「煙のないカウンターは興ざめ」 下北沢バー店主の“たばこ文化論”

バー「ネヴァー・ネヴァー・ランド」の店主・下平憲治さん(撮影・斎藤大輔)

ひとりひとりが考える未来」は、たばこ、タトゥー、自動運転など意見が分かれるテーマについて多様な考え方を伝え、ひとりひとりの読者と共に、日本の未来を考える特集です。

2020年夏の東京オリンピック・パラリンピックを前に、東京都は喫煙ルールを大きく変えます。18年6月に成立した「東京都受動喫煙防止条例」は、翌7月に成立した国の「改正健康増進法」よりも厳しい内容です。

条例は、すでに一部施行されています。病院や区役所などの行政機関は、屋内で完全禁煙に。飲食店は「全面禁煙」「喫煙室あり」など、対応を店頭に示すことが義務化され、2020年4月からは、従業員がいる飲食店は、原則として禁煙とするか喫煙室の設置が必要となります。

東京都受動喫煙防止条例の概要

都の方針に歓迎の声が上がる一方で、飲食店主や愛煙家を中心に「客が減る」「実態に即していない」と否定的な意見も出ています。

東京・下北沢で創業41年のバー「ネヴァー・ネヴァー・ランド」を経営する歯科医師の下平憲治さん(57)も、新ルールに否定的な人の一人です。話を聞いてみました。

バーと寿司屋は違う

インタビューに応じる下平憲治さん(撮影・斎藤大輔)

――受動喫煙防止条例について、どう思いますか?

下平:うちは従業員を5人雇っているので、都条例では規制対象になり、喫煙室を作らないと屋内ではたばこが吸えなくなります。残念です。

――喫煙室は作れませんか?

下平:うちは50平米ぐらいで広い店ではないし、店内で音楽ライブをすることもあるので、スペース的に喫煙室を作ることはできません。たばこを吸いたいお客さんには、外で吸ってもらうしかないですね。店の入り口を出たところに、共有スペースのベランダのような場所があるので、そこを喫煙所にする予定です。

お客さんの7割ぐらいは喫煙者なので、経営的にもかなりマイナスになりそうです。スタッフやお客さんたちが納得しているなら、今まで通りでいいんじゃないかと思ってしまいます。条例だから従うしかないですが、アメリカなどの海外を気にしてやっているだけのようにも見えます。

――どういう喫煙ルールが良かったと思いますか?

下平:たばこを吸っていいかどうかは店側に決めさせて、吸ってもいい店からは税金を取る仕組みだったら良かったと思います。都の税収も増えますから。喫煙室を作ると補助金が出るそうですが、税金のムダですよ。飲食店というのは競争が厳しく、新規オープンした飲食店の約半数は1年以内に閉店してしまう。補助金で喫煙室を作ると3〜400万円ぐらいかかるので、店が潰れたらそれが全部ムダになってしまいます。内装業者は儲かるでしょうけど。

バー「ネヴァー・ネヴァー・ランド」の店内の様子(撮影・齋藤大輔)

――バーにたばこは必要ですか?

下平:必要だと思います。バーは単にお酒を飲むだけでなく、人との交流を求めて来る人もいます。お酒が飲めない人の場合、ソフトドリンクばかり飲んでいても間が持ちません。たばこを取り出してライターで火を付け、煙を吐き出す。そういう所作があるから、お互いリラックスしてしゃべれるんです。大の大人がカウンターでウーロン茶ばかり飲んでいたら、カッコつかないじゃないですか。興ざめですよ。

――たばこのないバーは、確かにちょっと寂しいかもしれないですね。

下平:たばこは文化の一つでもあるんです。身体に悪いというのも分かりますが、むげに否定していいものかなあと。たばこって、間(ま)の文化なんですよね。酒を飲んでいて、ちょっと話が詰まったときに、たばこが会話のアクセントや句読点になる。会話の潤滑油になりますよね。

カウンターで知り合って意気投合しても、ずっと会話を続けるのは辛いものがありますから。ライターを貸し借りしたり、火を付けてもらったりするのも、会話の糸口になります。店の天井には、たばこのヤニでシミができているんですが、これもまた店の歴史として味になります。

――バーでたばこを吸う姿は、なんとなく自然に見えるのは分かります。

下平:たばこを吸っていると、自分の時間を作っている感じが生まれます。間を取っているというかね。たばことバーは、相性がいいんですよ。バーという空間は、食事を楽しむことがメインの寿司屋さんや洋食屋さんとは違います。飲食店だからといって全部一緒くたにするのは、無理があるのではないでしょうか。大手チェーンはまだしも、うちのような個人経営の店は、経営者の判断で良いように思います。

もっと“素敵なルール”を

店内に貼ってあるボブ・ディランのポスター(撮影・齋藤大輔)

――下平さんの世代は、たばこを吸うのが当たり前の時代でしたね。

下平:まさかバーでたばこが吸えない時代が来るとは思いませんでした。店の壁に貼っているボブ・ディランのポスターも、たばこを持っているから動きが出るし、表情も立体的に見えますよね。何も持っていなかったら、また印象が違うでしょう。若い人から見ればズレているかもしれないけど、大人が上品にたばこを吸っている姿は絵になるし、かっこいいと思います。

――歯科医師として、たばこの害についてはどう思いますか?

下平:ニコチンが人体に有害なのは間違いないし、歯周病などのリスクを高めるのも事実です。たばこは医学的に見て“悪いもの”なんですが、それを言うなら、たばこを我慢するストレスのほうが有害かもしれません。マナーを守ってきれいに吸うのであれば、あとは個人の自由でしょう。ルールはあってもいいけど、もっと素敵にいきましょうよ。

たばこと灰皿(撮影・齋藤大輔)

――今のルールは素敵ではない?

下平:素敵じゃないですね。なんでも禁止にするのではなく、もう少しゆるやかにできないものかなと思います。

――下平さんはたばこ吸いますか?

下平:吸いません。実家が長野でたばこ屋をやっていたので、兄たちはヘビースモーカーでしたが、私は体質的にたばこの煙が合わなかったんです。

――それでもたばこのある空間が好きなんですね。

下平:映画や演劇、音楽といった文化や芸術について語り合うときって、酒とたばこがつきものだと思います。文化や芸術が生まれるには、精神的にリラックスした自由な状態や、他者への寛容さ、優しさが必要なんでしょう。そういう精神状態って、お酒やたばこと相性がいいんですよね。たばこの煙と一緒に出てくる言葉って、結構本音なんですよ。

インタビューに応じる下平憲治さん(撮影・斎藤大輔)

 

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