沖縄都市モノレール延伸、ぶらり途中下車の旅~沖縄・東京二拠点日記37

【連載】沖縄・東京二拠点日記

10月14日 早めの昼御飯で栄町の「ヘンサ森」で沖縄そばを食べる。もともとこの場所はスナックだったが、ビルに建て替えて1階で食堂を営業している。2階はオーナー家族がイタリア料理店をしていたが、閉店してしまった。で、1階の食堂をテコ入れしたらしく、前に食べたときより断然美味しくなっている。奇をてらうことのないスタンダードな沖縄そば、500円。

ヘンサ森の沖縄そば。

男3人「モノレール途中下車ぶらり旅」

そのあと、普久原朝充君と深谷慎平君と合流して、安里駅から延伸したモノレールに乗った。10月1日に延伸したばかりの首里駅より先の石嶺、経塚、浦添前田、てだこ浦西(つまり新しい終点)までは2人とも乗っていないというので(ぼくもなかった)、乗ってみようということになったのである。

男3人で那覇のモノレール「てだこ浦西駅」まで。

ぼくは途中下車ぶらり旅をイメージして、終点の1つ前の浦添前田駅でホームに降りたが、駅前はまだ造成中で何にもない。浦添城址が目の前に見えるが登る気力が出ないし、かつて登ったことがあるので眺めるだけにする。人影はなかった。

延伸したモノレール終点の「てだこ浦西駅」。(撮影・深谷慎平)

モノレールにもう1度乗ってトンネルをくぐると、終点の「てだこ浦西駅」。そこまで行って、駅前に出てみた。立ち寄れる場所が何も見当たらない。やはり道路を造成中である。どの駅前もまだショベルが動いて土地をならしたりしていたが、終点駅も同じだった。

延伸したモノレール終点の「てだこ浦西駅」付近。(撮影・深谷慎平)

駅ナカに喫茶店でもあって、そこに寄って珈琲でも飲もうと勝手に思っていたが、よく考えればあるはずもなく、1時間ほどで延伸モノレール旅は終わり、牧志駅に戻った。

ぶらぶら牧志市場商店街を歩いてパラダイス通りへ出て、「アグーとんかつ コション」で串カツを食べる。アグーの肉で野菜を巻いた串カツがウマイ。ちょっとだけビールを飲んだ。

「アグーとんかつ コション」の串カツ。

その近所の古いおもちゃ屋で「ウルトラマンジード」に登場する「獅子聖獣グクルシーサー」のソフビ人形が500円で売っていたのでつい買って、そのあと「ガーブドミンゴ」でオーナーの藤田俊次さんに会って、またぶらぶら歩いて帰った。昨日買った野本三吉さんの『沖縄・戦後子ども生活史』の頁をぱらぱらとめくった。

10月15日 目覚めて、ニュースで台風の被害状況を見て愕然としながら、特にやることもなく過ごす。昼過ぎに琉球新報文化部での打ち合わせのため国際通りを歩いていたら「フジイさーん」と声がする。その方向を見ると写真家の石川竜一さんが、いつもの大型スクーターに荷物をいっぱい積んでいた。竜一さんと路肩にバイクを停めて、おしゃべり。それにしても竜一さんとはよく会うなあ。
「琉球新報」の発行する書籍を扱う1階の店で、作曲家の普久原恒勇さんの『ぼくの目ざわり耳ざわり』を買う。次にフランス名誉領事のジスラン・ムートンさんの主宰する「アンスティチュ・フランセ沖縄」(フランス語教室)へ歩いて向かう。ジスランさんにぼくの連載に登場してもらうためにインタビュー。フランスの片田舎から移住してきた彼の視点はおもしろい。

終わったあと、泊まで歩き「串豚」へ。「おとん」の主人・池田哲也さんと合流。途中から「ひばり屋」の辻佐知子さんも来た。総じて、飲食店における客との距離みたいな話しを延々とする。二人のプロの話は含蓄に富んでいる。

