ハリウッドでFBIやロス市警の訓練に協力する日本人アクター

FBIのシャツを着て取材に応じるエルさん(撮影:萩原美寛)

FBI(アメリカ連邦捜査局)やロサンゼルス市警の訓練に、犯人役を「演じる」ことで協力している日本人女性がいます。神奈川県出身で、現在はアメリカで暮らす俳優のエル・ギブソンさんです。

エルさんはハリウッドで舞台や映画に出演する傍ら、2014年からFBIで、18年ごろからはロス市警での訓練に参加しています。警察官の訓練には立てこもり犯と交渉したり、自殺を図ろうとする人を説得したりするプログラムがあり、そこで犯人や自殺志願者などの役を担っているのです。

エルさんは、どのような経緯でこの珍しい仕事をするようになったのでしょうか。なぜアメリカで俳優になろうと考えたのでしょうか。

「ヤバい役ならエルだ」と推薦され

ーーFBIやロス市警での仕事とは、どのようなものですか?

エル:警察官のたまごとか、交渉を担当する人、精神科医向けのトレーニングがあって、そこで立てこもり犯人とか、ビルから飛び降りようとしている人を演じています。「シナリオアクティング」とか「シミュレーションアクター」と呼ばれる仕事です。

例えば、私が犯人としてナイフや銃を持って立てこもる。「元カレと話したい。呼んでほしい」と要求するわけです。交渉役は説得したり、時間を延ばしたりする。それで訓練のあと「ここがダメだった」とか話し合うんです。大規模な訓練でヘリコプターや警察犬、SWAT(特殊部隊)まで出てきたこともあります。

ーー「犯人」の設定はあらかじめ用意されているのでしょうか。

エル:ある程度は決まっていて、あとは訓練を評価する上官と話し合って決めます。事前に一致させなきゃならない情報がいくつかあるんです。犯人の名前、家庭環境、服用している薬とか。最近は、警察に通報した人や、事件の目撃者もやっています。目撃者がパニックになっているとき、いかに情報を引き出すかっていうのが重要な訓練になるんですね。

ーー訓練はFBIやロス市警の施設でやるわけですよね?

エル:はい。FBIは3重くらいのスクリーン(チェック)があります。空港みたいなセキュリティーです。施設内にグッズが売っている店があって、知人の子供にお土産を買ったことがあるんです。「私にはFBIの知り合いがいる」って書いてある「よだれかけ」を(笑)、たどり着くまでには5重のチェックがありました。

アルツハイマー病支援団体のポスターと(撮影:萩原美寛)

ーーなぜ「犯人」を演じる仕事をやることになったのですか?

エル:2014年ごろ、ハリウッドの舞台でサイコパスな役をやってたんです。攻撃的というか「ヤバい役」が多かったんです。「ヤバい役はエルだ」みたいになっていて。すると劇場の人から「実は、FBIの訓練で長い時間ヤバい犯人を演じられる俳優を探している」って話があって。「やっぱりエルじゃない?」って推薦してくれたんです。

ーー訓練での演技は、舞台や映画での演技と違うのでしょうか。

エル:一応チームというか、ローテーションがあって、何人かで回してるんですけど、みんな舞台とか映画でもバリバリやってる俳優なんです。でも映画とか舞台は、リアルを追求するより噓を入れたほうが面白い。あくまでも「見せて楽しませる」というところがあると思うんですけど、警察でやるときに見せようとしてもしょうがないんですよね。あくまでもリアリティーを追求する。

ーーその中で学んだことはありますか。

エル:例えば、犯人が銃を持って立てこもってるとします。犯人が「世界中が自分を嫌っているんだ」って言うとする。そのときに「そんなことはないから、早く銃を置きなさい」って相手を否定しちゃうと、犯人にとって自分を嫌う人がひとり増えるんですね。

それって、普段の生活でもあることです。「私は嫌われている」とか「恋愛がうまくいかなくて」ってネガティブなことを言う人に「そんなことないよ」っていうと、ネガティブにネガティブが重なる。だから、まず「どうしてそう思うの?」から入るといいんです。すると「この人は私の話を聞こうとしてくれている」という風になるので。

音楽家の父とライブをすることも(撮影:萩原美寛)

ーー俳優になったとき、この変わった仕事に就くことは想像していましたか?

