「インドに漂着したお相撲さん」を演じた元力士がインド映画に出るまで

身長188cm、体重180kgと大きな身体の田代さん(撮影:萩原美寛)

まわし姿の力士が、インドに流れ着くーー。聞くからに荒唐無稽(こうとうむけい)なストーリーのインド映画。その予告編が400万回以上再生されるなど、ネットで話題になっています。

タイトルは、その名も『Sumo』。南インドで使われているタミル語の映画で、2020年1月に現地で公開されます(日本公開は未定)。漂着した力士を演じたのは、田代良徳さん(43歳)。かつては東桜山(とうおうやま)という大相撲の力士でした。

ケガが原因で31歳のときに力士を引退した田代さん。なぜ、俳優の道に進んだのでしょうか? どのような経緯でインド映画に出演することになったのでしょうか? 話を聞いてみました。

「大きな流れに巻き込まれた感じだった」

ーーそもそも日本人がインド映画に出ること自体、珍しいと思うのですが、どのような経緯だったのですか?

田代:「インドで映画を撮りたいんだけど、力士役を探している。今スタッフが日本に来てるから会ってくれないか」って、突然インドから別の会社を通じて、うち(田代さんが所属する「お相撲さんドットコム」)に連絡があったんです。

「いいですよ」って言ったら、5~6人のインド人がやってきて、スマホで写真を撮らせてくれとか、スタジオがどうのこうのって話が始まったんです。出る出ないの話もしていないし、「ストーリーもまったくわからないんだけど」って言ったら、紙を1枚渡されて。いきなり大きな流れに巻き込まれたみたいな感じでした。それが今年(2019年)の3月です。

ーーそれまでの人生でインド映画に出演することを予想したことはありましたか?

田代:辛いものが苦手なんで「インドに行きたい」なんて微塵も考えたことがなかったです。でも、実はそれまでに3回インドに行っていて。なんかインドに引っ張られているんですよね。

ーーその3回は、すべて仕事ですか?

田代:そうです。2年くらい前に、インドの俳優と一緒に下着のCMに出るっていう仕事で行ったのが最初。サルマン・カーンっていうとんでもない有名人で、インドでは「3大カーン」と呼ばれる俳優のひとりです。「サルマン・カーンと共演したのか! じゃあ一緒に写真撮ってくれ」とか「握手して」って、共演したこっちまで引き上げられるくらいの人。今回の映画のときも「僕、インドでこの人と共演したんですよ」なんて言ったら、それでもう話が決まっちゃったというか。

サルマン・カーンとのCM共演の思い出を語る(撮影:萩原美寛)

ーー撮影では実際にインドに行ったんですよね?

田代:まずは6月の初めに富山県でロケがスタートしました。それから千葉県で撮影したり、なぜか「富士山が見たい」って山中湖で撮影したりして。月末から7月上旬まで(髪を担当する)床山さんと2人で、インドのチェンナイに行って撮影しました。

ーーインド映画の撮影は、日本のやり方と違うのでしょうか?

田代:日本の撮影だったら台本があって、香盤(撮影する順番や出演者などをまとめた表)があって、全部決まるじゃないですか。でも(インド映画では)なんもないんですよ。台本もなければ、明日のスケジュールもわからない。

インドでは映画産業が盛んだから、「台本を作るとパクられる」って言うんです。だから主演のシヴァって俳優の頭にだけストーリーが入っている。その隣でバインダーを持っている人がいて、彼が言ったことを書いていく。それだけが台本なんです。

ーー出演者はストーリーの細かいところまで教えてもらえないのですね。

田代:空港でロケしたとき、アラブの服を着せられたんです。そのときはなんでその格好をしてるのかわからない。でもとりあえずやっていたら、撮影が進むうちに「ああ、そういうことか!」、「だからあそこでこうだったんだ」って点と点がつながっていくんです(笑)

ただ、カメラマンは「これがインド式だとは思わないでくれ」って言ってましたけどね。「(今回のスタッフは)クレイジーだから」って。

中国で春節に公開される映画『唐人街3(原題)』にも出演する(撮影:萩原美寛)

ーー『Sumo』の予告編がネットで話題になったのはご覧になりましたか?

田代:見ました。まぁ色物というか、相撲の王道のストーリーではないから、インパクトはデカいだろうなって思っていて。でも日本で話題になるとは思ってなかったんですよ。インドで「なんだこのデカいヤツは!」って話題になるくらいだと思っていたくらいですから。インドで作った映画という「波紋」が、時間をかけて日本まで届いたみたいな不思議な感じです。

肩書きは「スーパーモデルです」

ーー田代さんはなぜ、俳優やモデルの仕事をするようになったのでしょうか?

