歯性上顎洞炎の手術で怖い思いをした話~石川浩司の「初めての体験」

前歯がチャームポイント(イラスト・古本有美)

僕の顔をよく見てほしい。笑顔になった時に、前歯が二本、ビーバーちゃんのように出るのだ。アイドルらしい、と~ってもかわゆいチャームポイントだ。この前歯は、顎が小さいからこそ生まれたチャームポイントなのだが、小さい顎は同時に悲劇も生んだ。今回のコラムではそのときの話をしたいと思う。

意外にも小顔の僕

実は僕の二本の前歯は”見せ歯”だ。と言っても入れ歯やインプラントということではない。生まれた時からある正真正銘の僕の歯である。ではなぜ”見せ歯”かと言うと、この歯は本来の「噛む」という役割をまったく果たしてないからである。

僕は顎がとても小さいので歯が並びきらず、前歯が二重に生えている。つまり二本の前歯の後ろには、やはり二本の歯があり、噛みくだく作業はそちらで行なっているため、前面に出た二本の前歯はお飾りのようなものなのだ。ファッション・ティースだ。

意外と思われる人もいるかもしれないが、僕は顎が小さく小顔だ。なので女性にツーショット写真を頼まれると、顔をちょっと前に出し、少しでも隣の子の顔が小さく見えるように工夫をしている。同じ位置に並んで僕より顔が大きいと分かると、女性は「何よっ!」と写真を速攻で削除してしまうからね。

このように顎が小さく、歯が並びきらなかったので、親知らずも大変なことになった。腫れ上がって抜かなければならなくなったが、口の中を見ても親知らずは一切無い。そう、口の中にはもう生えるスペースがなく、顎の中で大きくなっていたのだ。

だから抜歯が本当に大変だった。ほとんど顎の一部を切除するようなもので、一本抜くというか削るのに、男の歯科衛生士さん数人に体を押さえつけられ、何時間もかかる始末。それが上下左右で4回もあった。

顔をビローンとめくる手術

30代のある日、歯がとても痛くなった。親知らずは全部抜いていたから虫歯だと思って、歯医者に通うことに。数カ月通って虫歯は完治したが、痛みが全然消えない。歯医者さんに「それはもう虫歯じゃないです」と言われ、大学病院で検査をすることになった。

レントゲン検査の結果、「歯性上顎洞炎(しせいじょうがくどうえん)」と診断された。顎が小さいことから一部の上歯が鼻の横にある上顎洞まで突き出ており、そこから菌が入り膿が上顎洞に溜まっているということだった。そして、膿を除去する手術をしなければならないと言われた。

「どんな手術なんですか?」
「ああ、口の中の上の部分から切り開いて、顔をめくって膿を出すんですね」
「えっ、顔をめくる!?」
「はい、めくります。顔の上の方までビローンと」
「ビローンと」
「はい、ビローンと」
「ビローンが戻らなかったらどうなるんですか?」
「ビローン人間として、生きてもらいます」

まあ後半は日野日出志のマンガっぽい僕の妄想だが、要は顔をめくる手術だ。手術中は全身麻酔をするので、顔がめくれている状態を確認できないが、もし覚醒していれば、自分の顔がビローンとしているのを見られたんだろうなあ。

入院中の激しいラップ音

歯の痛みがひどいので、覚悟を決めて手術を受けることにした。2週間ほど入院することになった。

全身麻酔では、稀に体の機能の一部が戻らず、最悪死亡する可能性もあると聞いてから、不安に駆られるようになり、そのせいなのか手術前夜は激しいラップ音が病室中に鳴り響いた。

ラップ音とは、ヒップホップ系の人が踊りながら病室に入ってきて、韻を踏みながら、「YO! 医者やってく~る お前の顔めく~る スプーンでえぐ~る 汚いウミ捨て~る!」と歌ってくれたわけではもちろんない。

何もないはずなのに「ピシッ」とか「パシッ」とか、何かが小さく破裂するような音がする、心霊現象とされるものだ。それが病室の天井から雨のように降り注いだ。本当に笑っちゃうほど激しい音で、線香花火がずっと音を立てているようだった。そのせいでますます不安が募り、「あ、オレ、明日死ぬんだ」と、その時は本当に思った。

でもこれを読んでいる人がいるということは、僕は死ななかった。もしくは僕は死んでいるが、コラムを書かせてもらっている夢を墓場の土の中でずっと見ているかのどっちかだ。

歴代ベスト3の痛み

いろいろと怖い思いをしたが、手術は無事成功。麻酔から意識が少し戻った時、看護師さんたちに「気分はどうですか?」と聞かれて、覚えてないが「も~ろ~」と言ったという。まさに朦朧状態だったからだが、看護師さんたちは爆笑。「も~ろ~なんて言った人はじめて!」と。

そしてようやくハッキリと意識が戻った時、顔の痛みより下腹部に激痛が走った。どうやら尿道カテーテルというもので、おしっこを吸引していたらしいが、それが我慢できない痛さで「ぬ、抜いてください!」と懇願した。

「でもこれ抜いたら這ってでもトイレ行かなきゃならないわよ」と看護師さん。「は、這います」と即答する僕。カテーテルを抜いてもらて、ぺたぺたと這うようにトイレに通ったが、あれは歴代の痛みの中でもベスト3に入る痛さだったなあ。

その後、退院したものの、しばらくは顔がプクーッと腫れていたので自宅療養をした。僕は2階の寝室で療養していたのだが、妻がどこから探したのかインドの笛を持って来た。

「1階にいるから何か用事がある時は、これを吹いて呼んで」

妻よ。顔がぷっくり腫れている状態なので、笛は吹けないよ...。

 

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