「ロジカルとキャラ」野村克也監督と談志との相関性(談慶の筋トレ道)

(撮影・斎藤大輔)

野村監督が亡くなりました。

頭を使う野球を「ID野球」と称し、それまでの体育会的根性論をベースとしていた指導法から一線を画すかたちで、率いていたかつての弱小チームを何度も日本一に導くなどの手腕を発揮しました。それが選手個人レベルでは、「野村再生工場」などともてはやされ、一度成績の落ちた選手を再活性化させチャンスを与えるなど、プロ野球界にその名を刻んだと言ってもいいほどの業績を残しました。

またプライベートでは「サッチー」こと沙知代夫人の尻に敷かれているような恐妻家であり、愛妻家を貫き、また独特の野村節ともいえる「ぼやき」から確実にキャラも立っていたという意味では、同世代で華々しく活躍していた王貞治氏や長嶋茂雄氏に匹敵する存在感も発揮していました。この2人とは違って自らを「月見草」とするあたり、本人の意図とは別に「イメージ戦略の勝者」でもあったように思います。

さて、そんな野村さんですが、よく似た人物を実は私は知っています。

師匠・談志であります。

「圧倒的ライバル」の存在という共通点も

「え? 嘘だろ」とお思いの方が多いかと思いますが、実は改めて似ているなあと確信しています。その「ロジカルとキャラ」です。談志もロジカルでした。

幼年期に、近所の悪ガキたちと石合戦をしていた時からその本領は発揮されていました。見るに見かねた近所のおじさんが、「克由! お前の投げた石があそこのうちの窓ガラスを割ったらどうするんだ?!」と怒鳴ったところ、将来落語界のカリスマになるその憎らしき少年は、「おじさん、割ってから文句いいなよ」と平然と言いきったそうです。確かに、「まだ投げた石で窓ガラスを割ってない」うちは、「未遂」ですから、文句言われる筋合いはないのは当然です。

ほんと糞生意気なガキであります。まさに「三つ子の魂百までも」の典型であります。

そんな子供のまんま16歳で落語界に入った談志は、徹底的にいじめられることになります。まして入門したのが昭和27年(1952年)です。まだ戦前の古い因習が残る世界に入ったのですから、異分子を排除しようという動きは当然の感覚かもしれません。余談ですが、そんな談志に唯一優しく接してくれたのが先代・林家三平師匠だったとのことでした(その優しさが芸にあふれていますよね)。

さて、そんな談志でしたが、野村さんに対する王さんや長嶋さんのような圧倒的なライバルが出現します。古今亭志ん朝師匠です。父親はご存知・昭和の名人、古今亭志ん生師匠です。

天性の明るさと明晰な口調、テンポのいい展開でその天才性を発揮し、父親の門下に入門するとなんと入門5年で真打ちに昇進します。

華々しいサラブレッドの躍進に、先輩であるはずの談志は、志ん朝師匠に「早すぎる。断れ」と諭したそうですが、志ん朝師匠は「いや、兄さん、俺は実力で昇進したと思っている」と切り返した話はあまりにも有名です。

このあたりが、太陽のようなまばゆい光を放つ王や長嶋に対して、自らを「月(見草)」と投影した野村監督と完全にかぶります。

談志はその後ライバル心をむき出しにして、志ん朝師匠に遅れてその1年後真打ちに昇進します。

「志ん朝にないものを磨いてやる」と決意を新たにし、野村監督同様、「ロジカル」に舵を切り、真打ち昇進後2年、落語家としては初の著書『現代落語論』を著すことになります。徹底的に「理論」で処理をし続け、さらにそれ以降落語と格闘する道を選び、後年立川流を創設しました。その落語家人生は、志ん朝師匠がテンポとメロディラインで落語を処理したのと好対照でした。談志が「理詰め」なら志ん朝師匠は「リズム」ということでしょう。

野村監督が、王・長嶋の太陽コンビの特に感性のみで野球をこなす長嶋さんの向こうを張る形で「野村理論」で野球道を究めたのとまさに完全に同じ軌道であります。

とはいいつつも。

私生活では、談志は完全に長嶋派でした。明るさと天才肌に惚れていたのでしょう。自ら出演していた番組などに招いたりしていたものです。「チョーさん、千葉には、あなたを始め、掛布とか篠塚とかなぜいい選手が出るの?」という質問に対して「東京に近いからでしょう」と長嶋さんは答えていましたっけ(笑)。

(撮影・斎藤大輔)

「嫉妬と劣等感」を抱くのは素晴らしいこと

さて。談志はそんな長嶋さんにあこがれる一方、野村監督は、「暗いんだよな」と正直嫌っていました。これは今思うと、近親憎悪的な「自分と似ている人」に対する拒否感だったのではと推察します。

よくよく考えてみると、談志は志ん朝師匠に対して抱いた「嫉妬」をベースにして天下を獲ったとも言えます。対して野村監督もやはり、先日もドキュメンタリー番組で言っていましたが、「俺は劣等感しかない」とのことでした。

さあ、ここで飛躍させます。「嫉妬と劣等感」という誰もが持っているマイナス感情をプラスに転化させたからこそ2人の巨魁が現れたのではないか、と。これは私を含めた凡人にとっても希望を与えてくれるような予感がするのです。談志と野村監督が凡百の人間だったら、自らの嫉妬と劣等感でやられてしまっていたはずですが、談志は嫉妬を「己が努力・行動を起こさず、対象となる人間をあげつらって自分のレベルまで引き下げる行為」と定義しました。

これを見習わない手はありません。

まさにここで、筋トレです!

筋トレは、始めたばかりの頃は、「嫉妬と劣等感」が悩まされます。周りにはこれ見よがしとばかりのマッチョだらけで、自らの飛び出た腹とか細い腕を見るにつけそんな意識を増幅させられます。でも、そこから始まるのです!

「嫉妬と劣等感」という感受性があるのは素晴らしいことなんだと考えを切り替えてみましょう。そこからスタートすればいいだけの話なのです。大切なのはそんなセンシティブな感情を上手にキープすることではないでしょうか? 「いつかはきっと。今に見ていろ。俺だって」という具合に自らを鼓舞してみるのです!

私もそんな思いでスタートした筋トレですが、気が付くと13年目に突入しました。

振り返ってしみじみ思いました。談志も野村監督の、やはり努力家だったのです。当たり前ですが。天才は、一般人がダメになってしまうような嫉妬と劣等感という情念すらエネルギーに変換させてしまうからこそすごいのかもしれません。

さあ、みなさん。そんな具合にものごとを受け止めてみると、体型を馬鹿にされたり、すごい人との彼我の差に傷ついたりすることも実は大切にも思えて来ませんか?

頑張りましょう。明日のために。

 

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