「日本に元気を取り戻す」伝説の元キーエンス営業マンが情熱を注ぐ新ビジネス

天野眞也さん。社内にあるロボットアームの前で(撮影・斎藤大輔)

近年、平均年収ランキングで上位常連のキーエンス。そんな超優良企業が無名だった頃、売上高1兆円規模のグローバル企業を次々と開拓したレジェンド営業マンがいます。

天野眞也さん(50歳)、その人は出世街道を駆け上がる最中、同社を退職。現在は企業の代表として「工場を売るビジネス」を展開しています。キーエンスの興隆を築いた立役者の一人である彼が、なぜ、独立の道を選んだのか。そして、工場を売るビジネスとは? 天野さんの半生を追いました。

「何となく」では2位にもなれない

産業用エレクトロニクス製造業の分野で世界的に知られるキーエンス。同社が初めて新卒採用を行なった1992年、新人190名の中に天野さんはいました。

天野さんの営業マンとしての才能は初年度から開花します。新人の営業成績ランキングで1位、翌年には全社で1位に。30歳の頃には営業所長にまで上り詰めます。絵に描いたようなサクセスストーリーに「バリバリの営業マン」を想像しますが、実情は少し違うようです。

「学生時代は『何となく仕事をこなして2番手くらいで気楽な人生がいい』なんて思っていました。ところが、社会に出るとそれぞれの地域や大学で1番だった人間がゴロゴロいるわけです。何となくでは2番にもなれないとすぐに悟りました」

そんな天野さんに影響を与えたのは2歳上の先輩でした。「努力をするのは格好いい、そんな生き方を地でいく先輩がいたんです。その方から仕事を教わるうちに、『何となく』なんて考えている自分が恥ずかしくなりました。それからは仕事も遊びもがむしゃらにやるようになったんです」。

”共感してもらえるビジョン”をいかに描けるか

インタビューに応じる天野さん(撮影・斎藤大輔)

天野さんに転機が訪れたのは32歳のときでした。社長直轄の海外戦略プロジェクトの初代チームリーダーに抜擢されたのです。ミッションは売上高1兆円規模のグローバル企業を新規開拓すること。

「小さな会社の営業マンが大手企業にアタックしても相手になんてしてもらえません。ただ、本当に難しかったのは社内の人間から賛同を得ることでした」

当時、キーエンスには8つの事業部があり、社長からは「どの事業部の人でもプロジェクトに招いて構わない」と言われていたのですが、賛同者を集めるのに苦心したといいます。

「直属の部下への命令は簡単なんです。でも、8つの事業部の社員は部下ではありません。彼らには彼らのノルマがあり、毎日、自分の業務に追われています。そこに難易度が高いプロジェクトの話をしても協力なんてしてくれないんです。その結果、お客さんを逃すこともありました。そこで気づいたのは、共感してもらえるビジョンを描かなければ人を動かすことはできないということでした」

ミッション達成と次なるステージ

具体的にビジョンとはどういうものなのでしょうか。天野さんは「相手にとって意味のあるストーリーを描くことが肝心」と話します。

「『俺たちがグローバル企業になって業界のパワーバランスを塗り替える。そんなストーリーは痛快だと思わないか?』。そんなふうに会社も自分もどう成長するのかといった未来像を描いて伝えました」

すると賛同者が徐々に増え、やがて8つの事業部が一丸となって契約を勝ち取る、そんなムードが醸成されていったそうです。そして、プロジェクト開始から3年目にはグローバル企業と立て続けに契約を結んでいくことに。この頃には、天野さんは会社の内外でカリスマ営業マンとして知られるようになっていました。

「20代の頃はレールの上を走っているだけでよかった。でも、このプロジェクトはルールも前例もない中、成果を挙げなくてはいけない。それは困難でもあり、刺激的でもありました」

しかし、40歳を目前にしたある日、ふと、人生の次なるステージを考えるようになった天野さん。「ルールのない世界で自分を試したい」そんな思いに駆られ、退職を決意したのでした。

日本に元気を取り戻したい

「グローバルに事業を展開させたい」と意気込む天野さん(撮影・斎藤大輔)

独立した天野さんが立ち上げたのは工場の自動化「ファクトリーオートメーション(FA)」の導入を支援するFAプロダクツ。天野さんにはある思いがあります。それは日本の製造業を再び人気商売にすること。ひいては、日本に元気を取り戻すこと。「勝手に日本の未来を背負っているんです」と笑う目の奥には、がむしゃらに走り続けた20代の頃と変わらない情熱が宿ります。

「日本製品がやっぱり1番だと思っているんです。だけど、今はパソコンも家電も他国メーカーにシェアを奪われてしまった。日本の基幹産業である製造業の低迷は、日本のGDPの落ち込みと無関係ではありません」

FAや産業用ロボットのショールーム(提供・天野眞也さん)

では、どうすれば、製造業が再び盛り上がるのか。天野さんはFAに活路を見出します。

「FAに欠かせない産業用ロボットの世界4大メーカーのうち2社が日本企業です。FAにとって重要なセンサーも日本は有数の技術を誇ります。実は、FAに関する技術は、日本は今でも世界トップクラスなんです。そうした素地を活かし、”モノづくり”そのものではなく、FAという”生産技術”を販売する、つまり『工場を売るビジネス』をグローバルに展開したいと考えています」

そうした天野さんの思いを具現化したものの1つが、共同事業体「Team Cross FA」の創設です。FAプロダクツを含めた5社が幹事会社となり、公式パートナーには大手企業も参画、FA機器などをネットワーク化するスマートファクトリーの構築を提供するサービスを今夏、開始しました。

「FAやスマートファクトリーは人材不足の解決のみならず、コスト削減や生産性向上の観点からも今や製造業にとって不可欠な技術です。我々が日本のFAを牽引し、ひいては日本の製造業を元気にする存在になれればと思っています」。

ことし8月、都内で開かれた「Team Cross FA」設立発表会見の様子

新しい産業に情熱を注ぐ楽しさ

天野眞也さん。新橋の本社前にて(撮影・斎藤大輔)

ところで、天野さんはどうしてキーエンスを就職先として選んだのでしょうか。

「内定をもらったのが某自動車メーカーとキーエンス。当時のキーエンスは世間的には無名な企業でした」

どちらに就職するか迷っていると、父親から「現在の企業規模は関係ない」と言われたそうです。

「今は小さくとも会社とともに自分も成長する、そんな体験ができるほうが面白いんじゃないか。そう考えてキーエンスを選びました」

その後、ビジネスの世界で走り続けてきた天野さん。ひとりの時間をどんな風に過ごしているのか聞くと意外な答えが返ってきました。

「サウナが好きなんです。アイデアに行き詰まると、ガラッと環境を変えてサウナに行く。そうすると今までにないアイデアが浮かぶんです」

キーエンス退職を決めかねていた際にもサウナに通っていたのだとか。「待遇に不満があったわけでもないし、まわりからは引き止められ、悶々とした時間を過ごしていました。だから、気分転換にサウナにはよく行きましたね」。

最終的に起業の道を選んだ天野さん。今ではその決断は正しかったと確信しています。

「国内外を問わず、FAに対するニーズは年々高まりを見せています。これから伸びる産業に情熱を注げられる毎日はワクワクしますよ。人生の中で今が1番楽しくて刺激的な日々を過ごしています」

キーエンスの伝説的営業マンとして知られる天野さんですが、その伝説はまだ終わっていません。「工場を売るビジネス」で日本に元気を取り戻すその日まで、天野さんは走り続けます。

 

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