今日はよく、歩いた。普段ならタクシーを使うところをゆっくり、時々立ち止まりながら歩いて移動した。地図アプリに頼りつつ、時々無視して道をそれながら、人や建物を観察しながら歩くとちいさな発見がある。人の営みを垣間見ることができる。もちろん遅刻はしないようにするけど、ひとりの時間はこういう使い方ができていい。

昭和な喫茶店で打ち合わせ

10月16日 午前中に深谷慎平君と彼のパートナーであるミュージシャンの木村華子さんが拙宅にやってきた。ぼくの原付バイクを差し上げる予定なので下見に来てもらった。

午後3時に牧志のアーケード商店街の中にある「喫茶スワン」へ歩いていった。知花園子さんと待ち合わせをする。「喫茶スワン」の昭和然とした雰囲気がいい。名物のナポリタンスパゲティを食べたいがハラがすいていないので、またにしよう。知花さんは1人イベンターとして、落語家を沖縄に招いて寄席を開いたりしている。

いまどんな活動をしているのかいろいろ教えてもらったが、知花さんの生き方はおもしろい。コムデギャルソンのド派手なワンピースがよく似合っている。「スワン」のママさんが橋本倫史さんの『市場界隈 那覇市第一牧志市場界隈の人々』を手に取って、「橋本さんがいらしてうちも書いてあるのよ」とうれしそうだ。その本はぼくも買った。

喫茶スワンにて、ママさんと知花園子さん。

途中で、ジュンク堂店長の森本浩平さんから電話があって、これから栄町でみんなでメシを喰おうということになった。知花さんの原付バイクが置いてある場所までいくと、バイクの荷台にビニール袋が。なんか気味悪いがおそるおそる開けてみると焼きそばが入っていた。もちろん買ったばかりでパックにはいっていた。

なんだろう、これは? 知花さんとあれこれ話し合った結果、知花さんのバイクだとわかった友人が差し入れた粋な心遣いだということにして、知花さんが持ち帰ることになった。

栄町「ルフュージュ」で3人で飯を喰い、森本さんの書店・流通仲間がいるすぐ近くの居酒屋に合流、そしてさらに、森本さんが宜野湾のビーチパーティに行こうと言い出した。聞けば、やはり他の書店・流通関係者がピーチパーティをしているからいっしょに行こうという。

時間は20時をまわっていたが、商用車に乗ってコンベンションセンターの裏手にあるビーチへ。といっても夜だし、ビーチパーティができるビーチ際のパーベキュースペースからは撤収しなければいけない時刻。

漆黒の海に白い波が立っている。20人ぐらいでまだ残っていて、挨拶をさせられた。6月に脳卒中をやりましたが沖縄に来ることができるまで快復しました云々。知り合いが何人がいたので握手をして、乗合で商用車に乗って那覇まで帰った。深夜まで台風被害を伝えるニュースを呆然と見つめる。

10月17日 今朝発売の「琉球新報」に、ぼくの月イチ連載「藤井誠二の沖縄ひと物語」の珈琲屋台「ひばり屋」の辻佐知子さんの回が載っている。で、書いた責任上というのもヘンだが、電話番をすることになり、開店時から店に行く。

名古屋へのフライトまで4時間ぐらい。「琉球新報」に「ひばり屋」の電話番号を載せたので、まちがいなく問い合わせが入る。辻さんは珈琲を淹れながらでは電話対応ができないから、ぼくがやることになった。

珈琲屋台 ひばり屋にて。

幸い雨も降らずラッキーと思っていたら、結論からいうと、ぼくが電話番をしていた時間帯はたった2本しかかかってこなかった。新聞を見て(辻さんやぼくの)友人や知人らは来てくれたが、電話がかかってこない。後日、辻さんが教えてくれたが、電話で問い合わせてくれた人はその後来てくれたようだ。

土の上に置いた椅子で珈琲を飲めるなんて「贅沢」だ。それを味わえる「ひばり屋」の存在は記事で広がったと思うし、辻さんが那覇に移住してきて、むきだしの土の上で珈琲を淹れ続ける理由が伝えられたと思う。

 

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