「自分が自分らしくいるために」 女性医師がフリーランスの医師になった理由

フリーランスの医師の斎藤彩さん(撮影・西島本元)

女装する小説家・仙田学が自立した女性の生き方やライフスタイルに迫るこの連載。今回紹介するのは、フリーランスの医師として活躍する斎藤彩さん(41)です。斎藤さんは13年間、総合診療医として総合病院や診療所に勤めましたが、限界集落で働いたことをきっかけに、医療に対しての考え方が変わり、フリーランスの医師になりました。

いまでは、企業の健康診断をしたり友人の病院を手伝ったりする傍ら、ワークショップなどを通して健康について考えてもらうための活動をしています。着物で診察する姿が印象的な斎藤さんに話を聞きました。

着物で診察するフリーランスの医師

ーーフリーランスのお医者さんとは珍しいですね。どんなお仕事をされているんですか?

斎藤:午前と午後で違うことをしています。午前中は、企業の健康診断をしたり、友達の病院で代打で診療をしたりしています。そして午後からは、「わの綜合医」として、お話し会を開いたり、自分の体をよく知るためのセッションを開いたりしています。

「わ」には3つの意味があります。ひとつはJapaneseの「和」で、日本の伝統文化を生活に取り入れること。もうひとつは自分の体や周りの人との対話の「話」。それから人とのご縁という意味での「輪」。この3つを通して自分らしさを取り戻していくことが大切だと考えています。

ーー着物で活動されているのですね。

斎藤:京都にいたので着物には親しみがあり、日常的に着物を着るようになったのは5年前からです。そのときは、限界集落の診療所で働いていたのですが、着物で診療するようにしました。わらぶき屋根で土間がある造りの家が多く、風景にもマッチするし、高齢者の方にも喜ばれるからです。

今は、企業の健康診断では洋服、友達の診療の代打のときは着物、と使い分けています。着物を着るとしゃきっとするし、言葉にも説得力が出てくる気がするんです。帽子をかぶったり、中にタートルネックを着たり、おしゃれも楽しめるし、舞台衣装みたいな感覚なんです。

斎藤さんが着る鮮やかな色の着物(撮影・西島本元)

医者の仕事に感じた疑問

ーーそもそもどのような経緯で医者になったのですか?

斎藤:もともとは脳の研究をしたくて医学部に入りました。医者になろうと思ったのは5年生の頃でした。父親も医者なんですが、そのすすめもあって京都の病院に就職しました。研修医時代は、とにかくナースさんや患者さんとしっかりとコミュニケーションを取ることを大切にしていました。その人にまつわるストーリーを知ることが好きだったんですね。

その後、京都の病院に7年、大津の病院に6年勤め、総合診療医としてさまざまな症状の人を診ましたが、この症状に対してこの処方箋を出してみたいな、機械の修理をするようなことはしたくない、と思うようになりました。

ーー医者の仕事に疑問を持つようになったということでしょうか?

斎藤:病気を治すには、症状だけでなく、その人の根本的な問題を解決する必要があるんです。たとえば血圧が高いという症状があるとして、その人が若い男性なのか、高齢の女性なのかで原因は全く違ってきます。ただひとつ言えるのは、頑張りすぎたり無理をしすぎたりしているときに病気になりやすいということ。

もちろん患者さんがたくさん来れば医者としての経験値は上がるんですが、それってどうなの、という疑問を研修医の頃からずっと持っていました。そのうち、「病人を再生産してお金儲けをしている」という世界が嫌になったんです。そもそも医者がいないと健康を維持できない、という状態をなくしたいなと。自然治癒力を高めるためにやるべきことをやって、それでもわからないときだけ聞きに行く。医者ってそういう存在だと思うんです。

ーーそれでは斎藤さんが考える医者の役割とはどのようなものですか?

斎藤:自分自身が健康で幸せ、というライフスタイルのモデルを示す存在。それが医者の役目なんじゃないかと。「あの人みたいになりたい、あの人のマネをしたい、そうすれば健康で幸せになれる」と思わせるのが医者の役目ということですね。それが本来の役目で、ケガなどでどうしても対処療法が必要な場合にだけ診察をしたり薬を出したりするべきなんです。いつかは医者という存在が必要なくなり、「病気」とか「病院」という単語が過去の遺物として、歴史の教科書に載るような未来になればいいなと思っています。

本気でそういうことを考えだしたのは、大津市のクリニックを辞めて、大津市の端の限界集落で働くようになってからです。そこは市営の診療所で、私は市の職員として勤めていました。高齢者の方が多い地域で、診察をして、話を聞いて、薬を出すのが仕事だったんですが、高齢者の方の中には長年つきあってきた薬を手放すことに恐怖を感じる方が多かったんです。

フリーランスの魅力とは

インタビューに応じる斎藤彩さん(撮影・西島本元)

ーーそういう考え方を少しでも広めたいと考え、フリーランスの医者になったのですね。

斎藤:組織の中にいると、どうしてもその業界の枠というか、常識とされる事に自分を合わせる必要が出てきます。「医者のいらない世界を目指している」とか、「病気は身体からのメッセージである」といった考えをわたしだけの場所で話している分には構わないけれど、病院内で話してしまうと、私とは違う考えの医者もいるので患者さんが混乱してしまいます。人目を気にせず、自分が自分らしくいるためにどうしようかと考えた結果、フリーランスになりました。

ーーそして移住されたのですね。

斎藤:限界集落の診療所に勤めて3年ほど経った頃、大阪の能勢町の古民家で、あるNPO法人がコミュニティを作っているという話を聞きました。これからの時代を担う子どもたちの学びや成長を助けるというコンセプトで、いろんな得意分野を持つ人たちを募っていたんです。保育士さん、助産師さん、看護師さん、料理人の方、いろんな人が来ていました。私もそこに参加して、野草を採って料理をしたり、掃除をしたりするうちに居心地がよくなってしまって。初めて遊びに行ったその日に移住を決めました。

いまでは、企業の健康診断をしたり、友達の病院を手伝ったりする傍ら、お茶会を開いて自然治癒に関する話をしたり、自分の体をよく知るためのセッションを開いたりしています。

ーーフリーランスでいることの魅力とは?

斎藤:ひとりで家にいる時間が増えることで、丁寧に生活ができることです。料理をしたり、裁縫をしたり、そんな時間に豊かさを感じています。家の中で静かに過ごすことの中に楽しみを見つけられたことが一番の魅力です。

 

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