作家・町田康が断酒して感じた、寂しくも心地良い生き方とは

(撮影・萩原美寛)

「酒こそ、人生の楽しみ」だったという、パンク歌手、作家の町田康さん(57)。30年間1日も休まず飲み続けたお酒を4年前に断ち、その内面の葛藤や自身の変化が、エッセイ「しらふで生きる 大酒飲みの決断」(幻冬舎)に綴られています。町田さんは「断酒」というテーマを起点に、「自分自身」や「幸せ」「楽しみ」に対する自己認識までをも覆していきます。

お酒に限らず、多くの人が「やめたくてもやめられないもの」を抱えています。それを断ったとき、一体どんな生き方が見えてくるのでしょうか。町田さんが振り返る「大酒飲みの時代」や、断酒のエピソード、現在の「しらふ」の日常の心地良さについて聞きました。

「酒を飲みたい」その根底は何なのか?

(撮影・萩原美寛)

断酒は「人生にとって重大事だった」という町田さん。エッセイを執筆するきっかけは、本書の編集者とのふとした会話でした。

「2015年の年末、編集者に会った時に『うちに他所から貰ったいい酒があるんだけど、飲みませんか?』と聞いたんです。『どうしてご自分で飲まないんですか?』と聞き返されたので、つい『実は俺、酒やめまして』と言ってしまった。それなら断酒について連載をしませんか、という話になりました。15年11月26日に酒をやめてから、1週間くらいしか経っていませんでした」

(撮影・萩原美寛)

断酒してからの1カ月間は、お酒への強烈な欲求に苦しんだといいます。町田さんは自分自身に「そもそも、酒を飲みたいというのはどういうことだ?」と問いかけていきました。

「『飲みたいな、でも飲んではいけないな』というレベルで考えていると、やめられないんです。飲みたいという気持ちの根底は何なのか、自分の中で考えることが酒をやめるひとつの方法だったのかな。書くことは酒とは別に人生の習慣になっていますから、それで乗り越えられたとは思わないんです。書いて言葉に定着することで、考えが深まっていったということはあるかもしれません」

それから4年経った現在、断酒を継続しているというより「飲まない人になった」という感覚なのだといいます。

「酒をやめて3年過ぎた頃に『そういえば、そんなもんを飲んでた頃もあんねんな』と思うようになりました。今はもう頑張らなくても、お酒を意識することはほとんどなくなりましたね」

飲んでなければ、飼い犬ともっと向き合えたかな

(撮影・萩原美寛)

泥酔して道路で寝てしまい「交通を途絶させたこともある」など、ひと通りのお酒の失敗はしたという町田さん。数々の失敗や心身の不利益を飲酒による「負債」であると捉え、誰に強制されるでもなく断酒の決断を下しました。お酒の後悔で最も大きいのは、2年前に亡くした愛犬、スピンクのことだといいます。

「1番大きいのは自分の犬ですね。10年ほど生きてたんですけど、彼の人生の前半分くらいは酒を飲んでいました。飲んでなかったら、もうちょっと色んなことができたかな。もったいない、かわいそうなことをしたな、という後悔はあります。酒を飲んでいると『向き合う』ということがなくなるんです。自分中心というか、快楽が強烈な分、誤魔化されてしまう。向き合わなければいけないものと向き合わなくなってしまうんです」

現在、犬2頭、猫5匹と暮らしている町田さん。彼らとの関わり方は、断酒後に大きく変わったそうです。

「以前は、猫の世話などを”雑事”として分けていたんです。最近はそういう時間も、ひとりの時間として味わうというか、無為な時間を大事なものに感じます。僕にとって『やらなければいけないこと』は2つあったんです。1つは『締め切りまでに原稿を書くこと』。2つ目は『酒を飲むこと』。これは絶対にやらなきゃいけない(笑)。でも今は、1つ目だけをやってればいいんですよ。朝5時、6時に起きて、遅くとも午前10時までには、その日の締め切りは終わらせるというスタイルを20数年貫いているんです。夕方になったら『早よ、酒呑まな』というのがあった。雑事は『酒を飲むために処理すべきこと』だったんです。今は急ぐ理由が何もない、自由なんです」

(撮影・萩原美寛)

振り返って「酒があってよかった」ことはあるか、という問いに、町田さんは「あまりない(笑)」との回答。ご自身の小説では、酒に溺れる登場人物が数多く描かれていましたが……。

「それはありますね。全然飲まない人が想像で描くよりは、自分が酒でどん底になった体験、酒でぐずぐずになった人間の意識のつながり方というか『つながらな方』。ぶつ切りな感じがより分かるというのはあります。小説家というのは本来、観察して書くものですけど。酒飲みのどうしようもなさというのは内面的に書ける。だからなんだっていうのもありますけど(笑)。それと文学的価値はまた別ですから」

空気や光の変化、それだけで心地いい

(撮影・萩原美寛)

町田さんは断酒をするなかで「せっかく生まれたんだから幸せにならなきゃいけないとか、義務化してしまうと苦しい。1回それをやめてみたほうがいいかもしれない」と考えました。しかし、それは人生を諦めるという意味ではないといいます。

「人生はどうせ苦しいんだから、どうなったっていいという虚無退廃に陥るのはよくないな、と思うんです。酒をやめてから、ものすごく小さな喜びや、発見が日常の中にあるなと気づいた。僕自身でいうと、割と山の中に住んでますから、空気の変化とか、光の変化が気持ち良いとか、くだらないことなんです。例えば、スプーンがなくなったとしますよね。『あれ、スプーン……あった!』って、見つかった時パッと凄く嬉しくなってる。この嬉しさって、昇進とか、栄爵を受けるといった喜びと、実はそんなに変わらないんですよ。でもすぐに忘れてしまう。心地良さって割と儚くて頼りない、でもそれが根源にある気がするんですよね」

目や耳から感じ取る、ささやかな心地良さ。それは、お酒という口から入る心地良さに集中していた頃には得られなかったものでした。

「強い刺激に慣れていると、飽き足らなくなってどんどん刺激が強くなっていく。それで脳が麻痺して、何がいいのか悪いのか分からなくなっていたと思います。刺激をなくして『人生そんなに楽しくもないよね』と思って寂しく生きていると、そんなことが嬉しいんですよ。だから別に虚無的になる必要もない、そんなに悪くもないよと」

断酒の最大のメリットは「何もしないでいられること」

(撮影・萩原美寛)

以前は、自宅でひとり晩酌をするのが好きだったという町田さん。「しらふ」となった今は、どんな過ごし方をされているのでしょうか。

「本を読むのは半ば仕事のようになっていますから、YouTubeで漫才やコントを見るくらいですね、寂しい奴です(笑)。家事をしながら流しています。職業柄かもしれませんけど、批評的に見てしまう癖は強いですね。そうすると仕事のアイデアが浮かんだりもしますから」

ミュージシャンでもある町田さんは、音楽を流すと歌詞を書き始めて1日中没頭することもあるそう。「どこまでが仕事かは難しいところ」だといいます。

「本当に脳が休まるのは無音の時ですね。すると、文脈の中での考えが一旦止まるので、感覚が自由にたゆたっている感じがします。そんな無為がずっと続くと耐えられないかもしれないですけど、洗濯物を畳んで重ねていくとか、そういう時に無音にするといいですね。だから脳が休まる時は、家事ですよ(笑)。「酒をやめた最大のメリットは『早く終わらせたい』と焦らなくなったことです。全てをその時間として味わう。焦らないで何もしないでいられる、それが大きいですね」

 

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