僕の部屋に居ついた愛猫「ネコヤン」との思い出~元たま・石川浩司の初めての体験

ネコヤンと子猫たち(イラスト・古本有美)

僕がまだ20歳のころ、高円寺のボロアパートに住んでいたことは以前のコラムでお伝えしたが、僕の部屋に出入りしていたネコがいた。飼っていたわけではないのだが、一緒に生活していたのだ。今回はそのネコとの思い出を振り返りたいと思う。

マタタビでネコをおびき寄せる

ある日、いつものように、たまり場となっていた僕の部屋でミュージシャン仲間とゴロゴロしていた。みんなお金がなかったので、一番安いウイスキーを茶碗に入れて、ウダウダと飲んでいたのだ。

そこに、誰かが「こんなもの、もらってきたんだけど」と、マタタビの粉末を持ってきた。そこで僕たちは、近所のネコをおびき寄せようと、粉末を水で溶いて団子状にしたものを作り、部屋の外に置いた。このあたりは野良猫が多い。マタタビに吸い寄せられたネコがパクついたら、一緒に遊ぼうという魂胆である。

しかし一向にネコが来る気配はなく、がっかりした僕たちは、団子状にしたマタタビをそのまま放置して、マージャンを始めたのだ。徹夜でマージャンを楽しみ、朝日を見ようと窓を開けると、そこには驚きの光景が広がっていた。

なんと、僕の住むボロアパートや辺りの家々の屋根に、目をランランと輝かせた数十匹のネコがこちらをじっと見ているではないか。ヒッチコックの映画『鳥』のような光景に、僕らは「ギャアァ~ッ」と声をあげた。

僕の部屋に居ついたネコヤン

そんなホラー映画さながらの体験をしてから数日後のことである。僕の部屋の曇りガラスの向こうで何かの影が動いてビクッとなった。建てつけが悪い木枠の窓をガタピシと開けてみると、そこには「ナァ~」と鳴くネコがいた。大きめの鼻の下にホクロの付いた大柄のネコ。先日の「マタタビ騒動」で見かけたネコだった。

それ以来、そのネコは僕の部屋に居つくようになった。僕はそいつを「ネコヤン」と呼び、一緒に昼寝をするようになった。夜は飼われている家に帰っているのだろう。餌を与えていなかったが、ネコヤンは毎日、昼寝をしに来た。両手を思いっきり広げて伸びをしている姿が愛らしかった。

ちなみに、僕が住んでいたアパートではペットを飼うのは禁止だったが、部屋に遊びに来るくらいはいいだろう。昭和の時代の風呂もない木造アパートは、その辺の規則は緩かったのだ。

ネコヤンが押し入れで出産

それまでネコを飼ったことのない僕は、初めてのネコのかわいさに夢中になった。僕の大好きなつげ義春の漫画に、「ネコの肉球をまぶたに当てると冷たくて気持ちいい」というセリフがあったので試してみた。確かにぷよぷよして気持ち良かった。

そしていつの間にか、みんなの溜まり場だった僕の部屋に、たくさんの友達に混じってネコヤンがいることが自然な光景となっていた。

そんなある日、ネコヤンがいつもは入らない押し入れに自ら入って行った。「部屋に人が多過ぎるのかな~」くらいに思っていたら、普段は鳴かないネコヤンがやけに唸り声を上げている。

「おい、うるさいぞ!」と押し入れを開けてみたらびっくり。なんと子猫を5匹も産んでいた。たちまち僕の部屋は、僕と友達とネコヤンと子猫たちで足の踏み場もない状態になってしまった。

死んだと思って焦った

そんな暮らしが何年も続いたある日のことである。普段は窓からやってくるネコヤンだが、僕が不在だったのでアパートの外階段を上がってきたのか、僕の部屋の前にネコヤンがいた。

しかしその様子は尋常ではなく、グッタリとなって横に倒れていた。これは一大事と部屋に運ぶが、容態はますます悪化。次第に呼吸が荒くなり、白目になってしまった。口からは舌がベローンと出っ放しになり、やがて静かになった。「死んだ…いや、微かに息はしているか、でもこれは…」。もはや何の反応も示さなくなっていた。

ところが僕はバイトに行く時間だ。当時やっていたバイトは病院の受付。僕が遅刻すると救急患者さんの命にかかわることもあるので、休んだり遅れたりするわけにはいかない。困った僕は、当時付き合っていた彼女に電話をした。その日はちょうど留守中の部屋に来て料理を作ってくれることになっていたのだ。ちなみにこの彼女とは、後の妻である。

「ネコヤンが今、台所のところで…たぶん君が着く頃には完全に冷たくなっていると思うので、悪いがアパートの入り口あたりに埋葬しておいてくれ…」

彼女はしばらく無言だったが、「・・・分かった」と一言。残酷な頼みを了承してくれた。

そしてバイトが終わり、暗い気持ちでアパートのドアを開けた。すると、なんとネコヤンは元気になっており、新たな子猫を出産していたのだ。ネコヤンのおっぱいを数匹の子猫が吸っていた。これには驚き、ネコヤンの生命力の強さを感じざるを得なかった。彼女も「嫌だな~と思って来たら、カワイイ赤ちゃんが産まれてた!」と喜んでいた。

あれから30年以上が経ち、そのアパートはとうの昔に取り壊されている。さすがにネコヤンももういないだろうが、その子どもや孫たちがきっと高円寺の街のどこかで「遊んでくれる人はいないかニャア」と、鳴いているところかもしれない。

 

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