか」という人もいるけれど、そこに生のダイナミズムがあるからやっているわけですよ。

――生のダイナミズム……。生きる喜びとも言えるかもしれない。

角幡:目的地に到達することだけを考えたら、パーティーを組んだほうが有利なんですよね。2〜3人のチームを組んで役割分担をしたほうが、より確実に目的地にたどり着ける。でも、それでは「自分で判断する」っていう部分がボヤけてしまうんですよね。だからこそ、単独行って魅力的だし、目指す人が多いんだと思います。

北極圏での冒険をともにした鍋やコップ。かなり年季が入っています

衛星電話を持つべきか否か

――ひとりでいることの意味が、そんなに大きいとは思いませんでした。

角幡:ただ、最近だとそれがなかなか難しいんですよ。今は衛星電話とかGPSとかありますからね。でも、それができたときに感じる自由な感覚は、何にも代えがたいんです。

――ひとりでいるからこそ、自由を感じられるわけですね。

角幡:ただ、今回は衛星電話を持って行ったから、家族とは一応つながっていました。正直、そこに不完全感があるんです。今回の旅の失敗点をあげるとしたら、衛星電話を持っていったことでしょうね。

――電話がないと、いざというときに助けを呼ぶこともできないわけですが……。

角幡:2018年の春にも、75日間、同じ地域に行ったんですが、そのときは衛星電話を持って行かなかったんです。それって怖いんだけど、逆にとても自由で贅沢なことだなと思うんですよ。自分がどこで何をしているか、家族も含めて誰も知らないっていうのは。

――究極の「孤独」ですね。

角幡:今の時代では、なかなか実現し得ないことですよね。

――「道具とは身体機能の延長だ」なんて言いますけど、道具が最小限の状態だと、五感が強くなるのかもしれないですね。

角幡:地図を持たずに山登りをしたことがあるんですが、地図がないと、目の前の風景が世界のすべてになるんです。

――サバイバルな状況ですね。

角幡:そのときは沢登りをしていたんですが、沢が左に屈曲していると、その先はどうなっているかまったく分からないんですよね。でも、地図があればわかる。

――地図情報と現実の風景を組み合わせて考えられるわけですね。

角幡:フィルターを通して目の前の自然を理解するようになるから、目の前の風景がそのまま迫ってくるわけじゃないんですよ。地図を外すと目の前のものだけで判断しないといけなくなるから、まったく見え方が違ってくるんです。それも一種の「孤絶」ですよね。先行きの見えない状態にわざと持っていくことには、意味があるんです。たとえば極夜の世界でも、GPSがあれば、どこにいるかはっきり分かる。何キロ進んだかも分かるし、明日何キロ進めばいいかも分かる。

――そうなるともう、半分見えているようなものですね。

角幡:自分の居場所が正確にわかると、未来が見えちゃうんですよ。GPSがないと、自分の居場所もよく分からない。そうなると正確な未来が描けないから、不安になる。それがより一層、孤絶感を強めるわけです。

冒険中は、ノートに小さな文字でびっしりと記録を残していました

極夜で感じた「自由」の重さ

――わざわざ、つらいほうを選んでるようにも感じられますが。

角幡:別に楽しさを求めているわけではないので。「単独行」って、孤絶するための一つの手法ですから。存分に闇の世界を体験して、そこで何か発見することが目的だったのです。

――極夜の生活では、ほかにどんなことを感じましたか?

角幡:孤絶した状態って、自由なわけです。自由すぎて未来が見えないんですよ。その自由ってあまりにも精神的にキツくて、逃げ出したくなるんです。

――「人間は自由という刑に処されている」という言葉を思い出しました。

角幡:自由すぎる環境はキツいから、人間は家族がいたり、集団で組織を作ったり、コミュニティを築いたり、宗教によって自分の精神世界を方向づけてもらったりといった「文化的な管理体制」みたいなものが必要なのだとわかるんです。

――誰かに命令されたり正解を示されたりしているほうが、精神的にはラクなのかもしれない。

角幡:ゴリラもそうらしいですよ。以前、京都大学総長でゴリラ研究の第一人者でもある山極壽一教授と対談したんです。1頭のゴリラって自由で良さそうなんだけど、それが逆につらいらしくて。やがてメスがやって来て家族になり、集団行動を取るようになっていくんですよ。

――フリーランスが自由すぎてつらい、というのと似ているかもしれないですね。

角幡:そうかもしれませんね。フリーランスになると、みんな結婚したがるじゃないですか。僕の場合は、会社を辞めて何年か家の中で一人で執筆してましたけど、これが一生続くとキツいだろうなと思いましたよ。

犬と一緒に橇(そり)を引きながら、雪と氷の世界を歩き続けました

「ネット検索」の落とし穴

――角幡さんの探検は、既存の社会システムの外に出る「脱システム」をテーマの一つにされていますよね。

角幡:今はテクノロジーが発達していて、すごく快適な管理環境が整っていますよね。何かモノを買う場合でも、検索してレビューを見られるから、安心できるわけです。これを買えばいいんだって、指南されるわけだから。

――レビュー機能って、便利といえば便利ですが……。

角幡:全部、他人任せになってしまいますよね。そうすると、人間って何なんだろう、と。ただ生きているだけみたいになってしまう。自分で判断して自分で行動して、その結果を自分で引き受けるというのが、やっぱり人間らしい生き方というか、人間らしさを作る最たる部分だと思うんですよ。

――そう考えると、ひとり旅なんかも一種の孤絶であり、「脱システム」かもしれない。

角幡:そうですね。ただ、旅行をする場合も、今はどこに泊まってどこに行ったら面白いとか、全部事前にネットで答えがわかっちゃう。そうするとやっぱり、予定調和的な旅行になっちゃうんですよ。無計画に放浪したり、着の身着のまま異郷の地をさまようみたいなことが、やりにくくなりましたよね。

――ということは、予定を立てずに旅行に行くとかいいのかも。あとは、グーグルマップを使わずに知らない街を散歩するとか。

角幡:その通りです。小さなことでも、人の意識って変わると思うんですよね。たとえば、カーナビを使うのをやめて紙の地図だけで運転すると、外の世界をよく見るようになるんです。眠っていた能力が復活するような感覚もあります。

――極夜探検の何十分の一のスケールであれば、誰でも「脱システム」できるかもしれないですね。

角幡:日々の暮らしの中でも、ちょっと挑戦をするだけで、ガラリと風景が変わったりすると思います。1週間に1回まったくスマホを見ないでネットを遮断するだけでも、十分孤独になれるでしょうし。

――ネット遮断は、試す価値はあるかもしれない。

角幡:今はもう、あらゆることが過剰だから。なくてもいいモノや情報があふれています。それらを取捨選択する段階にきていると思うんですよ。だから僕はスマホはいらないと思って使っていないし、無いなら無いで、何の問題もないんですよ。本当は携帯電話も持ちたくないぐらいなんです。

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