漫画雑誌に代わり、石垣島の書店が広める島の歴史(離島の本屋ひとり旅)

海が青いというだけで、なぜ人は心がときめくのだろうか。

【連載】離島の本屋ひとり旅

2006年に創刊された『LOVE書店!』というフリーペーパーのために、全国の島を巡っては本屋のドアをガラガラと開けてきた。連載自体は今も続いていて、昨年末には屋久島の『書泉フローラ』という本屋を訪問した。書籍からマンガまでのオールマイティな総合書店だったが、店前には屋久杉を使った土産物やとれたて野菜などが陳列されていた。

島の書店には「本プラス何か」がある。だいたいがそんな感じだ。2019年5月に訪れた石垣島の『タウンパルやまだ』にも、その「何か」はしっかりと存在していた。

ワシの羽からミドリムシになった商店街

15年ぶりの石垣島だった。そんな私に対して空港からの路線バスの車窓は、見慣れない景色を映し出していた。聞けば2013年に移転し、以前はなかった2000メートルの滑走路を擁した『南ぬ島 石垣空港』としてリニューアルしたのだそうだ。

約30分かけて到着した島の商店街には、『ユーグレナモール』という看板が掲げられいた。えっあのミドリムシの……?

市役所などがある島の中心街にある、ユーグレナモール。ミドリムシが身近に感じられてきた。

「2010年までは『あやぱに(八重山の古民謡にちなんだ、ワシの羽のこと)モール』だったんですけど、ネーミングライツで名前が変わったんですよ」

そう教えてくれたのは『タウンパルやまだ』の3代目店長・山田克巳さんだ。現在はユーグレナモールの一角にあるが、元々は近くの大川という地区で、自宅を改装して店を始めたそうだ。

タウンパルやまだの入口。お日様マークがお出迎えしてくれる。
アーケード側ではない入口からは、映画館とつながっているのがわかる。
三代目店長の山田克巳さん。山田の「Y」と元気モリモリをイメージしたマークがエプロンに。

創業は1952年。克巳さんの祖父にあたる山田武三さんが、那覇の書店から雑誌を仕入れるようになった。当時の沖縄は「アメリカゆー(アメリカ統治下)」。本土から物資を仕入れるためには、LC(信用状)が必要不可欠だった。街の小売店は、LCを持つ大手商店に商品を卸してもらうのが一般的だった。武三さんもやはり那覇の文具店から文具も仕入れるようになり、山田書店は書籍&文具店となった。

「タウンパル」やまだの店内。書籍だけでなく文具や印鑑などもあり、まさに「まちやぐゎー」だ。

街の仲間で「タウンパル」

取次との直接取引になり、定価で本を販売できるようになったのは本土復帰後の1980年のこと。文具と書籍はそれぞれ別の店で販売していたが、2000年に統合して『タウンパルやまだ』となり、ユーグレナモールの一角に新装開店した。

元々スーパー&映画館があった建物を利用しているそうで、映画館閉鎖後、長年手つかずだった3階は、2018年夏から『ゆいロードシアター』になっている(ちなみにこの日上映していた映画は『金子文子と朴烈』。アナーキスト旋風は、ぱいかじとなって南の島にも届いていたようだ)。

しかし店名の“タウンパル”ってどういう意味なのだろう? なんとなく電気屋さんをほうふつとしてしまう。克巳さんいわく「皆で一緒に考えたんですけど、タウンに“仲間”を意味する「パル」をつけたんです」。山田書店はかつて、サンリオグッズを扱う『サンリオショップ アミ―』も手掛けていたが、そういえば「アミ」もフランス語で友人という意味だ。

