夢見る若者の「正直なところを見せたい」NYでwebドラマを作り続ける日本人俳優

まもなく『ジャパドリ』シーズン2の制作を開始する俳優の藤原明子さん

ニューヨークで生きる日本人の若者の日常をコミカルに描いたWebドラマ『JapaDori of New York(ジャパドリ/ジャパニーズ・ドリーミング・オブ・ニューヨーク)』。俳優の藤原明子さん(33歳)は仲間と一緒にこの作品を企画・制作・出演しています。

「『ジャパドリ』は俳優仲間3人で『あれをやりたい』、『これをやりたい』と言っているなかから出てきたアイデアです。ソーシャルメディアではみんないいことを言う。『こんなイベントがありました』とか。でも、そこだけが現実じゃない。『正直なところを見せられる作品にしたいね』ということでスタートしました」

ニューヨークでの生活は楽しいこと、刺激的なことも多い反面、ルームメイトとのゴタゴタがあったり、アパートにネズミが出たり、夢を追っている時間よりレストランでバイトしている時間のほうが長かったり、大家さんの都合でいきなり立ち退きを迫られたりというような現実も。

『ジャパドリ』には、夢を求めてニューヨークにやってきた人が「こういうこと、あるある」と共感できるようなエピソードが散りばめられています。

かっこ悪いところをさらけ出す訓練で得た解放感

藤原さんが、俳優になりたいという淡い夢を抱くようになったのは小学生の頃でした。

「ちょっと恥ずかしいんですけど、小学5年生の時に『タイタニック』を見て、この壮大なストーリーの一部に自分もなりたいと思ったんです。そこから映画に興味を持つようになりました」

しかし、高校時代に文化祭などでちょっと芝居をやった程度で、「俳優になりたい」とは誰にも言いだせず、夢は密かに心の奥にしまったまま大学に進学。そして、3年生になって周りが就活を始めた時、「今(芝居を)やらなかったらこのまま就職してしまう」という焦りを感じ、3カ月間演劇のワークショップに参加しました。

『ジャパドリ』シーズン1の撮影の様子

「普通だったら人に隠したいような部分や、かっこ悪い部分をさらけ出す訓練をしたんです。それは目から鱗の面白さでした。自分をさらけ出したくないから戦っているんですけど、さらけ出してみるとそこには開放感があって、自分が自分でいることを許される場のような気がしました」

高校・大学時代にストリートダンスをやっていた藤原さんは、鏡を見てどうやったらかっこよく見えるか研究したり、どうやったら前に出て目立てるかを考えながら踊っていました。ところが、このワークショップで学んだことはそれまで自分がしていたこととは真逆だったのです。

オーディションの結果に一喜一憂

藤原さんは大学を卒業すると就職はせず、生まれてから2歳まで住んでいたニューヨークに渡り、大学院で3年間演劇を学びます。大学院を終えると、レストランでウエイトレスのアルバイトをしながら映画やテレビドラマ、芝居などのオーディションに応募する生活が始まりました。

初めて映画で台詞がある役をゲットしたのは2018年のこと。ホラー映画『BASHIRA(バシラ)』で主人公の母親が回想するシーンで、若かった頃の彼女を演じました。立ち入ってはいけない場所に迷い込んだ彼女が、幽霊に取り憑かれてしまうという、ユニークな役どころでした。映画はまだ製作中なので、「自分でもまだそのシーンを見ていないんです」と藤原さん。映画の公開が待たれます。

とは言え、オーディションはコンスタントにあるわけではなく、しかもアジア人が応募できる役は限られています。それだけに、アジア人が登場するメインストリームのドラマや、「これこそやりたい」と思っていた仕事のオーディションがあると気合が入ります。期待しつつ結果を待ちますが、落ちた場合は連絡はきません。

「何の連絡もないまま3週間くらい経って、『ああ、やっぱりダメだったのかなあ』とじわじわと落ち込んでいく感じがあったりしますね」

マンハッタン、ブライアントパークで

藤原さんのようにアルバイトをしながら演劇を学んだり、映画や芝居のオーディションに賭ける若者がニューヨークには少なくありません。でも、日本人やアジア人の役は少ないのが現実。ニューヨークよりむしろ日本のほうがチャンスが多いのでは、と尋ねると、藤原さんはこう答えてくれました。

「同じだと思うんです。ニューヨークでは確かに日本人の役はあまりないけど競争も少ない。逆に、白人の役は多いけど競争も激しいですから」

また、「クリエイティブなエネルギーに溢れている」ニューヨークという街の魅力や、アメリカで主流となっている演劇法を本場で学びたいというのも、ニューヨークにとどまる理由だそうです。

「ベースはアメリカでやっていきたい。でも、すごく欲を言えば、アメリカと日本の両方で仕事をしたい」

それでも、過去に1度、日本に帰ろうと思ったことがあったといいます。

「大学院を卒業して1年くらい経った頃です。卒業したらどんどんオーディションを受けて、仕事を取って……と思っていたのに、現実は違っていた。ニューヨークがつまんなくなって、何にも新鮮味が感じられなくなり、日本に帰ろうかと思ったことがありました」

そこで藤原さんは、日本の俳優事務所にやみくもに履歴書を送ってみましたが、結果は芳しくありませんでした。しかし、それをやったことで迷いは吹っ切れたのか、「日本に戻るという気持ちはすっとなくなりました」。

俳優としてのライバルたちとも情報交換や助け合い

「オーディションを受けて自分と似たタイプの他の人が合格した時は、うれしいけど悔しいとか(複雑な思いが)ありますね。『ああ、この人が通ったのか、なるほど』と静かに(自分に何が足りなかったのかを)発見したり」

その一方で、俳優仲間の助け合いもあります。

「ライバルなんですけど、オーディションの情報を教えあったり。最近はスタジオでのオーディションではなく、ビデオを制作して送るケースが増えています。そうなると、誰かに手伝ってもらわなければいけないので、お互いに手伝いあったり、一緒に練習したりしています」

『ジャパドリ』は1エピソードあたり8分程度ですが、制作には多くのスタッフが関わるので人集めが大変で、費用もかかります。『シーズン1(4エピソード)』ではクラウドファンディングで1万5000ドルを集め、撮影場所はAirbnbで探し、大家さんに撮影許可をもらって撮影しました。制作過程では、スタッフの人選やギャラの交渉に失敗してお金を無駄にしてしまうなどのトラブルもありましたが、ひとつの作品を世に出せたことは大きな喜びでした。

「自分が演じる場がほしくて『ジャパドリ』を作りました。作品を作って世に出せたことはとてもうれしい。人に見てもらったり、コメントをもらったりするのがうれしかったです」

まもなく『シーズン2』の制作が始まります。

 

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