夢のNYブロードウェー出演へ 「オーディション100回受けてでも」

ダンサー、振付師の能塚由香さん(撮影・田中真太郎)

能塚由香さん(27)は、2015年にニューヨークのダンススクールに留学し、卒業後はダンスカンパニーに所属してダンサーとしてのキャリアを着実に築いてきました。今回、3季過ごしたカンパニーを離れて、ニューヨークに来た本来の目的であるブロードウェーミュージカル出演を目指し、次への一歩を踏み出しました。世界中からダンサーが集まるニューヨークで飛躍し続けていくために何が必要なのか聞きました。

絶対に手を抜かないというルール

(撮影・田中真太郎)

――現時点(2020年2月)はどんなお仕事をされているのですか?

能塚:ニューヨークのナイニー・チェン・ダンスカンパニー(以下、ナイニー、Nai-Ni Chen Dance Company)で、フルタイムのダンサーの仕事をしています。ナイニーでは大小合わせて年間100公演ぐらい出演するのですが、それ以外の時間に単発のイベント、例えばディズニー(Disney Parks Live Entertainment)とサクス・フィフス・アベニュー(Saks Fifth Avenue)がコラボするホリデーショーなどに出演することもあります。またルイージ・ジャズ・ダンス・センター(Luigi's Jazz Dance Centre)では、パートタイムでサブティーチャーもしています。でも実は、2月いっぱいでナイニーを離れてブロードウェーのミュージカルに出演するというニューヨークに来た目的を果たすために、本格的にオーディションを受け始めます。

――ニューヨークではダンサーとして仕事を見つけるのも、継続していくのも難しいことだと思うのですが、決断に迷いはないのですか?

能塚:もちろん大きな決断ではありました。ニューヨークに来て、ダンススクール(The Ailey School)を卒業したあと、オーディションに合格して、初めてフルタイムのプロのカンパニー所属のダンサーとして仕事をしたのがナイニーです。以来、ショーへの出演、そのためのリハーサルは毎日の生活の一部になっているので、それがなくなってしまうのは不思議な気持ちです。そしてもちろん主な収入源を失うので、経済面での不安はあります。

実は昨季、フルタイムのダンサーをしながら、ミュージカルのオーディションを受けてみようと試みました。結果的にいうと、両立はできないと分かりました。これまでも他のショーのオーディションは受けてきましたが、ブロードウェー・ミュージカルのオーディションとなると、準備にも時間をとられますし、審査で長時間拘束されます。フルタイムの仕事であるショーのリハーサルに行けないといったことが起こります。

世界中からダンサーが集まり、常に大きなチャンスを求めているニューヨークです。カンパニー、ディレクターと信頼関係もあるので、応援はしてくれるだろうし、理解は得られたと思います。ですが、「どんな小さなことでも絶対に手を抜かない」という自分のルールに反してしまいます。プロとしてフルタイムで仕事をしている以上、それはできないと思いました。その時は、今は時期ではないと考えて、歌や発音矯正のクラスを取って準備を進めることにしました。

ダンスを披露する能塚由香さん(撮影・Andy Chiang)

もう一つは、ナイニーは居心地良いカンパニーなので、長くいるとそれだけ出ていくのが怖くなるとも思いました。フルタイムではなくても、お願いすればパートタイムでダンサーの仕事は続けさせてもらえたとも思いますし、前のところに片足を突っ込んだまま続けていく人の気持ちも分かります。ただ、私は次に行くためには中途半端にはできないし、主な収入源となる仕事がなくなることで、自分を追い込もうとも思っています。今は、次のシーズンに向けたオーディションの時期なので、まずは100回受けようと思っています。

――自分のルールとはどんなものですか?

能塚:実は、このインタビューの前に、子供向けのショーに出演してきました。カンパニーでは、パブリックショーという規模が大きくて、予算もかかったショーをやる一方で、こういう規模が小さくて予算もかかっていないショーもやります。特に、芸術的な流れのダンスをやってきた人が子供向けのショーに対してちょっと気恥ずかしくなるのも分からなくはないのですが、「どうせ子供相手でしょ」みたいな態度を出してしまう人がたまにいるんです。私はどんな舞台の瞬間も無駄にしたくない気持ちがあるのですが、どんなときも120%でやりきるというのを自分のルールにしています。

これは、子供のころに母から「素直じゃないと夢はかなわない」と言われたことがいまだに残っているからです。これまでダンスをやってきた中で、「これ嫌だな」「この人の話を聞きたくない」と思ってしまうと、必ず母の言葉が頭をよぎります。今でもそうです。だから、何に対しても、素直に、全力で臨むのを自分のルールと捉えています。またやるならば誰のせいでもなく、自分がどう向き合うのかだと思っています。周りからは「熱過ぎる」と言われますし、ナイニーでも、いつも人一番やる気満々なので「これはYukaのショーだね」とディレクターにもよくからかわれますね。

最近気づいた自分のこと

(撮影・田中真太郎)

――決断するとき、誰かに相談するのですか?

能塚:決断は、すべて自分ひとりで考えます。でも悩むときは、最後の「そうだよね」を聞くために、いつも母に電話をしている気がします。私は、人に話しながら頭の中を整理する傾向があって、相談というより、話すから聞いてよ、という感じです。話す内容が違っても、場所が変わっても「地道に努力を続けてきたよね」「自分ですることは分かっているよね」と母がかけてくれる言葉はいつも同じです。

そういう母の言葉を聞いて、このごろやっと自分でも認められるようになったのが、自分が不器用だということ。振り返ってみれば、これまで周りにいる人たちは、すぐにできるようになるのに自分だけできないという状況に置かれることばかりでした。世界から優秀な生徒が集まるエイリースクールでは、最初からみんなクルクル回って、バンバン足が上がるのに、私はそれができない。できないから、人一倍練習するしかなくて、頑張って、頑張って、1年目は皆勤までしてやり続けました。そして2年目に奨学金をもらえるまでに評価してもらえました。

基本的に何をやっても同じで、レベルの高いダンサーが周りにいたナイニーの1年目もできないことばかりで、努力を続けていくうちに2年目から大きなパートも任されるようになりました。不器用だからこそ、努力し続けることができて、目標を実現してこられた。そして努力は絶対に裏切らないし、続ければ夢は実現するという自信を持てるようになりました。

これからも多分同じだと思っています。オーディションは落ち続けるだろうなと思っています。その覚悟をした上で、100回受ければ目標は実現できると思っています。もしも、それで受からなかったとしても、自分が100%やり切っていたなら、縁がなかったと納得できます。

(撮影・田中真太郎)

――これからの活動は?

能塚:まだミュージカルのオーディションを受け始めたばかりなので、こういうものだと認識しながら受けています。例えば、ユニオン(組合)に入ってないと、人数が多いときは見てもらえないんだとか、雰囲気、こんな服装で来るんだなとか。周りからは聞いていたし、心の準備もしていましたが、実際に目の当たりにすると、新しいことだらけで楽しいですね。

これまでに道を切り開いてきた人たちがいて、それはすごくありがたいことで、私も彼らの成功の後を追ってきました。でも結局は自分の道なので、最後は自分で切り開いていかないといけないんだと思っています。

 

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