初めて「ドヤ街」の宿に泊まったときの話~元たま・石川浩司の「初めての体験」

ドヤ街の宿は意外に快適だったが…(イラスト・古本有美)

以前このコラムにも書いたが、僕は「出前ライブ」というのをやっている。端的に言えば、僕が出張して演奏するサービスだ。通常は演奏料のほか、交通費や宿泊費を別途いただいている。しかし、知り合いのイベントに出て、そのまま地方の馴染みのライブハウスをまわる時などは交通費や宿泊費をもらっていないため、いかに経費を抑えるかが課題となる。そこで利用してみたのが、安いことで有名なドヤ街の宿だ。今回のコラムでは、ドヤ街について語りたい。

なんとか宿泊費を抑えたくて…

交通費や宿泊費をいただかない地方遠征では、できるだけ経費を浮かせたいところだ。とは言っても僕は車を持っていないため、交通費についてはせいぜい金券ショップで数百円浮かせるのが関の山だ。そこで経費削減の対象になるのが宿泊費だ。

しかし、近年は宿泊費も安くない。軒並み料金が上がっている。少し前ならビジネスホテルなどの素泊まりは3000~5000円くらいで泊まれたのだが、いまでは7000~8000円はかかる。このため、数十人規模の小さなライブだとギャランティも多くはないので、交通費と宿泊費でほとんど消えてしまうなんてことになる。

そこで頼りにしたいのが友人や知人だ。地方遠征をしているミュージシャンは、知り合いの家に泊めてもらっている人が多い。僕もそれにならって友達の家に泊まってみたのだが、微妙な感じもあった。

僕は意外と神経質なところがある。友人だけならまだしも、友人の家族がいるとトイレに行くのにも気を使って疲れてしまう性格だ。ライブが終わって深夜にお邪魔することにも抵抗がある。

さらに、前回のコラムでもお伝えしたが、僕は自分のホームページを毎日更新しているため、友人が寝た後も小一時間かけてホームページの更新作業をする。そうすと、ホームページの更新が終わって寝ようと思った時には、友人の家族が起きてしまう時間になることもあり、寝不足で「お邪魔しました~」を言わなければいけない状況になるのだ。

こうしたことから、仮眠室のあるサウナやスーパー銭湯などに泊まっていたこともあったが、やはりこれも落ち着かなかった。

意外と快適だった「ドヤ」

そこで考えたのが安いことで有名な「ドヤ」である。

ドヤとは、日雇い労働者などが泊まる簡易宿泊所で、宿(やど)を逆さに読んだ言葉だ。この「ドヤ」が集まる街を「ドヤ街」と呼ぶ。有名なのは、山谷(東京)、寿町(横浜)、釜ヶ崎(大阪)で、日本3大ドヤ街といわれている。ちなみに釜ヶ崎は、あいりん地区や西成と呼ぶ場合もある。

3大ドヤ街のうち、東京と横浜は泊まらずに帰れるので、年に4~5回ライブをしている大阪の釜ヶ崎に泊まってみようと考えたのだ。ちょっとした興味や憧れみたいなものもあったのかもしれない。

初めて泊まったのは今から15年ほど前であろうか。第一印象は「意外と普通じゃん」だった。値段は1500円くらい。部屋は確かに狭くて布団以外にはわずかなスペースしかないが、それでもテレビや小型冷蔵庫が備え付けられていた。

海外の安ホテルに泊まったことがある人なら何の問題もないだろう。ただ、なんとも言えぬ汗と煙草の臭いのようなものがこびりついていて、「まあ体験としてはいいけど、ライブ疲れに臭いのある部屋はちょっと遠慮するか・・・」という気分になった。それ以来、「ドヤ」に泊まることはなくなり、安いビジネスホテルをなんとか探して泊まっていた。

変わるドヤ街

ところが前述の通りホテル代がどんどん高騰。やむにやまれず「また別のドヤにもチャレンジしてみるか」と思ったのが今から5年ほど前だ。

そこで驚いたのが、10年ほどの間にドヤが大きく様変わりをしていたことだ。昔は労働者が主だったが、その姿は全く消え、メインは安価で宿泊したい外国人観光客。なんならファミリーで泊まっている人もいた。

そういう人たちが新たなターゲットになったため、館内もリニューアルされていて、臭いや不潔感も全くなかった。館内の説明表示板にも英語が並んでる。

共用のトイレは清潔なウォシュレットになり、浴場の他に24時間のシャワールームもある。宿によっては、女性が好むブランドのシャンプーとリンスの貸し出しや、女性専用フロアを設けているところもある。

部屋は確かに狭いが、たいてい広い談話室や簡単なキッチンスペースがあり、大型テレビにはゲームやDVDも備わっている。もちろんフリーWIFIも完備してある。アジア人の観光客はテレビの「叩いてかぶってジャンケンポン」に大笑いし、欧米人の老夫婦は向かい合って静かに読書をしている。これは驚きだった。もうドヤとは言えない、立派な新しいタイプのホテルだ。

「あのあたりは大阪でもディープゾーンなのでちょっと危険だよ」という声も聞くが、それは一昔前の話。深夜に女性ひとりで路地裏を歩かない限り問題ないと思う。近くの商店街は、外からもよく見える飲み屋が多い。

そんな釜ヶ崎も星野リゾートが建設を予定したり、商店街を中華街にしようという話があったりする。ドヤだけではなく、街も変わっているのだ。

安いのはもちろんだが、今のうちにちょっとした異文化コミュニケーションの場として、ドヤに宿泊体験してみるのはありかもしれない。機会があったら、泊まってみてはいかがだろう。

 

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