私だけじゃない! 猫も乳がんだった件(未婚のひとりと一匹と:16)

ペットと飼い主は似るっていうけどさ

人間嫌いの老猫くるみをもらい受け、都内でひとり暮らしをする独身女性のコヤナギユウです。

乳がんの摘出手術を予定していたのですが、諸事情で延期になり(前回参照)ぽっかりと時間に余裕が生まれました。入院準備でバタバタしていましたが、くるみをかまう時間が増えたと思えば嬉しいです。

その頃、くるみの異変に気がつきました。

【連載】未婚のひとりと一匹と

猫の不審な粗相

眼光が魅力のくるみ

画家の奈良美智さんの作品を彷彿させるような、眼光の鋭さを持つ猫くるみ。冬の公園に捨てられていたところを、友人の“猫達人”が保護し、わたしがもらい受けました。

猫の爪は伸びきって肉球に刺さり、人が近づけば全力で怒り、飼育放棄で心身ともに傷ついていることがわかりました。それでもわたしは、その魅力的な目に魅入られて、たとえ触れなくても、懐いてくれなくても、老猫の1匹くらい面倒を見たいと思ったのです。

猫が我が家にやってきてから4カ月が経ちました。「落とし物」から「うちの猫」になり、歯石の除去も行いました。そのとき、心肥大があり、見込み7歳と思っていたところが10歳くらいではとのこと。思っていた以上に「老猫」だったようですが、彼女の魅力が変わるわけではありません。

わたしと猫との親密さは日進月歩で進み、撫でさせてくれるセーフティーエリアは肩あたりまで拡大しました。たまには喉も鳴らしてくれます。少しずつ変化はありました。

でも最近気になることがあったのです。

くるみは、スコティッシュホールドが煩いやすい骨瘤(こつりゅう)で、軟骨変形があるため、歩くのが下手です。いつもびっこをひいており、ジャンプはもちろん、ちょっとした段差も障害になります。それでも、トイレを間違えたことはなく、トイレの縁からおしりがでていて失敗したことはあるけれど、粗相をしたことはありませんでした。

仕事を終えて帰宅をすると、くるみの定位置であるテントの前がびしょびしょに濡れていました。

水入れでもひっくり返したかな、と思ったのですが餌場から遠く、関係なさそうです。それならおしっこしか考えられないのですが、たいして臭くもないからマーキングでもない。

食欲は変わらず、猫がいまどういう体調なのかもいまいちつかめません。なんでもないならそれでいいので、翌日獣医に連れて行きました。

膀胱炎を疑っていましたが、尿も血液も特出した異常はなく、経過観察ということになりました。

「その代わり、ちょっと気になるしこりを見つけちゃったんですよね。くるみちゃん、たぶん乳がんです」

……うそでしょ!?

猫の乳腺腫瘍は9割が悪性

人間の動揺もどこ吹く風な猫は餅のよう

猫の乳腺腫瘍は9割方が悪性だそうで、しこりが見つかった時点でほぼがんだそうです。幸い、特に腫瘍が炎症をおこしているようなことはなく、痛みや違和感は感じていないだろうとのこと。また、粗相と無関係とも。

家に戻ると、くるみはいつものように過ごしています。大嫌いな獣医に連れられて、えらい目に遭ったと鼻息を鳴らします。餌場へ行って水を飲み、テントに入って和んでいます。いつものくるみの様子です。

自分が乳がんだったと分かったときも動揺しましたが、自分のことならわたしが消化すればいいだけです。でも猫のことは……そうか、飼い主であるわたしが消化するしかないのです。

何ともいえない気持ちで空を眺めていると、初めて、猫の方からわたしに近づいてきました。撫でろ、とやってきたのです。猫を撫でているとすべてももやもやが解消されていきます。くるみとの不思議な縁を感じていました。わたしの乳がんが見つかったのも、猫が来たからと言っても過言ではない(くわしくは第2回)のですから、今度はくるみの乳がんが見つかって良かった。

くるみを見ていると、まったく違和感を訴える様子はありません。わかるわかる、乳がんがあっても何も感じないんだよね。

「すべてを祝おう」

粗相が続くのでテントの位置を変えてみても変化なし

翌日、同じ場所が濡れています。きれいに拭いて、ペットシートを敷いてみると、そこで用を足すようになりました。別にいいけど……わざわざ自分の定位置の前でおしっこするのは、猫らしくない気がします。

猫の数+1のトイレがあった方がいいという記事を見つけて、トイレを増設してみました。そこには猫砂じゃなくてペットシートをいれてみると、そこでおしっこするようになりました。もしかして、「違うタイプのトイレが欲しかった」だけだったのでしょうか。

膀胱にも血液にも異常がなかったので、もしかしたら痴呆とか、そういうこともありえます。でも、それならそれで、仕方ないのです。

年を追うことも、病気を患うことも、何にも悪くありません。だから、怒ったり悲しんだりするのはナンセンスです。

むしろ、それだけ年を経てきたことを誇るべきです。病を明らかにして向き合おうとする姿勢だって、勇敢なものです。起こったことはすべていいことなのです。

それがたとえ、乳がんでも。

立ち向かえる自分を誇って、そんな自分を祝おう。
わたしはくるみを通して自分を鼓舞しました。

このとき、平成31年の4月。もうすぐ平成が終わります。

 

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