田代:小学生の頃から相撲をやっていて、(相撲で有名な)明大中野高校に進んで明治大学まで行って。卒業してプロに入ったんです。22歳でした。

ーー31歳で現役を引退したのは、ケガが原因だったと聞きました。

田代:ヒザと足首の手術ですね。足の横にアキレス腱みたいなのがあるんですよ。腓骨筋腱(ひこつきんけん)っていう。それが2つブチ切れちゃって。50日間入院したんです。足、ヒザときたから、「次、腰をケガしたら歩けなくなるよ」って言われて、ドクターストップです。

引退して後援会、タニマチさんの会社に入れていただいたんですが、正直、飯を食うためだけに働くなかで、夢がないってすごくつらいことに気づくんです。現役時代は目標に向かえばよかったから。

夢がないから、声をかけられたものはとりあえずやってみようと思って。ホームページの会社を作ったんですよ。それプラス、身体が大きいから、「お相撲さん役で出てください」みたいな話があって。これってニッチなところだけど、僕らみたいなデカいやつしかできないし、動きもお相撲さんだった人にしかできないじゃないですか。それで今の会社の社長と話をして、「悪役商会」じゃないですけど、お相撲さんだけの会社があってもいいんじゃないですかねって話になって。仕事を受けていくうちに、CMなんか何十本出たかわからないくらいになったんです。

撮影中「暑い」と言ったところ両側に冷風機が置かれたという(撮影:萩原美寛)

ーー引退後、そのまま相撲協会で働くという考えはなかったのですか?

田代:協会に残る人っていうのは「年寄株」っていうのが必要なのと(在籍が)幕内以上、十両何場所以上って決まりがあるんです。それは全力士の数パーセント。だから「残ろう」っていう個人的な考えでなれるものではないんです。

大学で教員免許をとった人はそっちに行ったり、高校とかでコーチみたいなことをする人もいるけど、僕は自分の相撲が中途半端に終わっているから、教えられる立場じゃないなっていうのがありました。

ーーでは、田代さんの今の肩書きは?

田代:全然わからないんですよ(笑) ファッション雑誌『VOGUE』に出たこともあるので、冗談で「スーパーモデルです」って言ったり、本の著者ですとか、アクターですとか偉そうに言ってますけど。実態は相撲に関するマルチなことをやっているだけです。

「相撲に助けられてきた」

ーー現役を離れてから、相撲に対する見方が変わったところもありますか。

田代:かなりあります。力士っていうのは恵まれている。そのことに気づいてないっていうか、現役のときは夢中だからありがたみがわかってなかったんです。今の精神で昔に戻れたら、もっと頑張ると思うんです。昔は昔で必死だったんだろうけど、歯がゆい部分がありますね。

だから今は歯がゆかった部分、「あの時こうしておけば」という失敗がないように、思いっきりやろうと。インド映画に出て、どうなるかわからないんですけどね。(予告編が公開されて)日に日にインド人からSNSの申請がくるんです。「インドじゃスーパースターだよ」って言ってくれる人もいて。全然知らない人から「電話番号を教えろ」ってメッセージが届いたり。

ーー夢や目標が見つからない人はどうすればいいと思いますか?

田代:僕なんかが偉そうに言えないんですけど、家でゴロゴロしているだけなのに「なんかいいことないのかよ」って言う人がいる。「ほんとお前は楽しそうでいいよな」って。でも僕は、そういうのに時間を使うのがもったいないと思っているから、なんでもいいから外に出ようと思うんです。物理的に外に出るだけじゃなくて、いろんなところにアンテナを張るとか。退屈だったら、なんにでも新しいことにチャレンジする。それで失敗しても、次につながるわけですし。

つねに「この仕事で新境地を開く」っていう意識でやっているんです。この映画もそうです。「インドという扉をこじ開けてくるぞ」ってインドに渡って。新しい世界を広げていこうっていう気持ちがあるんです。

事務所の後輩である元力士たちと(撮影:萩原美寛)

ーーまた「インド映画に」という話があったら出ますか?

田代:もちろんもちろん。どうなるかわからなくて面白いじゃないですか。インドのスタッフが今でもテレビ電話してくるんですよ。用もないのに「元気? 何やってんの?」って。皆、明るいし。新たな仲間ができたなって思うんです。

CMに出たのもそうですけど、僕が実績を残すと後に続きやすいでしょうし。こういう仕事をやってる人も少ないから、若い人たちがこれから同じような仕事やマネージメント、相撲の所作を指導するみたいなこともできるでしょうしね。

ーー人生、めちゃくちゃ楽しそうですね。

田代:相撲をやってたときはすごくつらかったわけです。稽古はキツいし。でも今は、相撲がいろんなところに連れて行ってくれている感じがするから、やめないでよかったなと思います。自分には目標がなかったって話しましたけど、僕のやれることの道筋が、相撲を通してあることに気づきました。現役時代はうまくいかなかったこともあったけど、結局、相撲に助けられてるんですよね。

 

TAGS

この記事をシェア