秋の古都・金沢をキヤノンのミラーレス「EOS M6 Mark II」で撮ってみた:前編

兼六園(金沢市)の雪吊(つ)り。モデルは熊野ももさん

キヤノンから、APS-Cイメージセンサー搭載モデルのミラーレスカメラ「EOS M」シリーズの最上位機種「EOS M6 Mark II」が9月27日に発売されました。超小型軽量なのに約3250万画素のCMOSセンサーを搭載。しかも全有効画素がオートフォーカス用センサーとしても機能する「デュアルピクセルCMOS AF」。キヤノンのフラッグシップ一眼レフに迫るAF/AE追従で約14コマ/秒の連写が可能です。

シャッターを切る直前の瞬間も記録する約30コマ/秒の連写の「RAWバーストモード」を搭載するなど、大幅に機能アップを図り、魅力満載に仕上がっています。

売れ筋である「EOS M」シリーズのラインナップの充実を図るキヤノン。最新モデルの魅力について、古都・金沢での作例を中心に探ります。

キヤノン EOS M6 MarkIIとEVF-DC2、EF-M22mm F2 STM

キヤノン EOS M6 MarkIIに電子ビューファインダー EVF-DC2とパンケーキレンズ EF-M22mm F2 STMを装着

「EOS M6 Mark II」は、2017年4月に発売された「EOS M6」の後継機に位置づけられます。約2420万画素だったAPS-CサイズのCMOSイメージrセンサーは約3250万画素に刷新。それに伴い、画像処理エンジンDIGICは7から8に上がっています。

ボディーのサイズは横幅が112mmから119.6mmに。高さは68mmから70mm、奥行きは44.5mmから49.2mmと、ほんの少し大きくなりました。それに伴い、本体の重さも343gから361gと18g重くなっていますが、奥行きが大きくなったことで以前よりグリップが良くなりました。

外観は、ファインダーがない前機種のEOS M6のデザインを踏襲しています。クラシカルな雰囲気に「持つ喜び」を感じる方も多いのではないでしょうか。天面側の露出補正ダイヤルがサブ電子ダイヤルに、背面側にAF/MFの切り替えができる「フォーカスモードスイッチ」が新たに設けられ、親指AFが出来る「AFスタートボタン」になっているなど、操作に関わる細かな変更がされています。

接続端子が「Macro USB」から「Type-C」に変更になりました。バッテリーをカメラに入れたまま充電できる「USB充電」に対応しています。本体がコンパクトなので電池も小さめの1040mAh、撮影枚数は約305枚なので、一日中持ち歩くには少し厳しい。モバイルバッテリーから充電できて便利ですね。

新幹線開業から3年半 にぎわう古都・金沢

今回のロケ地に選んだのは、江戸時代より風情ある街並みや粋な武家文化が残り、加賀百万石が育んだ文化が今も息づく城下町・金沢。筆者は2007年秋から10年春までの2年半、この地に取材記者として赴任した経験があります。東京で暮らす今も度々カメラを片手に訪れる思い出の街です。

15年3月に北陸新幹線が開業して以来、石川県外からの観光客は増え続け、県によると開業前に14年に1205万人だった県内への観光客入れ込み数は、18年で1513万人まで増えているそうです。北陸新幹線の開業以前の3倍の乗客が乗り降りする終着駅・金沢駅は、筆者が降りた金曜日の午後も観光客でごった返していました。

今回は生まれも育ちも地元金沢で、金沢美術工芸大学で環境デザインを学ぶ熊野ももさんに名所を案内してもらい、味覚を堪能しつつ、撮影しました。なお、文末にはフォトギャラリーがありますので、お楽しみください。

漁が解禁されたカニがずらりと並ぶ近江町市場

日本海側の漁解禁で、至る所でカニが売られている(金沢市の近江町市場「島田水産」、店舗に許可を得て撮影しています)

