沖縄にあった「タトル」の記憶と、本がつなぐ交流(離島の本屋ひとり旅・4)

「タトルブックストア」の店内。ビジュアルがよく分かるよう、本の置き方にもこだわっていた。

2017年秋、沖縄の古本屋&本屋を巡った。その際に沖縄では新刊本と古書が並んでいたり、本にプラスして「何か」がある古本屋があるということを知った。前回の記事はその前半戦をまとめたものだが、宜野湾市のBOOKSじのんの21円コーナーが、消費税が10%に上がった今どうなったのかという疑問について触れた。

すると前回の記事が掲載されるタイミングで、店長の天久斉さんから連絡があり、2%あがっても21円のままだと教えてくれた。と同時に、

「『まちやぐぁー』は『まちやぐゎー』の方が、実際の発音に近い表記です」とも教えてくれた。まだまだ、沖縄については知るべきことがたくさんありそうだ……。

市場中央通り。10月28日まで、牧志の公設市場の人たちをおさめた豊里友行の写真展「市場んちゅ」を通り沿いで開催している。

話を2017年に戻そう。

ちょうどこの頃、県内全土で約1か月半にわたり「ブックパーリーOKINAWA」という本のイベントが開催されていた。2013年2月のプレイベントの「ひとはこ古本市」という古書フェアに始まり、2014年の「ブックパーリーNAHA」を経て2016年から続くブックパーリーは、2019年も10月12日から11月4日まで開催されている。今年も古本市から詩の朗読会、沖縄にちなんだ作家の講演会や、ボーダーインクの編集者・新城和博さんに本を書きたい熱をぶつけられる無料出版相談会など、盛りだくさんの催しが予定されている。

この時泊まっていた国際通り近くのホテルから、歩いて行ける距離にあった言事堂という古書店でも、この時『王様のねこ』という絵本の展覧会をしていた。2日目はまず、ここに足を運ぶことにした。

沖縄には美術専門書店が、10数年前までなかった

外から「こんにちは」と声をかけたら窓から誰かが顔を出してきそうな、白い小さな一軒家。美術書や工芸書を専門に扱う言事堂は、2015年5月に若狭という地区から今の松尾に移ってきた。

店主の宮城未来さんは高松市出身で、もともとはアートで地域活性化を試みるNPO・前島アートセンターの職員だった。美術展の企画やギャラリーの管理に携わるさなか、「沖縄には芸大があるのに、美術を専門にする書店がない」と気づき、2005年頃から美術の書店をやりたいと思うようになった。

当初は新刊書店も考えていたが、自分のペースで仕事をしたかったのと、アートに特化したかったこともあり、古書店をやろうと決めた。そして2007年に言事堂を「いきなり始めてしまった」と語った。

言事堂の外観。たまたま黒猫が「古本」と書かれた看板を横切った。

一見カフェにも見える店内には、「NO Kosho NO LiFE」という力強いスローガン(?)が掲げられている。店を始めた当初は、美術を学んでいた学生時代の仲間が送ってくれた本や「せどり」(販売のために古書を購入すること)などで集めてきていた。それが現在は県外にも常連がいる、目利きの店に成長した。

店に立ち寄るのは地元の人と観光客が半々だが、ずっと棚にあった本が売れた時は「嬉しいけれど切なくもなる」と宮城さんは笑った。

ネコのスイちゃんが活躍する『王さまのねこ』の原画が飾られていた。
『王さまのねこ』のイラストを手掛けた茂木淳子さん(左)と、実は同書の原作者でもある宮城さん。

鰹節店の看板と沖縄関連本が同じ目線上に

言事堂から国際通りを目指して市場中央通りを歩く。すると土産物や洋服が吊るされているアーケード沿いに、市場の古本屋ウララが見えてきた。ウララはジュンク堂のスタッフだった宇田智子さんが2011年11月に、とくふく堂という古書店があった場所を引き継いで始めた店だ。

