閉鎖したキャンプ場を継いだ男性 再オープンのために過疎の町でやったこと

「龍山秘密村」を運営する川道光司さん

静岡県西部、急峻な山が連なる浜松市天竜区龍山町のはずれで「龍山秘密村」というキャンプ場を運営する川道光司さん(41)。この場所は、もともと閉鎖された村営のキャンプ場でした。川道さんは龍山町に移住するとこのキャンプ場を再整備し、2017年4月に再オープンさせました。見ず知らずの土地でひとりで事業を始め、生活を切り開いた川道さんにお話をうかがいました。

休眠中のキャンプ場に出会い、移住を決意する

千葉県出身の川道さんは、東京の大学を卒業すると商社に入社し、3年間務めたのちに退職。その後、海外を放浪します。

「もともと旅が好きで、学生時代にはしょっちゅう海外に行っていました。商社に勤めたのはお金がなかったからで、お金が貯まったら辞めるつもりでした。結局会社には3年半ほどいて、そのあとは海外を4年ほど放浪しました。いずれは帰国して自然にかかわる仕事がしたかったので、日本に戻ると富士山のそばにある自然学校に勤めました。そこでは農業や林業、狩猟などの技術を身に付け、それをツールとして自然ガイドや子供たちとのキャンプなどを実施していました。この自然学校は、僕にとっては修業の場だったんです」(川道さん)

森の中にある「こどもひみつむら」。これらの遊具も川道さんの手作りです。

川道さんは自然学校で6年間勤務しました。その間に様々なスキルを身に付けると、新たな道を模索し始めます。自然学校を辞めると決めた2015年、龍山町に地域おこし協力隊員として赴任していた自然学校の元同僚から連絡がありました。

「彼女は休眠中だったこのキャンプ場のことを教えてくれたんです。実際に見に行くと、すごくきれいに整備されていたんですよね。海外を放浪していた頃から、いつかは自分のキャンプ場を持ちたいと漠然と考えていたので、この場所はとても魅力的でした。現地を見たその日にここを引き継ぐことを決意しました」(川道さん)

多くの人たちに、龍山の自然、そして生活を知ってもらいたい

キャンプ場を引き継ぐにあたり、川道さんは地域おこし協力隊員の制度を利用します。「地域おこし協力隊」とは、人口減少や高齢化に悩む地方に移住、定住を促すべく開始された制度です。隊員は希望した自治体の嘱託職員として採用され、その土地に住みながら地域協力活動を行いますが、活動期間の3年間は給料も支払われるため、キャンプ場を再整備して軌道に乗せるということも、比較的少ないリスクで行うことができるのです。

「地元の人たちは、いずれこのキャンプ場を復活させたいと考えていて、敷地はきれいに維持されていました。僕がここを引き継ぐということになり、地元の人たちも『また多くの人が訪れてくれる』と喜んでくれましたし、市も全面的にバックアップしてくれました」(川道さん)

キャンプ場の中央にある大きなヤマザクラは、龍山秘密村のシンボルツリーとなっています。

龍山秘密村は地元のNPO法人の名前で運営するということになり、その制度のメリットを生かして国から補助金も得られました。その予算で川道さんは場内のカフェを改装し、倉庫やクライミングウォールも増設しました。川道さんはこの場所で”自分が本当にやりたかったこと”を始めました。

「僕は多くの人たちに自然のことや山の暮らしを伝えたかったから龍山に来たんです。今は毎月2回、自然のなかで遊びながら暮らしのことや地域の魅力などを子供たちに伝えるプログラムを実施しています。龍山は、山で生計を立てるという暮らしが染みついていて、60代や70代のおじいさんが毎日山に入って仕事をしていて、女性だって急な斜面の畑で働いています。

ここに来れば、そういったことがおのずと理解できるんです。また先日は子どもたちと山で遊んだんですが、僕は猟師でもあるので、子供たちの前で鹿をさばいて見せました。鳥をさばいて子どもたちと一緒に食べることだってあります。子供たちを地域の人のおうちに連れていくこともあれば、一緒に畑仕事をすることもあります。こういった経験を通して、龍山の暮らしを味わってほしいんです」(川道さん)

見ず知らずの土地でひとりで生きていくための「覚悟」

龍山でキャンプ場の運営をすると決めるにあたり、川道さんはもうひとつ大きな決断をしています。それは海外で暮らしていた頃から一緒だった妻との別れでした。

「移住にあたり、彼女とは別々の道を歩むことにしたんです。龍山でこういうことをしたいという僕の想いが彼女とは一致しなかったんです。他に仕事を持ちながら龍山で生きていけるとは思えなかった。だから仕事も生活も一緒になるだろうし、お互いの気持ちが同じでないと無理だと思ったんです。ここで一緒に暮らしたかったんですけど、彼女は彼女でやりたいことがあったんですよね」(川道さん)

ニワトリも数羽飼われています。ペットではなく、食料として飼われていて、子供たちの目の前で絞めることで、命を頂くということを教えます。

そうしてキャンプ場を引き継ぐことになった川道さんですが、オープンにこぎつけるまでには、仲間はもちろん、地域の人たちにも大いに助けられました。現在は川道さんと女性スタッフの2名で運営していますが、夏のピーク時は知人が手伝いに駆けつけてくれるそうです。地域の人たちも掃除などを手伝ってくれるとのことですが、川道さんと龍山秘密村は、この地域にとって欠かせない存在となっています。

龍山はいわゆる過疎の町ですが、人口が少ないため住人同士がグループを作ってお互いけん制するというようなことはありません。詮索やねたみといったようなことはなく、ストレスを感じることはありません。もちろんどこかで何かがあれば手伝いに駆けつけなければなりませんが、それはお互い様のこと。そんな人間関係が、川道さんにとってはとても心地がいいのです。

「僕もいい歳なんで、野良仕事や大工仕事、畑だけでなく、コンピューターの経験だってあります。ひとりで生きていくためには何でも出来ないと大変だとは思いますが、こういった場所で人とのかかわりの中で生きていくためには、何よりも覚悟がいちばん大事なんだと思います。自然学校にいた頃、僕には覚悟がなかったんでしょう。だから地域の人たちにも(覚悟の無さを)見透かされていたんだと思います。龍山では覚悟を見せなきゃと思い、移住を決めるとすぐに家を買って土地も買い、何があっても出ていかない、自腹を切ってでも(キャンプ場を)続けるという気持ちを見せました」(川道さん)

カフェではコーヒーや軽食だけでなく、アルコールも提供しています。夜には親子キャンプのお父さんが訪ねてくることも。

読者の中には、休日のキャンプなどでその土地の景色や雰囲気を楽しんでいるという人もいるでしょう。ですが田舎での生活となると、きれいごとでは済まされないこともたくさんあります。移住先で新たな生活を切り開いた川道さんも、現在の環境を得るためには言葉に出来ないような苦労もたくさんあったことと思います。ですが川道さんの言うように、覚悟さえあればどんな場所や状況でも人はきっと生きていけるはずです。インタビューの最後に、川道さんはずっと龍山で生きていく覚悟を口にしました。

「龍山は高齢化率が70%近くにもなりますが、人口がどんどんと減って、いずれは人がいなくなっちゃうかもしれません。そうなってしまう前に龍山の歴史、生活を受け継ぐつもりです。そして自分が龍山の人間だということを、自信をもって言えるようになりたいです」(川道さん)

地域の自然や暮らし、生活など多様なテーマで教室を開催しています。子ども向けが主ですが、大人向けの講座もあるそうです。

 

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