スポーツイベントとカジノの切っても切れない関係 五輪とカジノ(上)

バンクーバー五輪フィギュアスケート会場(photo by Mars Matsui)

車窓の向こうに現れたカジノの看板

2020年の東京五輪を間近にして、思い出すのはバンクーバー五輪でのことだ。

2010年2月、ぼくは五輪観戦のためバンクーバーに来ていた。飛行機を降り、市内に向かっている時、電車の窓からカジノの看板が見えた。

リバーロックカジノの看板(photo by Mars Matsui)

カジノは世界約140ヵ国にあり、日本人の主な海外渡航先では台湾以外にほとんどある。もちろんカナダにもあるが、今回はあくまで五輪が目的だったので、カジノは遠慮するつもりだった。

だが、カジノの看板を見てたちまち気が変わった。目の前にあるとわかってしまっては見過ごすことはできない。

電車を降りて通路を進むと、そのままカジノに繋がっていた。ここで降りたらカジノに行くのが当たり前といわんばかりの造りだ。素直に従い、進んでいくと、カジノがポッカリ、口を開けていた。

入り口はこんなに開放的(photo by Mars Matsui)

ここへ来てカジノか五輪かで迷う

入り口に立ち、ぼくは自問自答した。今回の目的はスポーツ観戦だ。しかもこの日、早く会場に行けば観戦に間に合う試合があった。そんな状況にもかかわらず、カジノか試合かで迷っている自分に呆れる思いがした。しかもやってきた初日である。ここで我慢できないようでは先が思いやられる……。

珍しく自制が効き、ぼくは試合会場に向かった。

会場に向かう(photo by Mars Matsui)

試合会場は静かな森にあった。チケットも残っていてすんなり入ることができた。試合も熾烈な戦いで大満足だった。こんなことをいえば「この人、大丈夫か?」と思われそうだが、カジノではなく試合を選んで本当に良かったと思った。

あとはカジノに行くだけだ。

バス停に来ると乗車待ちの長い列が出来ていた。観客が殺到しているのだから仕方がない。バスは来るが一向に乗れず、時間はどんどん過ぎていく。あたりもすっかり暗くなってきた。

宿泊先はバンクーバーからバスで1時間ほどの隣町だった。
カジノには行きたいが、今からだとカジノで徹夜になりそうだ。いくら何でもそれはまずいと、ぼくでも思った。この日は諦め、宿に向かった。

宿には日本から来たファンが集っていた。
翌日は競技の空き日だったので、連れだって観光に出かけようという話になったが、ぼくだけ断り、カジノに行った。後で聞くと、それが理由でぼくはすっかり浮いていたらしい。

五輪開催地ならではの多彩な人々

カジノは外国から来た人で賑わっていた。
カジノという場所はそもそも「人種のるつぼ」だが、この時は見るからに多彩な人々がいた。試合観戦のついでにカジノを楽しむ人が多かったのはもちろんだが、競技を終えたあとの関係者もいた。

なぜわかるかというと、見れば一目瞭然だからだ。一般人と比べ、スポーツ選手は体型や体格が違うし、立ったり歩いたりする姿勢はもっと違う。五輪期間中にそんな人が連れだって来ていれば、一目で関係者とわかるものだ。

この人たちではありませんが……(photo by Mars Matsui)

彼らはフランクに話し、自分たちのことを隠したりはしなかった。なぜなら隠す必要などないからだ。

日本にはカジノがないのでその感覚が理解されにくいが、カジノとスポーツイベントは相性がよく、試合のあとにカジノで遊ぶことはよくあることだ。日本のスポーツ関係者も海外遠征の際には地元のカジノで遊ぶことがある。それがあまり知られないのは誤解を避けて言わないからだ。

元来、スポーツ選手は負けず嫌いでギャンブル好きも多く、しかも勝負強かったりするのはこの世界の共通認識だ。彼らと一緒にゲームをしながら、日本にもこんな時がやってくればいいのにと、ぼくは思った。

ちょうどその頃、日本でもカジノ開設の動きが活発になっていた。やがて2020年の東京五輪が決まると、日本政府が相乗効果を狙ってカジノのオープンを開催に間に合わせようとした。

結果的に間に合わなかったが、カジノとスポーツイベントとは相性が良いというのも理由のひとつだったのだ。

 

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