30年超え選手の書店員と、87歳のカリスマ

広い店内には雑誌と書籍、文具とCDがバランスよく並んでいる。ひっきりなしにお客さんがやってきては、お目当ての雑誌や文具を手に、レジを目指す姿が常に視界に入る。

店内はガジュマルの木をイメージして陳列されている。

「でもこの商店街は車を止める場所が少ないこともあり、石垣の消費の中心は今は郊外なんです」

そう語った克巳さんは、子供の頃から「自分は店を継ぐものだと、親に洗脳されていた」ことから、大学進学のために上京したが、卒業後はすぐに島に戻り、店の手伝いを始めた。大学時代は世田谷区経堂にかつてあった『キリン堂』という書店でアルバイトして「棚作りから何まで、すべて学んだ」と言うほど、書店から片時も離れたことがない人生だ。

でも書店の傍らにずっといるのは、彼に限らない。30年以上勤務しているベテラン書店員もいる。そして3代続いている同店のカリスマは、87歳になる母・山田美智子さんだ。

石垣生まれの石垣育ちの美智子さんは出納管理などを担当しているが、今でも時々店頭に顔を出す。克巳さんと美智子さんは、自他ともに認める仲良し親子。その秘訣は「(息子の)好きにさせていること」(美智子さん)なのだそうだ。

克巳さんと、母の美智子さん。現在は相談役をつとめる美智子さんのファンは島中に。

克巳さんは「1980年代は週刊少年ジャンプが毎週1000冊以上売れていた。当時は島内にコンビニがない時代だったから、『ついで買い』する人のために、てんぷら店や弁当屋にも週刊少年ジャンプを卸していた」と振り返る。しかし今では毎週30冊程度にとどまっている。それでも「文化の発信地」としての自負があるから、「一寸先は闇だから安心できない」気持ちを持ちつつ、店を続けていきたいと語る。

沖縄関連本を買っていた松本さん(左)は、東京からの旅行者。2010年頃から石垣島に来るたびに寄っているそう。

右や左を語る前に、まずは「知ること」から


雑誌やマンガに変わって島民の注目を集めているのが、沖縄や地元・八重山地方をテーマにした本だ。NPO法人の北九州・魚部が編集した『西表島自然観』という、西表島の自然や生き物、島の人の話をまとめた本は、600冊近く売れた。そして『八重山を学ぶー八重山の自然・歴史・文化』に至っては、1000冊以上が島の人の手に渡った。

『八重山を学ぶー八重山の自然・歴史・文化』(『八重山を学ぶ』刊行委員会)はもともと、中学校の副読本として作られたものだ。教師や八重山史研究家などが執筆したこの本に、南京事件や慰安所についての記述があることを理由に、石垣市教育委員会は2017年から発刊と配布を取りやめている。

しかし「八重山の歴史が体系的に学べるのだから、それならばたくさんの人に読んでもらいたい」と、書店売りの本として生まれ変わった。その結果、島のベストセラーとなった。

歴史はもちろんのこと、自然や生活文化などを網羅している同書は、確かに中学生に独占させておくのはもったいない。克巳さんも「思想を語るには、まずは学ばなくては」と考えている。それゆえなのか、店でも目立つ場所に陳列されている。

沖縄や八重山地方をテーマにした本の品揃えが、とにかく手厚い。

タウンパルやまだの閉店は20時。だが閉店後は、別の顔があらわれる。オーディオからジャズが流れる空間に生まれ変わり、音楽好きな人たちを誘蛾灯のように惹きつけているのだ。

マイルス・デイヴィスやビル・エヴァンスなど、克巳さんお気に入りのアーティストのナンバーを聴きたい人なら、旅行者でもウェルカム。ほぼ毎日鑑賞しているそうなので、通りかかって音が聴こえてきたら足を踏み入れて欲しい。偶然の旅人から一歩踏み込んだ、濃厚な「島の時間」をきっと過ごせるはずだから。

克巳さんご自慢のスピーカー。椅子に座ってじっとジャズを鑑賞するのが閉店後の楽しみだ。
ちょっと時間があったので、隣の竹富島まで行ってみた。残念ながら本屋はない。

 

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