自由業者のがん周知っていつ、どこまで?(未婚のひとりと一匹と:12)

猫回に乱入するコヤナギ(イラスト・コヤナギユウ)

推定7歳、捨てられたスコティッシュホールドのメス・くるみ。先日、無事に遺失物からコヤナギユウの所有物になって、少し高額な治療(歯石除去)もやっていこうとなったところです。

でも、猫にとって病院は、人間よりもストレスのかかるもの。月に1度、爪切りのために通院しているから、次の通院で歯石の除去をお願いすることにします。歯石がなくなれば食欲も増すはず。それまでは、平穏な日常を楽しんでもらいましょう。

少しずつ、春の日差しを取り戻してきた3月。暖かさに比例して、人間嫌いで頑なだった猫の「液体化」も進みます。その様子を友だちが見に来るようになりました。

乳幼児には無反応、大人女子には圧倒される猫

「液体化」の進む猫の様子

わたしの職業はデザイナーやライターなど多岐にわたるのですが、旅行先のレポートを書く旅ライターもやっています。冬の公園で捨てられていたくるみを保護してくれた「猫達人」は、旅取材つながりのブロガー。もともと猫を飼っており、保護猫活動も旅のレポートと同じように発信している方です。くるみを保護したときも同じように発信していて、それを見てわたしが一目惚れしたということは、連載2回目に書いたとおりです。

これだけ個性的なお顔で、クセのある猫ちゃんです。猫達人の投稿に注目していたのはわたしだけではありません。この猫をわたしがもらい受けたとTwitterに投稿したとき、驚いて喜んでくれた人たちがいました。

「はじめまして」でいただいた猫へのプレゼント。特に小皿は「くるみちゃんに似てるから」とのこと!

親戚のように猫のおやつを山盛りくれる友人や、わたしとは初対面なのにSNSで猫のことを知っていて、「初めまして」と言いながらお土産をくれたり。人に会う度に「良かったね」「おめでとう」と祝福されます。幸せでいっぱいの気持ちになり、未婚のわたしは「結婚祝いってこんな感じかもしれない」と思えました。

ある日突然、友人から届いたアップリケ。
わたしの描いたイラストがもとになっている。

猫との生活も落ち着いてきたので、家を訪ねてくれる友人も出てきました。

小さな頃から動物をたくさん飼っていたという友人は、乳幼児を連れて遊びに来てくれました。もうすぐ腰が据わるかどうか、といった月齢です。乳幼児に猫を見せてみても無反応でした。きっとまだ猫以外のものも目新しいのでしょう。そして、くるみの方も無反応。たぶん興味がないのでしょう。逃げも嫌いもしないくるみの「無反応」は、人間にとって好都合です。無事に記念撮影にも成功しました。

乳幼児と記念撮影。

印象深かったのは猫達人と、共通の友人「猫先輩」さんです。彼女はわたしと同じくらいの早さで猫達人のくるみ関連投稿に「いいね」し、老猫の行く末を見守っていました。自身でもすでに猫を2匹飼っている猫先輩。しかも、そのうちの一匹は一緒に暮らして1年以上経つというのに、人間が触ることを良しとしない「アンタッチャブル猫」で、親近感がわきます。

猫達人と猫先輩が遊びに来たときも、くるみの様子は落ち着いたものでした。最初こそ、初めて生くるみの姿を見た猫先輩の「感動圧」に驚いたものの、いつものテントでまったりしていたり、トイレに行ったり。

部屋の掃除をするときも、音に全然動じないのですが、触られない限り初対面の人間が来ても動じないようです。人間達もそんな猫の存在に慣れ、お酒の勢いもあって宴もたけなわになると、人間の声が騒々しかったみたいで、初めて、わたしのそばへ来て近くに座ってくれました。

いつもは猫と2人暮らしだから、わざわざ寄り添って過ごすようなことはないのですが、かしましい大人女子の勢いに、少しだけ心細く、あるいは抗議したかったのかもしれません。いつもの調子でよたよたと歩き、トイレに行くかと思いきや、そばに座ってわたしの顔を見上げてくれました。

コヤナギを見上げるくるみ

我が家に来て2カ月半。体調が悪いのか、やせっぽちで俯きがちな老猫がアイコンタクトを取ってくれるようになってきました。関節炎はよくなることがないので、あいかわらずよたよた歩いているけれど、その存在感は日に日に増していきます。そこに、あの儚げな雰囲気はもうありません。

少しずつ仲良くなってきたのだな、と、ついつい顔を埋めようとすると、本気でシャーっと怒られますけどね。

「乳がん」という事実、誰にいつ、どこまで伝えるべき?

乳がん摘出の手術前に行うべき検査はすべて終えた3月中旬。忘れていましたけれど、わたしの会社が12年目に突入しました。12年といえばひとまわり。何かしらお祝いしてもいいのかもしれませんが、従業員がわたしだけなのでパスです。

20代最後のこの季節に、わたしは友人の後押しを得て個人事業主から法人化しました。何か大きいことを成したかったわけではないけれど、「結婚前の腰掛け独立」と思われるのがいやだった、というのが一番大きな理由かもしれません。

あれから自分なりには、いろんなことへ挑戦して、失敗して、復活して、失敗して。会社はギリギリ残っているけれど、週に3日は業務委託で常駐の仕事をして、それ以外の時間で自分の仕事をしている状態。肩書き的には社長だけれど、実質は自由業です。

手術前の検査は一通り終了し、来週には手術範囲が「部分」なのか「全摘出」なのかはっきりして、入院期間やその後のスケジュールが見えてきます。さてさて、この「乳がん」という事実、誰にどこまで伝えるのがいいのでしょうか。

猫を見に来た友人などには伝え始めましたが、悩むのが仕事関係です。

確実に入院でお休みするわけなので、伝えなくちゃいけないけれど、心配されすぎて仕事が減っても困ります。早ければ早いほうが先方のためにはなるでしょう。でも、復帰の目安まで伝えなければ、仕事がなくなって終わり、です。

仕事まわりの人には、手術の摘出範囲が決まって、入院期間がはっきりしてから伝えることにしました。

でも正直、術後にどんな様子になるか自分でもわからないから、受託の仕事だけやっていくのは不安だと気がつきました。

乳がんなんて、たいしたおっぱいもない独身のわたしに関係あるものだと思ってもいなかったし、手術は心底いやです。でも、起こったことをどう捉えるかはわたし次第。運が悪かったとふさいでいたって前には進めません。

うまくいかないときや、失敗してしまったとき、いつからか唱えている言葉があります。

「起こったことはすべていいこと」

起こってしまった覆らない事実を憂えていても仕方ないなら、発想の転換をするしかありません。悲劇と喜劇の違いはBGMだけなのです。

クライアント任せの受託仕事だけでは不安。ならば自分主体でできる仕事も、少しは持っておいた方がいいということ。自分主体……自分が中心、たとえば著者としての仕事とか? そうだ、この体験を、どこかで連載できないかな。

わたしの文章は話題になるようなタイプのものではないので、自分を売り込むには説得力に欠けると考えていました。でも、「乳がん」のわたしなら? しかもめちゃめちゃかわいい猫までいるし。

この体験が、わたしの、ひいては誰かの「いいこと」にならないかな、と貧乏性のわたしは考え始めました。

アップリケはテントの表札にしました。

 

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