仲良くなった有名人は漫画家が多かった~元たま・石川浩司の初めての体験

漫画家のアシスタントを経験したこともある(イラスト・古本有美)

僕がパーカッションを務めたバンド「たま」は1990年、「さよなら人類」でメジャーデビューした。その頃よく聞かれたのが、どんな芸能人と友達になったかということだ。しかし、実はそんなこともあまりなかった。

メジャーデビュー当時は、確かにテレビや雑誌でたくさんの芸能人の方々と仕事をご一緒する機会があった。しかし、僕たちはバンドでかたまって行動しているし、決して社交的な方ではないので、芸能人の友達はあまりできなかったのだ。

そんな中、僕が仲良くなった有名人といえば、芸能人というよりは漫画家さんが多かった。今回はそんな漫画家さんとの交流について綴りたいと思う。

たまが「がきデカ」のこまわり君に

漫画家さんと知り合いになるきっかけは「たま」のライブが多かった。お客さんとしてライブに来てくれて話しているうちに、「えっ、あの有名な!?」となる漫画家さんが多かったのだ。美術系の人に「たま」は好かれる傾向があり、そんなこんなで漫画家さんの知人は多かった。

一番親交があったのはさくらももこさんだ。彼女が亡くなった時には、DANROのコラムで彼女との思い出を綴った。山上たつひこさんとも交流があった。「死刑!」のギャグで一世を風靡したこまわり君が活躍する「がきデカ」の作者だ。ギャグ漫画界では最重鎮のひとりと言っても過言ではなかろう。

なんとそのこまわり君に「たま」のメンバーがなるという漫画が、雑誌に掲載されたことがあった。これは嬉しかったなあ。高校生の時に夢中で読んでた漫画の主人公に自分がなったのだから。

これがきっかけで、山上さんから声をかけていただき、自宅や別荘にも遊びに行った。我が家に数十冊ある1970年代のプレミアものの「少年マガジン」は、山上さんから頂いたもので、家宝である。

蛭子さんとの対談

こんなこともあった。デビュー当時、雑誌社に「誰でも好きな人と対談させてあげるよ」と言われ、僕が真っ先に指名したのが蛭子能収さんだった。当時の蛭子さんはタレントとしてテレビに出始めた頃だ。僕は漫画家としての蛭子さんの大ファンで、単行本も全部揃えるほどだった。

蛭子さんとはその後、著名人麻雀大会で一緒になったり、近所に住んでいた頃は映画館で一緒になったりもした。蛭子さんが出演した肌着メーカーのテレビCMの音楽では、実は僕が作曲も演奏も歌もひとりでやっているのだが、蛭子さん本人は気づいていないかもしれない。

尊敬するつげ義春さん

僕が会った漫画家の中で最も嬉しかった人の1人が、昔からリスペクトしているつげ義春さんだ。中学生の時に読んだつげさんの漫画は、僕のシュールな表現の基礎になっていると言ってもいい。

つげさんの漫画を映画化した「無能の人」の試写会に呼ばれ、その後にあった打ち上げでお見かけしたときは感動した。乾杯の音頭とともに皆一斉にグラスを掲げる中、つげさんだけがグラスを持たずにキョトンとしていて浮世離れしていたなあ。僕はおそれおおい気持ちで声をかけることすらできなかった。

そのつげさんのサイン本が家にあるのだが、書いたのはつげさん本人ではなく、しりあがり寿さんのイタズラだった。しりあがりさんが描いたイラスト付きのつげさんのサインは、これまた貴重なお宝であるのだが…。なお、しりあがりさんは役者としても活動されていて、今夏放映されたテレビドラマ「びしょ濡れ探偵 水野羽衣」(テレビ東京)では共演させてもらった。

たくさんの漫画家さんと交流

その他にもたくさんの漫画家さんと交流があった。

「ぼくんち」で有名な西原理恵子さんとは雑誌の対談がきっかけで、彼女が連載している麻雀エッセイ漫画に出させてもらった。僕のライブにゲストとして登場してくれたこともあるのだが、そのときの西原さんはベロベロに酔っ払っていて、僕が言葉を挟む隙も与えずに、ひとりで下ネタを話していたなあ。

ある雑誌の「漫画家のアシスタントをやってみよう」という企画では、友人の漫画家、大竹サラさんの絵に「ペン入れ」をさせてもらった。大竹さんとはその後、一緒にバンド「パスカルズ」をやることになり、ヨーロッパツアーの珍道中エッセイ漫画「地球道草アンダンテ」が単行本化され、僕のツアー先でのドジ話などが白日の元に晒された。

吉田戦車さんの漫画「ぷりぷり県」を題材にした「パルテノン銀座通り」というアルバムをたまで作ったときは、戦車さん本人に歌詞を提供してもらったり、ライブでコーラスをしてもらったりした。「孤独のグルメ」の久住昌之さんはバンドをやっていて、一緒にセッションをした。やまだ紫さんの家にお邪魔して夫婦同士で麻雀をしたこともあった。

その他にも高橋留美子さん、萩尾望都さん、とり・みきさん、花輪和一さん、喜国雅彦さん、森泉岳土さん、とりやま忠治さんなど一緒に飲んだ人は数知れず。いつの間にか漫画家さんに囲まれていた。

初めて友達になった漫画家さん

このようにたくさんの漫画家さんに囲まれて生活してきた僕だが、初めて友達になった漫画家さんは「神の悪フザケ」などで知られる山田花子さん。「たま」がメジャーデビューする前にライブを見に来てくれて、当時僕がやっていた部数わずか30部のミニコミにも漫画を描いてくれた。

しかし残念なことに、僕らがデビューしてやっと一緒に仕事ができるようになった頃、彼女は自死してしまった。

最後に彼女を見たのは、「たま」が出演したイベントに来てくれたときのこと。出番が終わって招待席に行ってみると、彼氏と楽しそうにステージを見ている姿が目に入った。

今でも向こうでフフッと笑いながら漫画を描いているだろうか。

 

連載

TAGS

この記事をシェア