インスタントラーメンのコレクションが書籍化した話~石川浩司の「初めての体験」

2年半で800食をたいらげた(イラスト・古本有美)

このコラムの読者はご存じの通り、僕は20代の頃、東京・高円寺のボロアパートで暮らしていて、僕の部屋は貧乏な若手アーティストたちのたまり場となっていた。僕の部屋には常に誰かがいて、「ひとり暮らしなのにひとりの時間がほとんどない」という不思議な日々だった。今回はその頃に僕がコレクションしていたインスタントラーメンのパッケージについて綴りたいと思う。

大量のラーメンが消費される僕の部屋

「なんか食い物ないの~?」。たまり場となっていた僕の部屋で、友達から最も投げかけられた言葉のひとつがこれだ。麻雀などをして長時間過ごしていると、どうしても皆の腹が減る。

すると、僕が買い置きして隠し持っていた食料が、いつの間にか食べられているなんてことも日常茶飯事だった。貧乏でギリギリな生活をしていた僕にとって、これは死活問題だ。さらなる貧困の奈落へと「アァ~ッ」という悲痛な叫び声を残しながら転落していくかのような気分であった。

そこで僕は考えた。これはきちんとお金をいただくべきだと。そうでもしないと、自己破産の日も近いと危機意識を持ったのである。僕は、お金がないみんなの腹を満たすものの代表格であるインスタントラーメンを大量に購入することにした。

僕は近所のスーパーマーケットで、1箱に30袋入ったインスタントラーメンをヨイショと箱買いした。1袋にすると約33円という最も安いラーメンだ。これをほしい友達に売ってあげることにしたのだ。

食べたい奴は自分で鍋をゴシゴシ洗って、お湯を沸かして自ら作るのだ。そのうち「素ラーメンじゃ寂しいよお~」という要望が出てきたので、コーンやメンマ、卵やもやしなども揃えた。

インスタントラーメンのコレクション

そんな中、もちろん僕自身も貧乏生活だったので、毎日1食はインスタントラーメンを食べていた。なので部屋のゴミ箱は、捨てられたラーメンの袋やカップ麺の容器で常にあふれていた。

そんなある日、「ん?」と思ったのである。「これは本当にゴミだろうか?」と。僕にはゴミを活用する趣味があった。近くのゴミ置き場から太鼓を拾い、ライブでその太鼓を使ったり、空き缶を集めたコレクションをしたりしていたのだ。

そこで考えた。「インスタント麺もどうせ毎日食うのなら、日々違う物を食べてコレクションしたらどうだろう」と。

空き缶コレクションと同様に、日常の廃棄物を取っておいてコレクションにするのである。インスタント麺も新旧交代が激しい。10年も経てば、「そういえば昔こんなの食ってたなあ。もう無いよねえ、懐かしいなあ」と、振り返ることができると思ったのである。

2年半で800食のラーメンを食す

インスタントラーメンのスクラップブック(提供・石川浩司)

そう決めたら善は急げ。僕は早速スクラップブックを買ってきて、毎日食べたインスタントラーメンのパッケージをそこに貼っていった。

味にはあまりこだわりが無いので、よほど強烈に印象に残っているものを除けば感想は書かない。代わりに、その日の日記を余白に書いた。つまり、スクラップされたラーメンを食べた日に何をしていたかがわかるようにした「麺日記」である。「毎日1食は必ずインスタントラーメン食べる」というルールも決めた。

それ以来、時間があればスーパーマーケットをまわり、新商品やプライベートブランド物を集めていった。時にはご当地もののインスタントラーメンを求めて地方の町に遠征し、現地のスーパーを巡った。もし警察に見られていたら、不審者のような行動だったかもしれない。

こうしておよそ2年半で800食のインスタントラーメンを食し、スクラップブックは20冊を数えていた。

ラーメンコレクションが書籍にも

その後、僕はバンド「たま」でメジャーデビューし、このコレクションのことも取材で話すことが出てきた。ある時、「それ面白そうですね、本にしませんか」という出版社が現れた。こうして誕生したのが、1995年に発売された『イラスト図鑑インスタントラーメン』(同文書院)である。

バンドとしては詩集やトーク集、写真集に評論本などいろいろな出版物はあったが、僕個人としては最初の出版物となった。バカ売れしたわけではないが、少ないながらも印税をいただいた。

なのでこれを読んでる諸君。ゴミだと思っていた物でも、錬金術によってお金になるものはあるのだ。

まずは、みんながポイッと捨てているもの、誰も見向きをしてないものに目を向けてほしい。実際の物体でなくてもいい。他の人が気にもとめずに捨てているものをちょっと視点を変えて拾い集めてみると、そこに思わぬビジネスチャンスが転がっているかもしれない。

 

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