バーでの「ひとり飲み」の振るまい方 僕がバーに通えるようになったワケ

絶品のハイボールを堪能した(イラスト・古本有美)

子どもの頃、大人になったら叶えたいと思っていたことがいくつかあった。その一つが、行きつけのバーを持つことだった。

お酒は好きだけど、ひとりで行くのは大衆居酒屋ばかりの自分にとって、バーは異次元の世界であり、敷居をまたぐことができなかった。意を決してある店に飛び込んでみたものの、その世界に馴染めず、あっさりと敗退したことは以前書いた。

だが、バーに通うことをあきらめたわけではなく、密かに機会を伺ってはいたのだ。その執念が実ってか、最近ようやく通えるバーを見つけることができた。

まさかこんなところにバーがあるとは

その店は、自宅の最寄り駅の繁華街にあるのだが、とてもバーがあるとは思えない界隈にひっそりと佇んでいた。繁華街のにぎやかな道を一本左に逸れた小径、スナックやガールズバーなんかが居並ぶなかに、その店はある。

壁にかかった小さな看板はバーのようであるが、なにせ場所が場所なので、実際はガールズバーとかぼったくりバーの類いなのではと疑った。

だがよく見ると壁に小窓がついており、中を覗くとどうやらちゃんとしたバーのようである。カウンター席のみのごく小さな店。男性のマスターが立っているのが見えた。お客はいない。入ろうかどうか迷い、何度か店の前を行ったり来たりしたが、どうしても扉を開けることができず、すごすごと帰った。

それ以来、その店が心のどこかに引っかかっていた。ついに足を踏み入れたのは、すでにどこかで飲んだ帰りでやや酔っているときだった。酔いの勢いでもないと、初めてのバーには入れないのだ。

以前、ほかのバーに意を決して入ったことがあったが、この街の主みたいな常連客がたむろしていて、どうも居心地が悪く撤退してしまった苦い思い出がある。今度の店もどうだかわからないが、少なくとも小窓から中を覗くとまだ誰もいない。「今だ!」とばかりに飛び込んだ。

オリジナルのハイボールで開眼

カウンター席の一番奥に座ったものの、例によってバーにはメニューがない。何を頼めばいいのやらである。

見ればマスターはやさしそうな人だ。年のころは私くらいか、あるいは、髪はやや薄くなっているものの肌ツヤを見る限り年下かもしれない。メガネをかけ、以前はお堅い仕事をしていたのではと思わせる、役所か郵便局にでもいそうな風貌をしていた。

さて、何を頼むか。前回、別の店では知ったかぶりをして失敗したので、今回は素直に聞いてみることにした。

「ここに来る前に多少飲んできたのですが、もう少し何か飲みたいなと思って……」
「お酒の種類は、どんなのがいいですか?」

などという質問に答えているうちに、なんとハイボールを勧められた。

実はこれまでハイボールにはあまりいい印象を持っていなかった。なぜおいしいウイスキーをわざわざ炭酸で割るのか? おいしいウイスキーはストレートやロックで飲むほうがいいのだから、ハイボールなんてものは、さほどおいしくないウイスキーを割って飲むためのものと相場が決まっている……こんなことを勝手に思っていたのだ。

だが、マスターが勧めたのは、ホワイトホースを樽で熟成させたオリジナルウイスキーを使ったハイボールだった。それなら飲んでみたいと思い、頼んでみたら、これがおいしい。今までハイボールを心のどこかで小バカにしていた己の無知を恥じた。

ようやくバーに通えるように

それから、たまに足を運ぶようになった。

繁華街という場所柄、夜中過ぎになるとけっこうお客さんが入るらしいが、私はわりと早い時刻に行くことが多いので、たいていは空いている。それもあって気兼ねせずお酒を楽しむことができる。

自分だけだったらどこかで聞いたことのある銘柄しか選べないが、マスターに今の気分を伝えれば、全く見たことも聞いたこともないお酒と出会える。あまり手に入らない稀少なお酒を飲めることもある。

こうして幾度か訪れるうち、常連というほどではないが、だいぶ顔見知りにはなれたので、気軽に入ってはその日の気分を伝えつつ、様々なお酒を楽しむことができるようになった。

肩の力を抜いて相談すればいい

以前の私は、バーは敷居の高いものだと決めつけて、変に気取ったり知ったかぶりをしてしまったりした。だからお酒もうまく選べなかったし、なによりバーにいる時間を味わうことができなかった。

今ならできる、とまでは到底言えはしないが、なにも気負うことなく、落ち着いてお酒の相談をして、ゆっくりと味わうことができるようにはなってきたと思う。

ほかのバーに行ってみようかという余裕も多少生まれてきて、先日は銀座のバーへ行ってもみた。そこはかなり年季の入ったお店だったので、入る時こそためらったものの、落ち着いてお酒や料理を楽しむことができた(ような気がする)。

とにかく気負わないことが一番だ。知ったかぶりをせず、バーテンダーさんとのキャッチボールを楽しむように、その日の気分を告げ、提案されるお酒を味わえばいいのだ。ようやく、バーの入り口に立てた気がする。

当然ながらバーテンダーさんたちはお酒の知識が豊富なので、いろいろと教えてもらえるのがありがたい。普段、目にしたことのないウイスキーを出してもらい、作り手や土地の風土、製造過程なんかの話を聞くと、ここにたどり着くまでの長い時間を思い、それぞれのお酒に敬意を表したくなる。

ただ難点なのは、飲み進めていくうちに酔いが回ってしまい、せっかく聞いた蘊蓄(うんちく)が次の日にはすっぽりと抜け落ちているのが多いことだ。「これはおいしい」というお酒に出会っても名前が思い出せず、もう二度と頼めないこともある。

なので最近はマスターに許可を取って、飲んだお酒のボトルを写真に撮らせてもらうこともある。こうすれば後日思い出せるし、同じものをまた注文することもできて助かる。ただ、お店によっては撮影をいやがるかもしれないので、ひとこと申し出てからにするのが良いと思う。

どうしても慣れないことも

こうしてバーにもいくぶん馴染めてはきたが、どうしても慣れないことがある。それはお勘定である。

バーにはメニューがないことが多く、このお酒が一体いくらなのかよくわからないで口にすることもある。お寿司の時価と同じくらい、スリリングな体験だ。

なんか高そうなボトルが出てきたときは、ちなみにこれはおいくらですか?と聞くようにはしているが、毎回注文のたびに金額を聞くのもなんだかいじましい気がして、いささか強がってしまうところはある。

最近では、「手頃な値段で、こんな感じのお酒はないですか?」などと、うまく上限を設定する技を身につけたものの、やっぱりお会計のときは毎回ドキドキしてしまう。こういうときに、普段は大衆酒場で飲んでいる人間の性(さが)が出てしまうようだ。

 

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