「U2の聖地」ボノを魅了したネオン看板を訪ねて(エンタメひとり旅)

U2と深い関わりがあるロサンゼルス・ダウンタウンの「ニュー・ミリオン・ダラー・ホテル」(撮影:喜久知重比呂)

旅をしていると、映画や音楽にまつわる場所に出くわすことがある。最近は、ネットで検索して見つけることもできる。とりわけ、エンターテイメントの街、アメリカ・ロサンゼルスはそういった場所が多く存在する。しかし、その場所を訪れてみると、意外な事実に気づくことがある。

12月に13年ぶりの来日公演を行うモンスター・バンド、U2にまつわる旅のエピソードを紹介します。

ロサンゼルスの風景(撮影:喜久知重比呂)

歴代大統領も止まった由緒あるホテル

数年前、ロサンゼルスのダウンタウンを車で走っていると、見覚えのあるサインを見つけた。歴史を感じる茶色いビル、屋上には「1100 NEW MILLION DOLLAR HOTEL」( ニュー・ミリオン・ダラー・ホテル)と書かれたネオン看板。

U2と深い関わりがあるロサンゼルス・ダウンタウンの「ニュー・ミリオン・ダラー・ホテル」(撮影:喜久知重比呂)

この看板はU2のコアなファンなら見覚えがあるはず。最近、ダウンタウンは若者たちであふれ、以前に比べると治安もよくなって来ているが、かつてこのあたりはまだ物騒な街だった。

ここは1910年代にオープンしたという、歴史あるホテルだった建物。かつては、ルーズベルトやアイゼンハワー、トルーマンなど歴代大統領も宿泊したという。しかし、私が訪れた時、一見廃墟のようなビルはアパートになっていた。かつての優雅な姿を想像させるのは、屋上に残された看板だけだった。

その看板、U2ファンにはミュージック・ビデオに登場することで知られている。色々な書籍でもここで撮影されたと紹介されている。しかし、実際に建物を見ると、ビデオに登場するものとは大きく違うことに気づいた。調べてみると意外な事実がわかった。

屋上ゲリラライブ、訪ねてみると実際には…

建物付近の風景。ロサンゼルス・ダウンタウン(撮影:喜久知重比呂)

1987年3月、ロサンゼルスのダウンタウン。U2のアルバム「ヨシュア・トゥリー」のオープニング曲、♪WHERE THE STREETS HAVE NO NAME(約束の地)のミュージックビデオの撮影が行われた。街のど真ん中で、突然U2がパフォーマンスを始め、見物人が押し寄せるというゲリラ撮影。

演奏は当て振りだったが、大音量に約1000人が集まり、警官に制止されながらもその一部始終を収め、思惑通り臨場感いっぱいのビデオが完成。グラミー賞最優秀パフォーマンス賞を受賞し、プロモーションとしては大成功を収めた。

建物付近の風景。ロサンゼルス・ダウンタウン(撮影:喜久知重比呂)

バンドが演奏するバックにあったのが、先の「ミリオン・ダラー・ホテル」のネオン看板。しかし、メンバーが演奏する建物の屋上はかなり低い。2階建ての高さだ。

いろいろと調べてみたら、撮影は全く別の場所で行われていたことがわかった。そこは、ホテルからそれほど離れていない酒店。屋上は1週間前に補強され、楽器や音響機材、撮影機材が運び込まれた。さらに注目すべきは、「NEW MILLION DOLLER HOTEL」の大きな看板を作り、セットとして持ち込んでいることだ。本物の看板がすぐ近くにあるにもかかわらず、わざわざ制作して別の場所に設置したのは何故なのか?

なぜわざわざ制作して別の場所に?

U2と深い関わりがあるロサンゼルス・ダウンタウンの「ニュー・ミリオン・ダラー・ホテル」(撮影:喜久知重比呂)

屋上ゲリラ・ライブといえば、1969年、解散直前にビートルズがイギリス・ロンドンで行ったルーフトップ・コンサートが有名だが、U2の撮影もその影響は否まない。天下のビートルズの生演奏に野次馬がたくさん集まった。ビートルズ・ファンでもあるU2は、あれを再現したかったのだと思う。

考えられるのは、10階以上もあるびるの屋上で撮影すると、街の人からU2の姿が見えず、人が集まってこないから。撮影の許可が出なかったのではないかとも考えたが、ビデオの撮影の前に、スチール写真の撮影がホテルの屋上で行われているのだ。

巨匠映画監督もボノも魅せられた理由

ボノはその後、このホテルを舞台にした脚本を書き、映画化までしている。映画は、巨匠ヴィム・ヴェンダースが監督を務め、ミラ・ジョヴォヴィッチ、メル・ギブソンが出演。障害のある青年と、この建物の住人のロマンスに、サスペンスが絡んだ詩的な現代の寓話だった。

ちなみに監督したヴィム・ヴェンダースも気に入ったのか、2004年の映画「ランド・オブ・プレンティ」にもこの看板が登場する。

U2のボノは何故そこまで、あの看板に魅了されたのか?

ボノは以前、エッジとともに屋上に上がった時に、「ミリオン・ダラー・ホテルというネオン看板に詩的なものを感じた。本や映画のタイトルとして、ここを舞台に物語を書いてもらいたがっているようだった」と語っている。

あの看板は、ダウンタウンのこの辺りの風景ともミスマッチで、私自身も不思議な魅力を感じた。

ボノがこの看板に出会うきっかけを作ったのは、もう一人のU2、フォトグラファーのアントン・コービンである。

筆者所有のアントン・コービンの写真集

U2のアルバム「ヨシュア・トゥリー」のジャケット写真も、アントンの手によるもの。
1982年から現在まで、U2を撮り続けている。

次回は、ヨシュア・トゥリーや、アントン・コービンに会った時のエピソードを紹介します。

 

特集

TAGS

この記事をシェア