伊豆大島の個性的な書店を14年後に再訪したら(『離島の本屋』ひとり旅)

大島の岡田港。

本屋がある島ばかりを1人で旅している。理由は『離島の本屋』という連載を、足掛け15年続けているからだ。以前はカメラマンが同行していたが、現在は1人だ。

2006年に創刊された『LOVE書店!』というフリーペーパーのために、全国の島を巡っては本屋のドアをガラガラと開けてきた。連載では新刊書店を取り上げることになっているのと、よほどの理由がない限り、1度訪ねた島は取材目的で再訪することはない(沖縄本島のように、一度の滞在でとても回りきれない島は例外)。

だからこれまでは「あの島で出会ったあの人はどうしているのだろう?」と思ったり、素敵な古本屋を旅先で見かけても、紹介することができなかった。ということでこの『離島の本屋ひとり旅』では、本編では訪ねることがかなわない場所を紹介していこうと思う。

連載第1回目に登場した本屋が閉店

記念すべき第1回取材は、2005年12月の暮れに行った、東京都の大島だった。急遽連載が始まることになり、時間がなかったのですぐに行ける場所がよかった、という事情だった。

島の本好きが集まっていた「成瀬書店」。2005年12月撮影(撮影・今井一詞)
「冨士屋書店」の昭和のレジ。2005年12月撮影(撮影・今井一詞)
「冨士屋書店」の山田重雄さん。2005年12月撮影(撮影・今井一詞)
「しまた土屋商店」の手製POP。2005年12月撮影(撮影・今井一詞)

何の下調べもしないで行ったものの、島の本好きが集まる「成瀬書店」、昭和のレジと昭和のおじさん・山田重雄さんが出迎える「冨士屋書店」、読ませるポップについ見ってしまった「しまた土屋商店」と、訪れたどの書店も深く記憶に残るものだった。このあたりのエピソードは取材をまとめた拙著『離島の本屋』(ころから)を、ぜひお読みいただきたい。

「成瀬書店」を営んでいた成瀬田鶴夫・純子さん夫婦。2005年12月撮影(撮影・今井一詞)

しかし2013年10月、大島を襲った台風26号の土石流により、成瀬書店を営む成瀬田鶴夫・純子さん夫婦の自宅が被災してしまった。山田さんもすでに引退している。

「しまた土屋商店」の個性的なポップで楽しませてくれた佐藤京子さん。2005年12月撮影(撮影・今井一詞)

しまた土屋商店もすでに、笑えるポップで楽しませてくれた佐藤京子さんが亡くなり、店を閉めていた。かつて私が見た景色がどんどんなくなっている。

もう一度島に行きたいと思いながらも日々に忙殺され、願いは叶わないままだった。

2019年5月、3度目の転機が訪れた。3月31日で成瀬書店を閉めたと、田鶴夫さんから連絡をいただいたのだ。

いつでも会える、いつでも行ける。そう思っているうちに人や場所はなくなってしまい、気づいた時に悔やんでももう取り返しはつかない。店は閉店したけれど、会いに行こう。

1か月後の6月中旬、私は伊豆大島に向かうジェット船に乗るべく、竹芝客船ターミナルに向かった。

小さなジェット船は満席だった。

夏を思わせる日差しの中、座席指定された小さなジェット船は満席だった。この日は修学旅行生が乗っていたのだ。阿鼻叫喚を覚悟していたものの、彼らは驚くほど静かだった。船のエンジン音とアナウンスだけが、しんとした船内に響く。

ジェット船は定刻通りに岡田港に着いた。

大した揺れもなく、ジェット船は定刻通りに岡田港に着いた。えっ岡田港? 集落近くの元町港じゃないの?

なんでもその日の風向きにより、2つの港のどちらかにフェリーが着くことになっているが、当日にならないとわからないそうだ。以前は飛行機で訪れていた私にとっては、初耳の情報だった。

岡田港からバスに乗って、成瀬書店を目指した。元町の集落に入り郵便局や町役場が見えてくる。この「島の中心街」に、成瀬書店はあるはずだった。

成瀬書店の建物は健在だったが……

「結婚したら主婦の友」の看板とともに、建物自体は健在だった。しかし、店のシャッターは固く閉ざされている。電話で聞いていたとおりに裏に廻って隣家のチャイムを鳴らすと、純子さんが迎えてくれた。

「本なんて買って、何になるの?」

住みやすくリフォームされた家は、田鶴夫さんの両親が住んでいたものだ。災害で自宅が流されて以来、すでに両親とも亡くなっていたこともあってこちらに引っ越した。おかげで復興住宅に入居せずに済んだと、純子さんが教えてくれた。

「台風で被災した時にはもう、ゆくゆくは店を閉めようと思ってたんです」

冷たい麦茶のグラスに口を付けた私に、純子さんが言った。

取材時の大島町の人口は9200人だったが、2019年7月末には7589人となっていた。しかし純子さんによると、高校を卒業して島を出ていく際に住民票を移さない子供たちが多いため、島にいる人の数はこれより少ないという。

移住者によるゲストハウスや地域ブランディングのベンチャー企業などはあるものの、軸となる産業はない。だから一度島を出た子供は戻ってこず、親も一緒に出て行ってしまうパターンも多い。