まず訪れたのは近江町市場。1721(享保6)年から加賀藩・前田家の御膳所として、市民の台所としても300年近くもの間、金沢の人々の生活を支えてきた市場です。現在約180の店舗が軒を連ね、日本海で取れる新鮮な魚介類や地元産の野菜、果物を中心などの食材や日用品も並びます。

秋の金沢といえばカニ。今年の石川県のズワイガニ漁解禁は11月6日でした。新潟県より北は1カ月近く早い10月1日から解禁されており、近江町市場にはたくさんのカニが並んでいます。石川県産は加賀・能登の名前がついて「加能ガニ」と呼ばれ、漁港の名称を刻印した青タグが付けられています。

天守閣がない金沢城

江戸時代の金沢城は加賀藩・前田家の居城でした。戦国時代は、加賀一向一揆の拠点となった浄土真宗の寺院「尾山御坊(おやまごぼう)」があり、織田信長が攻め落とした後に城が築かれたといいます。前田利家が金沢城に入ったのは1583(天正11)年。バテレン追放令により除封されたキリシタン大名・高山右近を招いて築城の指導を仰ぎ、本格的な城づくりが始められました。

明治維新以後は陸軍省が入り、1898(明治31)年から第2次世界大戦終了まで陸軍第9師団司令部が置かれました。1949(昭和24)年から95(平成7)年までは金沢大学が丸の内キャンパスを設置。大学が郊外に移転した後は金沢城公園として整備され、城址(じょうし)は2008(平成20)年に国の史跡に指定されています。

金沢城には天守閣がありません。1602(慶長7)年、落雷で失いました。城のほとんどの建物も1759年(宝暦9)年の火災で焼けてしまいました。その後の再建では二の丸を中心に整備されたので、本丸の櫓(やぐら)は再建されませんでした。現存する石川門は88(天明8)年に再建されたものです。

石川櫓

金沢城の搦手(からめて)門(裏門)にあたる石川門にある2層2階建ての石川櫓(金沢市丸の内の金沢城公園)

玉泉院丸庭園

2代藩主・利長の正室であった玉泉院の屋敷跡に3代・利常が作った庭園(金沢市丸の内の金沢城公園)

日本三名園の一つ、兼六園

兼六園は、広大な土地に池・築山・御亭を配置した回遊式庭園で、水戸偕楽園、岡山後楽園とならぶ日本三名園の一つと言われています。1676(延宝4)年に5代藩主・綱紀が藩の御作事所を移転した跡地に蓮池御殿を造り、周辺に蓮池庭を作庭したのが始まりといわれ、歴代藩主により、長い歳月をかけて形づくられてきました。

撮影は11月9日で、昼過ぎまでは快晴で撮影日和でした。金沢では12月に近づくにつれて次第に空はどんよりとした鉛色になります。沿岸に回遊してきた脂ののった寒ブリが楽しめる季節なので、寒波の雷を「鰤(ブリ)起こし」 と呼んでいます。

雷とともに大粒のアラレが降ったり水分を多く含んだ重い雪が降ったりするので、樹木が折れてしまわないように、毎年11月1日 から「雪吊(つ)り」作業が始まります。園内随一の枝ぶりを誇るといわれる「唐崎松」には5本の芯柱が建てられ、柱のてっぺんから約800本の縄を張り、枝を吊って雪の重さに耐えるように支えます。

兼六園の雪吊り

唐松崎の名前の由来は、13代藩主の斉泰が近江の国(琵琶湖畔)の唐崎から黒松の種子を取り寄せて育てたからだそうです(金沢市兼六町の兼六園)

開かれた現代アートの「21美」

公園のように「誰でもいつでも立ち寄れ、出会いの場となること」を目指して作られ、2004年に開館した現代アートの美術館「金沢21世紀美術館」。建物は地上1階地下1階建て。周囲を芝生に囲まれた敷地の中央にあり、直径112.5mの円形総ガラス張り。その形状から「まるびぃ」という愛称がついていますが「21美(にじゅういちび)」と呼んでる人が多い印象です。中央の正方形状の展覧会ゾーンは有料ですが、庭や無料で入れる建物内周部の交流ゾーンにも現代アートがたくさんあるので、十分に楽しむことができます。