エル:もともといろいろやってみたいっていうのは、すごくありました。社会福祉にも興味があって、セラピーのような要素を演劇に取り入れることに興味があったんです。

最近、アルツハイマー病の支援団体の仕事をしたんです。患者さんが不安になっているときに、どう声をかけてあげればいいのか、っていう映画に出演して、社会福祉の知り合いの方が増えました。そんな風に、毎日違う人に会えるっていうのもありがたいと思っています。

「夢は東京でバリバリ働くこと」

ーーなぜ、俳優になろうと思ったのですか。

エル:本当のことを言うとあまりかっこよくはないんですけど、目指したという感じではなく、自然になったんです。父が音楽家、母が画家という環境で育って、舞台をたくさん見て育ったので、時間芸術、バレエとか映画、TVドラマ、動く芸術ですね。それにすごく興味があって。ただ、3、4歳の頃から早く海外に出たいなと思っていました。仕事をするなら海外でって。

ーー日本でやろうとは思わなかった。

エル:悪口で言うじゃないんですけど、本当に東京が合わなくて。自信がなかったんです。幼稚園ぐらいのときから東京の競争社会を見て育ったので、東京で働くという選択は全くなかった。怖かったんですね。メンタルが「お豆腐」なので。

周りにいた東京生まれ東京育ちの友達って、女の子は大学を卒業したら、みんなお見合い。専業主婦になる人が多かったんです。子供をいかに良い幼稚園に入れるかというところが大きくて。子供のころ「母親が仕事をしている」と言うと「お父さんの音楽で食べていけないから?」って言われたことがあります。だから「海外に逃げた」という感じです。

自らの性格を「lazy(怠惰)」だというエルさん(撮影:萩原美寛)

ーー大学を卒業して、アメリカにすぐ渡ったというわけですか。

エル:初めはニューヨークで劇場学を学んだんですけど、体調を崩したりして、一度帰ってきました。占いが得意だったので、東京で占師になったんですけど、やっぱり海外に行きたくて、1年ほどで今度はイギリス・ロンドンのドラマスクールを受験しました。そこからはずっと海外です。

ーー海外で暮らすほうが大変そうな気がします。

エル:いや、いまだに(東京にある実家の)近所のスーパーに行くのも怖くて。ブルブルです。日本では俳優っていうと、美人じゃないといけないとか、女性っていうのもあって、ついこの間も「いまだに赤ちゃんを産んでないなんて」とか「アメリカまで旦那さんを探しに行ったんでしょう?」って言われて、びっくりしました。

ーーそれに比べたら英語を勉強するほうがマシだった。

エル:そうです。怠惰な人間なんですよ。もちろんチャンスがあれば、東京でも何か仕事をと思いますけど。東京でやっていくには相当なメンタルじゃないと、と思いますね。

ーーそう思うと、アメリカのほうが自分に合っているんですね。

エル:アメリカは「あなたの頑張り次第でどうにもなります」って国なので。イギリスの学校にもアメリカからの留学生がたくさん来てたんですが、いま思えば、アメリカ人の努力体質をイギリスの学校が求めてたんだなって思います。

特にロサンゼルスはリベラルな土地で、外国人が多いんです。「エル」は本名なんですが、日本で「エル」って名乗ると「えっ?」ってなるんですよ。「もう一度お願いします」とか「エリさん?」って。アメリカは外国人が多すぎるから「はい。エルね」って。何が変わっていて、何が普通というのがないところがすごい思います。

ーーでは、これからもずっとアメリカで仕事を続ける?

エル:夢は、東京でバリバリ働くことなんです。できることなら住んでみたい。けど、本当にメンタルが「ガラス」なので。東京に憧れがあるんですけど、どうしたら東京に認められるんだろうっていうのが、よく分かっていないんですね。

 

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