孤独の流儀を学べ! 立ち食いそばでの「イケメンたち」の振る舞いに憤る

そばの味を楽しむには冬でも天ざるが一番

最近、職場近くの立ち食いそばで昼食を済ますことが増えた。以前は運動をかねて遠くの定食屋まで歩いていたのだが、仕事が増えてのんびりすることもままならなくなった。長時間の座り仕事の合間に立って食事すると腰が伸びるメリットもある。

13時過ぎでも近隣オフィスのサラリーマンで店は賑わい、身体を斜めにして譲り合わないと食べられないこともある。箸や七味が切れたことを店主に知らせる人や、待ってる客に「ここ空くよ」と声を掛ける人もいる。多忙な客同士がお互いの快適さを尊重しあう温かな空間である。

意外と多い「気の利かない客」

そんな店にもときには気の利かない客がやって来る。店がごったがえしてるのに椅子に座ってのんびりテレビを見る人、器の隣にスマホを置いてドラマを見たりゲームをしたりする人。あろうことかテーブル上にダウンジャケットを置いて堂々と2席占有する人もいる。

空いてるレストランなら何も問題はない。しかしここはサラリーマンに人気の立ち食いそば店である。誰もが短い昼休みを割いて腹を膨らませに来ている。

そんな狭い店内でそばが乗ったトレーを持ち待つ人がいるのに、イヤホンで耳をふさいで気づかないならまだしも、横目で見ながら何も動かないというのはどういう神経なのだろうか。

このコラムが載るDANROは「ひとりを楽しむ」というコンセプトを掲げる媒体である。言葉通りに取ればひとりを楽しんでいるのは、どんな状況でも空気を読まずにマイペースを貫く客の方なのかもしれない。

しかし個人的には、これはどうかと思うのだ。別に周囲をうかがってビクビクしろと言っているわけではない。周囲をチラッと見回し、立っている人がいたら椅子を外してわずかなスペースを作り「どうぞ」とひとこと言うだけでいいだろう。

声を出すのが億劫ならジャケットをテーブルの下にしまったり壁にかけたりするだけでもいい。スマホのゲームもドラマも、ここでは遠慮すべきだ。せめて空いてる時間に来ればいいことで、混み始めたらポケットにしまい続きは後で見るべきなのだ。

悪しきマイペースを守る「イケメンたち」

なぜこの手のマイペースが、ひとりを楽しむ孤独の流儀に反していると感じるのか。それは他人の「ひとりを楽しむ」を妨げているからだ。ひとりを楽しむことを真に愛する人は、他人がそうすることへの配慮を持ってしかるべきである。

悪しきマイペースの人たちを観察していると、どこか共通点があるように思えてならない。それはたまたま見た人がそうであっただけかもしれないが、庶民的な店で目を引くほど身なりが小ぎれいなことだ。パリッとしたスーツだったり、おしゃれで高そうなセーターだったり。髪型をことさらにカッコよく整えているように見える人も少なくない。

そういう客は、例外なく店を出るとき「ごちそうさま」を言わない。その是非について、ここでは論じるのをやめよう。ただ、事実としてそうなのだ。

平たくいえばクールなイケメンなのだ。やや偏見混じりに言えば、彼らのしぐさから感じられるのは過剰な自己愛である。自分の快適さを限りなく追求するために、周囲が多少犠牲になることなど気にならないのでは、と穿ってしまうほどだ。

本来立ち食いそばは「ひとりを楽しむ」には最適の空間である。ひとりで来てひとりで帰る。ファミレスのように騒がしくなく、限られたスペースで誰にも邪魔されずそばに向き合う。立ち食いとバカにしたものではない。店主だってプライドを持って美味とコスパを追求しているのだ(少なくとも行きつけの店は間違いなくそう)。

そのような店でひとりでも多く「ひとりを楽しむ」時間を過ごせるように、お互いが広い視野を持ちながら、ちょっとした思いやりを持ち寄ることが大事なのだ。常連たちの洗練された振る舞いを見ているとそういう思いが強くなる。

ひとりの空間で現れる「人間の本性」

また、これは完全に余計なお世話であるが、気になるのはそのようなナルシスティックなイケメンたちが野に放たれた(店を出た)後にどういう行動を取るかということだ。空気を読むおじさんたちをバカにしてカッコいいファッションでマイペースを貫く姿は、若い女性には魅力的に映るに違いない。

しかし、もしも立ち食いそば店での振る舞いを知ったら彼女たちはどう思うだろうか。それでもイケメン最強と思う人と、いくらイケメンでもそういう男とはやっていけないし、自分を大切にしてもらえなさそうと感じる人もいるのではないか。

難しいのは、あえて立ち食いそばをデートコースに組み入れるくらいでは男の本性を見破ることは難しいということだ。目の前に女性がいれば気に入られることを全身で敏感に察知し、どんなことでもするのがイケメンという種族だ。

もちろん、見かけも中身も兼ね備えたイケメンだっているに決まってる。それを見抜くには立ち食いそば店のような、集団の中で個に戻る空間における「孤独の流儀」に人間の本質が現れることを知っておいて損はないだろう。

 

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