「このへんは災害後人口が減ったんですけど、スーパーだけは岡田港に向かうまでに4軒もあるんですよ。島中がシャッター通りなのに、スーパーだけはできるんです。でも本はね……。ネット通販で買う人もいるけれど、読むこと自体やめてしまう人もいて」

本が売れない。その声は取材を始めて以来、聞かなかったことはない。純子さんに向かって「本なんて買って、何になるの?」と言ったお母さんまでいた。しかしそれでも『おしりたんてい』(ポプラ社)が話題になった時には、店の扉をドンドン叩いて買いたがる子供もいたそうだ。

「もう閉める」と言ったら「困る!」「やめないで」という声も多く聞かれた。うれしかったけれど、先が見えない事業を続けていくしんどさより、リタイアする方が気楽だったと語った。

「店を閉めるまでのこの5、6年は、自分の好きなものを置こうと思って、絵本に力を入れていたんです。そしたら本土から遊びに来ていた子が、おととしと去年と2年連続で絵本を買ってくれて。『近くの本屋では欲しい本が見つからないから、大島に来るのが楽しみ』って言ってくれたけど、次に来たらもうないからがっかりしちゃうかな」

成瀬書店は島の人にとってはもちろん、都心に住む人にとっても文化への小さな入口だったのだ。

純子さんは現在、スーパーに勤めている。書店時代から顔なじみのお客さんもたくさんやってくる。店を閉めても元お客さんとのつながりは続いているが、逆にそれは本に触れられない寂しさを、強く実感させるものになっているような気がした。

「成瀬書店」を営んでいた成瀬田鶴夫・純子さん夫婦

どう言葉を返したらいいか考えていると、田鶴夫さんが帰ってきた。田鶴夫さんはガソリンスタンドに勤務し、配達作業などに追われる毎日だ。

「いろいろ考えたんですけど、今度はつぶれないところにしようと」

少しはにかみながら、田鶴夫さんが言った。

先の見えない毎日から解放されて、今はほっとしていると田鶴夫さんも言った。しかし
文庫がずらりと並んでいた棚がガラガラになった時には、夫婦ともにさすがにこたえたそうだ。

それは田鶴夫さんの父親の時代から、実に約70年続いた書店の締めくくりを、島の人たちは惜しみ、たくさんの本を買ってくれた。それもあってガラガラだったのだ。

「伝わったんだ、と思いました」

そして純子さんは続ける。

「『本なんて買って、何になるの?』って言うけど……。なる!」

積み重なる別れと、生まれ変わるもの

日没後、ホテル屋上から三原山を望む。

2人に見送られながら、なぜかこの時フェリーとセットの激安ツアーがあった、大島温泉ホテルに向かった。

チェックインして1人になり、ホテル屋上から三原山を望むと、満月には1日早い月が空に浮かんでいた。月は欠けても再び満ちる。しかし人間は、いつまでも同じ場所にはいない。

日中に再び、三原山を望む。

実は取材後に1度だけ、友人と三原山に登るために大島に来たことがあったが、その友人も数年前に鬼籍に入っている。私が寂しさを感じたのは、決して「ひとり旅だから」だけではなかったはずだ。

翌日のフェリーは、元町港から出ることになっていた。元町港から成瀬書店は歩いていける距離だが、冨士屋書店もそのすぐ近くにある。2013年に店主が山田さんから小関智さんという方に変わったことは聞いていたが、山田さんはどうしているのか。

冨士屋書店を引き継いだ小関恵さん

ガラス戸を開けると、智さんの妻の小関恵さんがレジに座っているのが目に入った。智さんの父親と山田さんが知り合いだったことから、小関さん夫婦が店を引き継いだのだ。恵さんに山田さんのことを尋ねると、2013年に『離島の本屋』が出版されて程なくして、亡くなったそうだ。また別れが、積み重なってしまったのか……。

「冨士屋書店」には雑誌からマンガ、ハードカバーまでが並んでいる。
壁には、日本地図と「冨士屋書店」の文字が入ったカレンダーが。

しかし初めてお会いする恵さんに名前を告げると、訪問を歓迎してくれた。現在は保険代理店も兼ねているので書店スペースは狭まったものの、雑誌からマンガ、ハードカバーまでが並んでいるのは変わらない。そして壁には、日本地図と「冨士屋書店」の文字が入ったカレンダーが貼られていた。これも山田さん時代から続くもので、1年ごとに日本地図と世界地図に変えているそうだ。

時間が経てば変わってしまうものばかりだけど、誰かに思いが引き継がれることで、違う形になって再び姿を現すものはある。山田さんはいなくなったけれど続くものはあるし、成瀬書店は閉店したけれど、島の人たちの心には、今も本に囲まれた成瀬夫婦の姿があるはずだ。

三原山山頂口にある『名代 歌乃茶屋』の明日葉そば(650円)。蕎麦にも明日葉が練り込まれていて、身体に良さそうなお味。

取材したきりでどうしているかわからないままの相手は、大島に限らずたくさんいる。『離島の本屋』も新たな場所に行くばかりで、それっきりになっている島も数多い。だけどたまには、振り返りの旅もしてみよう。その際はまたここで書くことになると思うので、どうか今後もお付き合いのほどを。

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