牧志の公設市場(取材当時はまだあった)にほど近いアーケード街にあるウララは、沖縄旅行ついでに目指してくる観光客も多い。宇田さんの著書の『那覇の市場で古本屋』(ボーダーインク)や『本屋になりたい』(筑摩書房)が韓国や台湾でも翻訳出版されていることから、海外から目指してくる人もいるほどだ。

看板には大きなフクロウのイラストと「ウララ」の文字があるので、すぐにわかる。

1.5坪の店の左半分にはレジスペースがあり、フクロウのイラストとともに店名が黒板に描かれていた。沖縄関連本が並ぶ隙間をぬって奥に進んでいくと、フクロウにちなんだ本とフクロウが飾られていた。通りに視線を移すと、沖縄にちなんだ本の横に「玉城鰹節店」の看板が見える。

向かいの鰹節店の看板は、『カンカラ三線』と『大琉球』と同じ目線上にある。

行き交う人たちも自然に足を止め、店前の本のタイトルをひとつひとつチェックしていく。店内に足を踏みいれ、何分もじっと棚を眺め続ける年配男性の姿もあった。確かに小さな店だけど、無視して通り過ぎることはできない。そしてレジに座る宇田さんも、まるで店の一部であるかのように溶け込んでいる。なんだか磁石のような魅力がある、そんな空間だった。

宇田さんはエッセイストとしても活躍している。近著は『市場のことば、本の声』(晶文社)

本を読みながら一杯飲んでカラオケも?

ウララから離れて歩いているさなか、『パンの木』というベーカリーが目についたので入ってみた。するとパンと並んで、古本が置かれていた。値段もついている。えっ?

思わずレジ前に立っていた仲本清子さんに「これ、売り物ですか?」と聞いてしまった。気になる本や、忙しくて見に行けない映画のノベライズを読んだのち、良い状態のうちに店に並べていると仲本さんが答えた。もはや書店でも古書店でもない、パンの店で古本を売るとは……。

でもベーカリーだからって、パンやお菓子以外売ってはいけないという決まりはない。沖縄の書店と書店以外の「本プラス何か」を、意外な場所でも感じることができた。

パンと並ぶ本の数々。最初は「えっ?」と思ったが次第に違和感がなくなった。

その「プラス何か」の究極と言えるのが、首里にあるおきなわ堂だろう。だって併設されているのは、カラオケパブなのだから。店主の金城牧子さんによると店自体は2010年頃に始めたが、2016年に弟さんが手がけているカラオケパブと兼用の場所に移転したそうだ。

おきなわ堂の金城牧子さん。左手奥にバースペースがあるのがわかるだろうか。

店内にはテーブルとイスがあり、さながらブックカフェの様相を呈している(とはいえ昼間はパブはやっていないが)。一段まるごと太田昌秀氏の著書が置いてあるなど、沖縄関連本をメインで扱っている。夜はどんな雰囲気なのだろう? 色々と想像をかきたてられる「ブックパブ」だった。

カラオケパブの看板の下に「沖縄関係書 本 買取OK」の看板が。

古書店同士が本を交換して在庫を融通

那覇市内からバスで約1時間。次に目指したのは沖縄市のコザにあるすばる書房だ。

「ここが沖縄の古本屋の北限じゃないかな」と教えてくれた店主の下地喜美江さんは、宮古島出身。石垣島の中学校と那覇の高校に通ったのち、ベトナム戦争終結前の1974年にコザにやってきた。

「ノンポリの不良学生だったけど、コザに来たら基地問題と向き合うことになって」と語る下地さんは、古書店を32年間続けるかたわら、2015年頃から辺野古への基地移設反対運動にもコミットしている。

色々見始めると止まらなくなりそうな、すばる書房の店内。

店内には沖縄関連本はもちろんのこと、ドストエフスキーや「ウテナ雪印クリーム」と書かれた謎の冊子、売り物のやちむんや非売品であろう貝殻まであり、さながら宝探しのようだ。下地さんも「時々どこに何があるか分からなくなる」と笑うが、自身にとって一番落ち着く場だという。

