神田の立ち食い寿司でひとり飯 佐渡のもずくの食べ比べをする

手前が花もずく、奥が岩もずく

旅したい、旅に出たい――。そう思いながら、今年も夏休みを取り損ねてしまった。すでにときおり涼しい風の吹く季節になっていたが、その日はたまたま残暑で蒸していた。

せめて何かうまいものでも食べたいな。そう考えていると、スマホに後輩から「頼まれていた資料があがりました」とメッセージが届いた。納品したいが、会って説明したいことがあるという。

冷蔵庫から新潟のカップ酒が選び放題

棚には銘柄ごとの特徴紹介が

テレビ会議にしようと返したが、話したいと譲らない。それでは急だけど今日ではどうかと聞くと、午後7時までJR神田駅近くで打ち合わせをしているので、その後なら、という。

せっかくだからすぐに見たいとOKし、オフィスを出たものの、待ち合わせの時間まで1時間ある。軽く腹ごしらえでもするかとぶらぶら歩いていると、立ち並ぶ江戸ッ子寿司の間に見慣れぬ店があった。

「寿司バル弁慶」。去年新潟に行ったとき、地元の大きな酒屋さんに教えてもらった、漁協近くの回転寿司の系列だろうか。あそこは本当においしかった。本店は佐渡にあると言っていたが。

入店すると、立ち食いカウンターの頭上に新潟県と佐渡島の地図があった。間違いない。暑さしのぎに冷やしトマトと、酒のつまみにくじらの味噌漬け、そしてもずくの食べ比べを注文した。

店内の大きな冷蔵ケースには、一升瓶とともに何百本ものカップ酒が冷やされている。八海山に越乃寒梅、〆張鶴といった有名どころのほか、佐渡の北雪(ほくせつ)や真野鶴(まのつる)、金鶴(きんつる)や天領盃(てんりょうはい)もある。

少し迷った末、冷えた金鶴を自分で取り出し、店員に申告する。そしてカウンターの板前さんに、コンテナを改造した立ち食い寿司に行ったことがあると明かすと「僕、きのうまでそこで2週間ばかり握ってたんすよ」と笑顔で答えてくれた。

岩もずくは太く、花もずくは繊細

脂の乗ったふぐ。大根の煮物も絶品

金鶴のふたを開け、ひとくち啜る。すっきりとして雑味がなく、一般的なカップ酒のイメージとかけ離れたキレのいい口当たりだ。スマホで検索すると、佐渡産の原料米のみを使って仕込む「全量佐渡産使用蔵」とある。

最近は甘くて香りが強い日本酒が増え、そのことは悪いことではないと思う。お酒そのものを楽しむ人を拡げたし、技術的に進化したところもあるのだろう。でも、料理に合わせるときには、やっぱりこういうすっきりした酒がいい。

メニューを見上げると、冷やしトマトも新潟産だし、くじらの味噌漬けも新潟名物だ。佐渡産のあわびやかわはぎもある。こうなると気分を盛り上げて、仕事の合間の短い夏休みに「どこでもドア」で新潟港に来たと思い込むしかなくなる。

そうこうするうちに、お待ちかねのもずくが来た。2皿とも佐渡産の直送品だという。「岩もずく」はやや太さがあり、シャキシャキとした噛みごたえがある。海藻そのものを食べている感があり、味わいが濃い。

一方の「花もずく」は細くてヌメりがあり、トロトロしている。食感はスーパーに売っている沖縄もずくにも似ているが、こちらの方はほのかな海の香りがする。敷居の高い料理屋で珍重されそうな、上品なもずくだ。食べ比べを選んでよかった。

くじらの味噌漬けは、白い脂身に黒い皮のついた皮鯨だ。茹でたものを味噌に漬けたのだろう。適度な厚みもあって、こういう珍味を口の中で食みながら、新潟のお酒をちびちび飲んでいると幸せな気持ちになる。

キジハタと南蛮エビの握りにうなる

佐渡産のネタにこだわった握り

黒いカウンターにはひとり分のスペースが白い線でさりげなく区切られていて、みなそのテリトリーの中で楽しんでいる。先に入っていた営業マン風の体格のよい男性は、最後に白身のにぎり3貫をぺろりと平らげ、生ビールを飲み干して去っていった。

カウンターの奥には、地元の会社員らしき若い女性がひとりカップ酒を嗜んでいる。目の前の酒と肴に集中し、それ以外には脇目も振らない。自立した女性は素敵だ。まさに「ひとりを楽しむ」といったところである。

後輩から「時間が押しそうです」とメッセージが来たので「XXのビアバーで」と返信した。こちらは出来上がりつつあるのだから何の問題もない。多少遅れても許されるだろうと、ふぐの一夜干しの塩焼きと「佐渡握り」という寿司のセットを追加した。

佐渡産のふぐは、塩が適度に利いていて脂が乗っている。やはり焼き魚はいい。そしてなにげなく添えた大根の煮物の、なんという上品さ! 江戸時代には北前船の寄港地だった佐渡の、文化的厚みを味わった気がした。

そこに握りがやってきた。どれも手が掛かっていてうまかったが、中でも目が覚めるように美味だったのがキジハタで、赤みがかった白身を噛んでいるとうまみがじわりじわりと滲み出てきた。南蛮エビはいわゆる甘海老のことらしいが、水っぽさがまるでない。

それにしても新潟の海のものはどれも上品な甘みがあるのは、どういうわけだろうか。シャリも小粒で香ばしく、重くないのでネタを邪魔しない。鮮やかな緑のナガモ(海藻)の味噌汁を飲んでいると「到着。先にビール飲んでます」というメッセージ。ようやく、ここが神田だということを思い出した。

 

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