「ファッションとは感情を揺さぶるもの」NYで活躍する日本人パタンナーのこだわり

パターンメーカー(パタンナー)、デザイナーの佐藤正明さん(撮影・田中真太郎)

ニューヨークで服飾の「パターンメーカー(パタンナー)」として15年のキャリアを持つ佐藤正明さん(37)。現在の「Rebecca Taylor」をはじめ、これまでに「PHI」「alice + olivia」「3.1 Phillip Lim」「Edun」などで働いてきました。

いま、ニューヨークのファッション業界は、すさまじいスピードで変化していると言います。そんな中で、自らの技術と信念、理想を持って生き抜く佐藤さんに激変する業界について聞きました。

停滞するファッション業界

仕事場で作業をする佐藤正明さん(本人提供)

――パターンメーカー(パタンナー)とはどんなお仕事なのですか?

佐藤:デザイナーが描いた平面のイメージを基に縫ったり、ピンで留めたりして、服を立体的に組んでいき、最終的にはそれをパターン(型紙)に起こすのが仕事です。アメリカのファッションブランドでは、オーナーが必ずしも服に関する知識を持っているわけではなくて「自分の着たい服を作りたい」という発想から始まっている場合が多いです。そのため、スタッフを集めてアトリエなどで服を制作します。デザイナーにも発想が素晴らしい人、細かいディーテルにこだわる人など、いろいろいるので、パターンメーカーはデザイナーとコミュニケーションを取りながら、そのアイデアを形にする手助けをします。

――ニューヨークのファッション業界の最近の動向は?

佐藤:「ファッション業界の景気が良い」という話はここ10年聞いたことがなくて、むしろ業界全体が停滞していると、日に日に強く感じます。一つには服、ファッションに対する人の価値観が変わってきて、無理におしゃれをしない、服にお金を使わない傾向が強まったと感じています。暖かったり、寒かったり、その気候で快適に過ごすためのものであればいいと考える人が増えたということです。服作りのプロセスにおいてやるべきことは変わりませんが、そこへのコストのかけ方が変わり、作られる服の幅も狭くなっています。

一方で、これまでファッションをリードしてきた、お金をかけても着たい服を作りたい人や会社があって、それを望む人たちがいます。服は個人の価値観なので、どちらが正解ということはありません。ただ、これまであった中間の価格帯の服を提供するブランドが、どんどん潰れていっていることから、二極化が顕著になっていることが分かりますし、特に、服にお金をかけない傾向が強まっているのを感じます。

昨年、ニューヨークを代表するファッションブランドの一つ、カルバン・クライン(Calvin Klein)がコレクションを閉鎖して、旗艦店も閉じました。ニューヨークのファッション業界では、それが一つの潮目と感じている人が多かったと思います。僕たちの職業に関しても、求人が減るというように目に見えて影響は出ています。

制作プロセスのコスト削減も顕著です。中国をはじめ、海外のファクトリーが服の生産だけでなく、制作の部分、パターン、プロトタイプ作りまで、込みのパッケージを提示するようになりました。デザイン画とスペックを示せば、結果がデザイナーのイメージと近い場合も遠い場合もありますが、とくにかくポンと出来上がったものを送ってくれるわけです。最近ではコスト削減のために、アトリエ自体を閉鎖する会社が増えているのが業界のトレンドです。

どんな仕事でも「No」と言わない

(撮影・田中真太郎)

――そんな中にあって、自分の良さをアピールしながら生き延びていく方法は?

佐藤:ファッションに限らず、どの業界でも、これからは機械やAIが仕事やプロセスをどんどん奪っていくと言われていますよね。僕は、パターンメイキングでも、先に話した例のように、要求されたものを言われるがままに作るだけならば、海外の工場に任せればいいと思います。僕の強みは、デザイナーとコミュニケーションを取り、そのビジョンを読み取って、解釈して、提案して新しいものを生み出せることだと思っています。また、僕にとってファッションとは、ただ着るもの、身に着けるだけのものではなくて「感情を揺さぶるもの」だと思っています。自分の手でものを作りたい人の数は減っていくのかもしれないけど、いなくはならないと思うので、そのニッチな部分で突き詰めてやっていくしかないですね。

駆け出しの頃に「Alice + Olivia」で働いていて、恩師と言える人と出会いました。たくさん技術的なことも教えてもらいましたが、教えてもらった一番大事なことは「仕事を任されたときに絶対にNoと言わないこと。常に、Let me try.(やってみます)と言う」ということです。どんな仕事が来ても身構えず、やった経験がなくても臆さない。分からなければ経験のある人に聴いて、結果的にできればいいということです。プライドが高くて人に聞けない人も多い業界なのですが、そこにはできないという事実しかないのだから、プライドなんて必要ないんです。

3年ぐらいやっていれば自信はつきます。その後も、地道にやっていけば技術は向上していきます。でも10年やっている人、30年やっている人となると、そこまでの技術的な差は出てこない。でも、30年やったと威張っている人もいるし、デザイナーがアイデアを持ってきても、自分のやり方でしかやらず、全部に Noという人もいます。僕はNoと言わずに仕事をしてきて、たくさんの経験を積ませてもらうことで技術を磨いてきました。だから、仕事はやってきた年月じゃないと分かりました。

作った人の思いが伝わるものを

(撮影・田中真太郎)

――これから取り組もうとしていることは何かありますか?

佐藤:もともとは自己表現としてデザインをやりたいと思って、パーソンズ美術大学(Parsons School of Design)に入りました。思い描いた通りの服を作るには、パターンメイキングをしっかり勉強しようと思ってインターンシップをやったら、そこからフリーランスの仕事につながって、今に至っています。デザインもしていて、クリエーターという気持ちもあるのですが、現実的にお金を得るためにパターンメーカーとして働いてきました。

服を作れるようになったのに、自分がそのことをしっかりと進められていないのは、すごくもどかしいです。最初は一生懸命進んでいたのに、同じ業界に長くいると慣れてきて、麻痺(まひ)してしまう部分があると感じます。当初は疑問に思っていたことも、今は疑問に思うことすら忘れてしまって、流れに乗っている。自分の個性を発揮したいといって日本から出てきたのに、こっちに来て、波に飲み込まれていく自分っていうのが嫌になって、より自分の表現をしないといけないと思い、初心に戻って活動を始めています。

グラミー賞を受賞しているバンド、エヴァネッセンス(Evanescence)のボーカリスト、エイミ・リーがノーベル平和賞のコンサート(2011年)で歌うときの衣装を手掛けてから、毎年コラボして衣装を作っています。すごくクリエーティブな人で、シチュエーションやイメージを聞いて、アイデアを出しながら作っています。一緒に仕事をすると、自分の想像力もかき立てられます。こうした仕事をさらに増やしていけたらと思っています。またそれとは別に、アクセサリーのデザインも手掛けています。制作プロセスは服とは違いますが、デザインのコンセプトの作り方は同じで、これまでのアクセサリーの概念に捕らわれない、かなり変わったものを作るつもりです。

今のファッション業界では、新しいものが出尽くした感があって、停滞期だと言われています。ファッション業界の流れを個人で変えるのは難しいかもしれませんが、それを変える、なにか新しいものは、僕は手を使って作り出すものからしか、生まれないと思っています。作った人の思いがきちんとした形になって、触れられて、うそがないもの。画一化されたものが作られて売られる一方で、本当に作りたいものを作る人はいなくならないと思っています。

 

TAGS

この記事をシェア