本は買取や交換市で仕入れているが、たまにカンパされることもある。ジャンルがオールマイティなのは、それも理由なのかもしれない。

自身の店を「カオス」と評する、下地喜美江さん。

ここでちょっとだけ交換市の解説を。全沖縄古書籍商組合のメンバーの書店は、2カ月おきに「市会」と呼ばれる交換市を開催している。ある店で売れなくても、別の店ならそれを欲しいと思ってそうな顧客がついていることもあるから、在庫を交換して品揃えの充実をはかることは、理にかなっている。講を作って互いを支えあう「もやい」や相互扶助の「ゆいまーる」の精神が根付く、沖縄の古書店らしいシステムなのだ。

すばる書房の常連さんは、当時小1だったりゅうがくん。植物図鑑が好きで「これはプルメリア」「これは多肉」と、植物の話をし出すと止まらない。

隔てのない交流が生まれた書店が、かつてあった

下地さんに別れを告げて那覇方面に向かうバスに、ほんの10分ほど乗車する。すると国道330号線沿いに、アメリカのショッピングモールを彷彿させる白い建物群が見えてくる。このプラザハウスショッピングセンターは1954年、米軍関係者のために作られた。今では地域の住民や観光客、誰でもウェルカムだが、一角にアメリカを強く感じさせる場所がある。それがタトルブックストアだ。

タトルブックストアはガラス張りで、外から店内の本がよく見渡せた。

40代以上なら「タトル」と聞けば、かつて神保町にあった洋書店のタトル商会を思い出す人もいることだろう。1948年にチャールズ・E・タトル氏により設立されたタトル出版は、日本に沢山の洋書を紹介してきた。神保町同様、タトル氏の意を受け継ぐ洋書専門書店(沖縄関連本など、日本語書籍も一部あり)として、1953年に浦添市の港川という地区に生まれた(のちにプラザハウス内に移転)。

迎えてくれたのは大学2年生の時にアルバイトを始め、卒業と同時に社員になった店長の山城幸子さんだ。「元々本は好きだったけれど英語は嫌いだった」山城さんは、宣教師をしていたおばの影響で、徐々に英語に親しみを感じるようになった。それがアルバイトのきっかけだという。

「今は英語は大好き。語学の本をメインに他店にない本をセレクトしているから、お客さんが『普通の本屋と違うね』と言ってくれるのが嬉しくて。国外に行ってしまったアメリカ軍関係者の中には、沖縄に戻ってくると顔を出してくれる人もいます。『全然変わらないね』と言ってくれるのを聞くのも、とても嬉しいですね」と語る山城さんの笑顔は、本が隔てのない交流を生み出してくれることを物語っていた。

しばらく店に滞在していると、女性2人組がやってきた。彼女たちが真剣に見つめるペーパーバックや雑貨は、確かに見ているとワクワクするものばかり。雑貨は山城さんが選んで買い付けていると教えてくれた。

松田晴奈さんと、山城幸子さん。

この日は山城さんと、2017年2月からアルバイトを始めた松田晴奈さんの2人が店にいたので、松田さんが今気に入っている本を教えてもらって2人の姿を撮影。英語がそう得意ではないけれど、また来たいと思える空気に溢れていた。

しかしその願いは叶わないことを、この記事を書くタイミングでようやく知った。2018年5月にタトルブックストア自体の店舗はなくなってしまったのだ。ファッションやアート系の本とペーパーバックは、プラザハウス内のライカムアンソロポロジーというアートスペースに、子供向けの本と日本関連と郷土本は別フロアにと分散して置かれているものの、雑誌や語学教材の扱いはなくなっている。そして山城さんは引退し、松田さんも店を辞めたと聞いた。

なぜ一度訪問してそれっきりになっていたのか。後悔しても戻ることはできない。DANROでの連載を始めてまだ4回なのに、すべての記事で別れを書くことになるとは……。

キラキラした瞳で本や本屋について語ってくださったすべての人たちの安寧を願うとともに、2017年の思い出をここで締めくくることにしたい。でも連載はまだまだ続くよ。

沖縄の友人が案内してくれた、首里の「御殿山」(うどぅんやま)という店の日替わり定食(1000円+税)。白飯をジューシー(炊き込みご飯)にグレードアップして、余は満足。

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