アリーナのためのクランクフェルト・ ナンバー3

フロリアン・クラール(ドイツ)作。美術館の建物を囲む芝生に設置された12個のテューバ状の筒は、地中をペアでつながっていて伝声管になっていて、すぐ隣ではなく思わぬところへ声が伝わったり、声が聞こえたりします(金沢市広坂の金沢21世紀美術館)

壁面ドローイング「森」

ブラジル出身の画家・大岩オスカー作。27メートルの壁面に10日間かけて描いたそうです。内面世界として森を描き、黒い猫は闇、白いウサギは光を表しているといいます(金沢市広坂の金沢21世紀美術館)

金沢には三つの茶屋街

金沢には「ひがし茶屋街」「にし茶屋街」「主計(かずえ)町茶屋街」と三つの茶屋街があります。1820(文政3)年に加賀藩公認で犀川西側に「にし」、浅野川東側に「ひがし」の茶屋街が置かれました。「ひがし」はメインストリートである二番丁、柳の葉が揺れる向こう側に紅殻格子の街並みが見えるフォトジェニックな場所。筆者も取材記者当時にGWなどの観光客がごった返す時期に、にぎわいを写真に収めたものです。新幹線開業後には人通りがない時間はほぼ見られず、撮影にはなかなか厳しい場所になりました。

浅野川大橋を挟んで向かい側にある主計町茶屋街は「ひがし」からあふれたお茶屋が立ち並んだ場所。土産屋やカフェがほとんどなく、仲居さんが横について丁寧に仕上げてくれる寄せ鍋で有名な「太郎」などの飲食店やバーなど、新幹線開業後も変わらずの夜の街。昼間は人通りもさほどなくひっそりとしています。稽古場になっている検番(芸妓(げいこ)の事務所)の2階から三味線の音が響いてくるのも乙です。金沢三文豪の1人で「幻想文学の鬼才」と呼ばれた泉鏡花の生家は、隣町の下新町で細い路地や河原は少年時代の遊び場だったそうです。

主計町茶屋街

細い路地と紅殻格子に特徴ある主計町茶屋街(金沢市主計町)

「中の橋」から見る浅野川大橋

右手が主計町茶屋街。左手は浅野川とそれにかかる浅野川大橋。奥が卯辰山(金沢市主計町の「中の橋」から)

瞳サーボAFはバストショットから効く

朝から金沢城公園、兼六園、金沢21世紀美術館、ひがし茶屋街・主計町茶屋街と一日中歩き回り、万歩計は1万5000歩を超えました。施設間の移動は「北鉄バス1日フリー乗車券」(おとな500円・こども250円)を購入し、15分間隔で運行する「城下まち金沢周遊バス」も利用しました。カメラ機材がさほど重くなく、天気が良ければ「まちのり」というレンタサイクルを利用するのも便利でしょう。

EOS M6 MarkIIは本体もレンズも小さく軽いので、持ち運びにはカジュアルなスリングバッグ「thinkTANK Turn Style20」(内寸21×38×12.2cm、リンクは新型のV2.0)を選びましたが、本体1台と広角、標準、望遠、マクロ、パンケーキのレンズ5本が入ってもまだ余裕がありました。

主計町茶屋街では何度か坂を上ったり下りたりしてもらい、瞳を認識して追従する「瞳サーボAF」の効きを確かめてみました。小さく写る状態で顔認証AFが効き始めて、バストショット程度の大きさから「瞳サーボAF」が効き始めます。だいたい顔を45度くらい傾けると外れてしまいますが、旅行で持ち歩くスナップ撮影程度の通常の使用方法で困ることはないでしょう。

【写真特集】秋の古都・金沢

後編は、個性的なマクロレンズ、連射(RAWバースト)での野鳥撮影、やサイレント撮影を活用したアコースティックライブの撮影などの作例を中心にお送りします。

 

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