進む「たばこ規制」と”統計を用いたインチキ”に思うこと

規制が進むたばこ(Photo by Getty Images)

皆さんはたばこを吸う習慣はあるだろうか。かつては「大人の嗜み」のように言われ、昭和40年頃には80%以上の成人男性が吸っていたたばこも、今や男性が28%、女性が8.7%ほどしか吸わなくなっている。(JT全国喫煙者率調査より)

また、喫煙を取り巻く環境も変化している。すでに様々な自治体で喫煙のルールが厳しくなって久しいが、2020年には東京都で「受動喫煙防止条例」が全面施行となる。これは特に飲食店に対して従業員への受動喫煙を防止するもので、従業員を雇っている店舗は原則禁煙となり、喫煙を可とする場合は喫煙室の設置が義務付けられるという、非常に厳しいものである。

たばこによる健康被害

こうした喫煙に対する意識や環境の変化は、「たばこは体に悪いものである」という認識が広まったからこそである。

喫煙者本人に対する健康への影響はもちろんだが、近年では他人が吸込む受動喫煙の影響がより強く問題視されている。

特に2016年に国立がんセンターが受動喫煙による肺ガンリスクを、それまでの「ほぼ確実」から「確実」に格上げしたことで、より強く受動喫煙防止のためのルール策定が求められるようになた。それを厳しい形で打ち出したのが、都条例であるといえる。

こうした世間の風潮に対して困っているのが喫煙者たちだ。喫煙者がたばこを楽しむ場所は、どんどん減ってしまっている。この流れに反するためか、喫煙者の中には、とんでもない暴論に乗っかってしまう人がいる。

「統計を用いたインチキ」

なんと「たばこと肺ガンに因果関係はない」と主張する人がいるのだという。皆さんはテレビでよく見かける学者だという人が、「実はたばことがんに因果関係はない」と言っているのを聞いたことがないだろうか?

その学者は喫煙率が減少しているのに、肺ガンは増加しているというグラフを出す。そして、40年でたばこを吸う人の数は半分になったが、肺ガンになる人は5倍に増えたなどと主張するのである。

しかし、それは統計の誤用である。たばこは吸ってすぐに体にガンを生み出すものではない。長い喫煙習慣が咽頭や肺にダメージを与え続け、徐々にガンが発生しやすい体にしてしまうのである。

たばこを吸い始めてからガン発生率がハッキリと増えるまで20年以上かかるとされており、実際1970年代中頃から喫煙率が低下し始めたアメリカでは、1990年代頃からたばこによる肺ガン死亡率が低下しているのである。

テレビでよく見かける科学者が提示したグラフは、その少し手前。喫煙率が減っている一方で、まだたばこによる肺ガン死亡率が増え続けている一定の期間だけを切り取ったグラフなのである。

こうした手法は、一時期よく見た、少年犯罪が著しく多かった昭和の期間を切り捨てて、ごく近年だけを比較して「少年犯罪が増えている!凶悪化している!」などとやっていたのと同じやり口なのだ。

一方で、「肺ガンになる人は5倍」についても、同じような印象操作だ。

肺ガン死亡者数を見ると、1970年には1万人を超える程度だった肺ガン死亡者数が、2017年には7万人を超える人数になっている。5倍どころか7倍である。

しかしこれもまた、統計の誤用だ。そもそも肺ガンはもちろん、ガンという病気そのものの最大要因は「老化」である。

医学の進歩によりガン以外の病気が死因になりづらくなった分だけ、最終的な死因がガンになる事が増えていることから、ガン死亡数自体は、当面増え続けることになるだろう。

なので通常、ガンでの死亡の問題を考える時は、ガン死亡者の実数ではなく、高齢化などの年齢構成の影響を取り除いた「年齢調整死亡率」が用いられるのである。

こうした統計を用いたインチキは、本来であれば笑って無視すればいいだけの話だが、たばこを排除する社会的風潮の中で、こうしたインチキに騙されて一縷の望みを託してしまう人たちもいる。

しかし、こうしたインチキにすがればすがるほど、結局はその嘘がバレて立場を悪くしてしまう。

たばこ規制の歴史とは、裏を返せばこうした「たばこにはガンリスクはない」とか「受動喫煙の影響は軽微だ」とか「たばこに依存性はない」と主張し続けてきたたばこ側の敗北の歴史なのである。

次に規制の”ターゲット”となり得るもの

そしてそれは、決してたばこだけの問題ではない。例えば酒だ。たばこと同じ嗜好品で身体的にも社会的にも悪影響があり、依存性もある。

「酒は百薬の長」なんてことを言う人もいるが、アルコールが体に良い作用をもたらす分量はごくわずかで、ビールなら500ml、日本酒なら1合、チューハイなら350ml程度と言われている。

お酒を趣味にする人で、そのような分量で満足できる人はいるだろうか? 間違いなく、僕は無理だ。

たばこの次に酒が悪者にされたとき「実はアルコールは飲めば飲むほど体にいいんです」などと言ってくれる学者が現れたら、それを賛美しないことができるだろうか?

また、マンガやアニメ、ゲームといった趣味もそうだ。

これらに身体的依存性は無いが、近年では「ゲーム障害(ゲーム依存症)」をWHOが国際疾病分類に加えたり、また犯罪行為や女性軽視に繋がるのではないかという疑念の目で見られている。

現在は「仮想と現実の区別がつかないことはない」と主張できているが、WHOがゲーム障害を病気であるとみなしたように、ゲーム以外のマンガやアニメにも「科学的に問題がある」という属性が付与される可能性は否定できない。

これらのメディアの愛好者は規制への反発が強く、その反発を世界的なポリコレの動きやフェミニズムに対抗するために政治的に利用するものもいる。その中には相手をこき下ろすような過激な主張を行う者も散見される。

もし、科学的に問題視されれば、ここぞとばかりに世間からのバックラッシュ(反動)を浴びる可能性は決して低くはないだろう。

こうした、必要のない人には全く必要がなく、しかし必要な人にとってはとても必要な趣味的なものが社会的な問題を内包してしまう。

そんなときに、その問題を無視したり、またそれに反発するために科学的根拠を欠くインチキなものを利用してしまうことは、最終的に自分たちの立場を悪くして、どんどんクビを締めることになるのである。

必要なのは、たとえ社会的な問題や科学的な問題があるにせよ、それでも自分の趣味を守るために、しっかりと声をあげ続けることである。ゆめゆめ、自分たちの好むことが、問題を一切含まないなどという空想を語るべきではない。

たばこの問題はその他の様々な趣味を持つ人達にとって、注視すべき他山の石であると言えよう。

 

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