会員制カレー店で作る「誰もが挑戦できる居場所」 NEWPEACE高木新平さん

(撮影・斎藤大輔)

新卒で入社した大手広告会社を1年で退職し、シェアハウスの立ち上げやインターネット選挙のPRを手がけた後、26歳で起業したNEWPEACE代表の高木新平さん。最近では会員制カレー店「6curry」の運営を手がけています。カレー店という意外な展開には、「居場所づくり」にかける思いがありました。

【前編】3・11で芽生えた違和感、僕は大手企業を飛び出した NEWPEACE高木新平さん

応援しあえる関係を

――「会員制カレーコミュニティー」をうたう「6curryKITCHEN」は、どのようなコンセプトで始めたのでしょうか?

高木:最初はカレーという、みんなが大好きな食を通じて、人のつながりを作っていきたいという思いつきでした。それが途中から「新しい生き方を選択した人が孤独にならない、第3の居場所を作りたい」という気持ちに進化していきました。

6curryのコンセプトは「EXPERIENCE THE MIX.」、つまり、交流です。僕が会社を辞めた時がそうだったのですが、居場所のない中で挑戦すると孤独になってしまう。新しい生き方をしたいけど、会社を辞めるのは怖い、孤独になるのは怖いと考えている人たちを、応援しあえる関係性、居場所を作ることでサポートしたいんです。

――どういうことですか?

高木:かつてコミュニティーの柱は、地縁か核家族、または終身雇用を前提とした会社でした。ところがそのコミュニティーは緩やかになくなりつつありますよね。新しい時代が来ているにもかかわらず、未だに家族と会社の間の社会的なコミュニティーがありません。そこから出た人は孤立してしまう。

もっとプライベートとパブリックを溶かす場が必要だと感じています。僕はそれを「サードコミュニティー」と言っていて、だれもが既存のコミュニティーの枠を超えていける場所をつくりたかったんです。

――先日、お店に伺いましたが、会社員、アーティスト、様々な職種の人が交流していました。

高木:ただ消費するだけの飲食店をやることは考えておらず、会員の人もカウンターキッチンに立ってどんどんイベントを主催して欲しいと思っています。実際にキッチンの内側のスペースは大きく取ってあります。

イベントは客席にいるよりも、主催する方が、人ともつながれますし楽しいです。1万人、100万人の主役になることは難しいですが、6curryなら20人、30人の主役になることができる。会員さんの主体性を引き出していきたいし、そういう場を作っていきたいです。

子どもは絶対大丈夫だよ、という安心があるから新しいことに飛び込めます。副業や起業、フリーランスも同じで、応援し合う仲間をみつければ「自分もやってみようかな」という気になるのではないか。リアルもオンラインも関係なくそういう装置が足りないと感じていました。

――ちなみに、会社を辞めてシェアハウスを作っていた頃と何か変わりましたか?

高木:居場所を作り続けているという意味では変わらないです。カレー店「6curry」の他にも「REING」というブランドも始めました。既存のジェンダーにはまらない活動をする人たちのための居場所のようなものです。会員制の本屋も作ろうとしています。

――では、フリーランスと経営者の差は感じていますか?

高木:フリーランスは会社の看板に頼らず自分の名前で仕事する、ある種、裸一貫の戦い方です。自分も一時期フリーランスを経験したので、特技を伸ばし、一人でも状況を何とかする地力がつきました。ただ、リソースが自分ひとりであるので効率的である反面、すべてひとりでやらなくてはならないので、非連続的な成長は難しい面もあります。

一方、経営者はその集団、生態系の価値をどのようにして最大化するかを考える仕事だととらえています。主語がIではなくWeというか。

Whyを語り、仲間を集め、目標を設定する。その上でチャレンジングな仕事を推進していくことが僕のメインミッションで、会社の目指す像とどのような世界を作りたいのかを言いながら先頭を走っているだけです。仕事のあり方が違いますね。

融通無碍なカレーが表現媒体に

――高木さんのお話には度々ファッションが登場しますが、ファッションとの出会いはどのようなものだったのでしょうか?

高木:僕には生まれつき左手に障害があったのですが、それを隠したかったんですね。ところが、中学校は富山の公立ということもあり、みんな夏は短パンTシャツで、自分も同じ格好をしなくてはならなかったのが苦痛でした。その頃、ストリートブランドの『Supreme』が流行っていて、ロングTシャツを着て学校に行ったら「カッコいい」と言われたんです。

僕にとっては「人と違う」ということが「あいつカッコいい」という価値に転換されたような気がして、とても救われました。それが当時の僕にとってのファッションだったんです。ファッションには価値を転換する機能があると思っていて、今でもそういうことをやりたいと思っていますね。

――そうだったのですね。

高木:自分は違うかもしれないし、人とはみ出しているかもしれない。でも違う人同士がつながってスタイルになればいいですよね。そういう多様性を許容できる装置をつくりたいんです。融通無碍なカレーはその表現媒体であり、受け皿ですね。

「孤」の時代にしたくない

(撮影・斎藤大輔)

――会社を辞めてから起業するまでの間、自分の家がなかった時代もあったと聞きました。

高木: 家がなかったとはいえ、ひとりではなかったんですよ。シェアハウスにしても全国の友達の家を泊まり歩いても、基本的には誰かといたわけですよね。常に新しい人と会って刺激を受けて仲間を増やしていった。今でも「ひとり」の時間は好きではないです。

何か表現したり考えたりする時間は一人でいた方がいいですが、それはいくらでもアウトソースできます。カフェに行けば1人になれますから。むしろ誰かといる時間を作る方が難しい。だから会社を辞めたとき、シェアハウスを始めたんです。

――なるほど。

高木: 子どもと砂場へ行った時に目にする光景ですが、一人で遊ぶわけではなくて、誰かがいると遊ぶんですね。でも、子どもたちは、空気を読むわけでもないしコミュニケーション能力が高いわけでもないので、各々がひとりで同じ砂場で遊んでいる。「みんな」で「ひとり」で遊んでいる。そういう場でいいのです。

最近だと、シーシャバーがそうですよね。友達と行ってひとりでスマホを見たりして時間を過ごして、たまに隣にいる友達と話す。各々違うことをしていますが、シーシャは共有している。そんな感じの心地よさが好きです。

僕は、人にはいくつものアイデンティティがあると思っていて、自分が自然体でいられるコミュニティーを複数持つことが重要だと思っています。演じなくてはいけない、空気を読まなくてはいけないとなると、「ひとりでいた方が居心地がいい」となってしまう気がしていて。

――高木さんにとって「ひとり」とはどのようなことでしょうか?

高木: 役割の単位です。役割こそが居場所ですから、弱みも含めて自分を知ってもらい、得意なものを自分でみつけて周囲に貢献するのが大事だと思っています。大きな会社にいると役割が与えられますが、自分はフリーランスとしてシェアハウス作りからスタートしたので、与えられる前に役割を自分で作らなければならなかった。なので、自然とそういう発想になったのだと思います。

「個」の時代を「孤」の時代にしたくないですし、「ひとりの時代」がいいとも思いません。自分が立っていながら、つながりあえたり、表現し合えたりするからいい。これからも、自分を解放しつつ、互いに認め合えるコミュニティーを作っていきたいし、みなさんにも活用して欲しいですね。

 

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