種子島で宇宙と本屋を思う(離島の本屋ひとり旅・最終回)

宇宙センターに展示されている、H-Ⅱロケットの実物大模型。種子島に来たらとりあえず見ないと!

【連載】離島の本屋ひとり旅

50キロの道のりをバスで移動する

出版取次の日販が、書店の次世代を育成するために開講している出版流通学院によると、2019年の全国の書店数は9692店となっている。2015年は1万1225店なので、4年で実に1500店以上が閉店している。離島の本屋も「いつか行こう」と思っているうちになくなってしまったり、一度訪ねた店がなくなっているということは、この連載でもう何度か触れている。

2019年12月に屋久島に行った私は、その後ロケットという名の高速船で約2時間かけて、種子島に向かった。まっすぐ帰らなかった理由は、この島に本屋があることがわかっていたから。種子島は2005年に一度行っているのだけど、この時は本屋に寄っていなかった。あかりが灯り続けているなら、近くまで来たのだし行かなくちゃ。そしてその時も行ったものの記憶が曖昧になっている、種子島宇宙センターの見学もしたかったからだ。乗り物好きなので、寿命が来るまでに乗る機会があるのかわからないけど、ロケットも当然好きなのだ。それに高速船の名前になっているほどの名物だし。

種子島宇宙センターは、島の南端にある。フェリー乗り場近くの西之表という地区に宿を取ってしまったのだが、そこから宇宙センターまでは約50キロもある。歩きやレンタルバイクで行ける距離ではないし、私はペーパードライバーで、この土地に友人はいない。だが1日に片道6本、往復12本の島を横断するバスに乗れば、約1時間20分かかるものの行けることがわかった。バスの時間に合わせるべく、普段は本屋取材をしてから観光地などに行っているのだが、今回は逆パターンで島を巡ることにした。

なんとなく緊張して一晩を過ごし、翌朝9時過ぎに出るバスに乗った。一路、宇宙センターへ。皆さんどなたも私より後に乗ってきて、手前の停留所で降りるよ…。本数も少なく時間もかかるゆえに、路線バスの利用者は種子島に限らず減少するばかり。そうなるとさらに減便されるという負の無限ループに陥りがちだが、「ある」って本当にありがたい。離島の本屋取材においては、何度路線バスに助けられたことか。なんてことを考えているうちに、宇宙センターに到着した。

屋久島を離れる日は、昼頃から本格的な雨に

沖縄の統治が宇宙センターの場所を決めた

事前予約が必要なものの、種子島宇宙センターでは無料で参加できる施設案内ツアーがある。お子さま連れやインバウンドの皆さんに混じり、アラフィフが1人で参加する。この手のツアーの1人参加は慣れたものなので、とくに何かを感じることはない。解説を聞き漏らさぬよう最前列に並び、施設内を巡るバスにさっそうと乗り込む。

しかしなぜ、種子島にロケット発射基地ができたのだろう? ツアーガイド氏によると地球は球体であるため、遠心力が大きい赤道付近は重力が少ないため、ロケット発射には有利な場所となっている。しかし宇宙開発機関でJAXAの前身となるNASDA(懐かしい!)が作られた1969年当時は、まだ沖縄が返還されていなかった。そんな事情もあり、鹿児島県内で探したところ種子島に白羽の矢が立ったそうだ。といった学びに耳を傾けながら、ロケット機体や発射場などを見学。ひたすら自撮りに励んでいるうちに、あっという間に戻るバスの時間が来てしまった。

ロケットガレージに展示されている、H-Ⅱロケットの部品
宇宙センター敷地内から海を臨む

推しアイドルの祖母の店へ

再びバスに揺られて約1時間20分かけて、元居た西之表地区に戻ってきた。なぜなら宿のすぐ近くにある、あやの食堂に寄ることも旅のミッションだったからだ。モノノフには説明不要だが、そうでない人のために書くと、ももいろクローバーZのしおりんこと玉井詩織嬢(黄色)の祖母が営んでいる食堂なのだ。

何年かに1回、突然アイドルにハマる薄いドルオタ気質の私は、長年黄色推しをしている。以前は赤推しの友人と、ライブにも行ったものだ。最近はご無沙汰&ほかにも好きな推しグループができてしまったのだが、しおりんファンを辞めたわけではない。だから種子島にいるなら、寄らない理由はない。いやむしろ行くだろう聖地巡礼!

微妙にドキドキしながら引き戸を開くと店には2グループ、約10名ほどの先客がいた。1グループは宇宙センターで見かけたインバウンドの人たちで、あとは地元のマダム達のようだ。しかし「今日はもうあと1食作れるかどうか、というぐらいしか食材が残っていない」とのことだった。ショックを受けながらも「この辺に他に食事ができるところがあるか」と聞くと、それもないという。打ちひしがれていると、あまりに哀れに思ったのか「なんとか作るから」と声をかけてくれた。う、嬉しい!

ご厚意に甘えて座敷にあがり、待つこと約10分、待望のちゃんぽんがやってきた。野菜の滋味がスープにしっかりしみ込んでいて、五臓六腑に染み渡る。「しおりんの」という枕詞は必要ない、種子島に来たら食べるべきちゃんぽんだと実感した。

ちゃんぽん600円。具だくさんなのにこの値段はコスパ良すぎ

デザートのポンカンまでいただいてしまい、しおりん祖母様と厨房にいた女性にお礼を言い、店をあとにする。次に向かったのはあやの食堂から歩いて行ける距離にある、逆瀬川書店だ。

逆瀬川書店の店内。雑誌とマンガ、文具が目に付く場所に陳列されている

島の店と人との繋がり

逆瀬川、という名字は種子島に多いのだろうか。思いきってカウンターにいらした、逆瀬川裕之さんに声をかけてみた。すると

「このへんではうちと親戚のみです」

と語った。いわく逆瀬川家は曾祖父の代に、枕崎からやってきたのだそうだ。

逆瀬川書店は1972年創業で、現在は2代目の裕之さんとその妻、両親とおばの5人で店を切り盛りしているそうだ。品揃えは本と文具が半々ぐらいの割合で、マンガが多く揃っているのが特徴だ。そして初代の父上は、ほど近い場所にある和田書店という、大正3年(1914年)から続く老舗で修行をしたのち、独立したと教えてくれた。

逆瀬川書店二代目店主の、逆瀬川裕之さん

本屋がまったくないか、あっても1軒だけという島もあるけれど、何軒かある島もある。そういう場合はたまにだが、他の店の話を振ってみたりすることもある。お互い違うジャンルに力を入れて住民の棲み分けを図ったり、全く交流はなかったりと、それぞれに違う関わり方をしてきていた。でも修行をして、そう遠くない場所で独立開業というパターンは、もしかしたら今回が初めてかもしれない。

逆瀬川さんに挨拶をして店をあとにすると、入口横に置かれているベンチに、おばあちゃんが座っていた。きっと彼女はこうして店の前を通るたびに、一息ついているのだろう。

一瞬で通り過ぎる旅人でも、その島のお店と人との関わりを垣間見ることができる。島の本屋は、そんな場所でもあるのかもしれない。

初めて来たのは2005年で、実に15年ぶりの種子島だった。けれど自分の足で歩くことで、リゾート旅行の時には気付くことができなかった風景を見ることができた。ちょっと不便だったのは事実だけど、バスと歩きで回って良かった。ということで屋久島&種子島の離島の本屋ひとり旅と、DANROでの連載はこれにて終了。でもこれからも離島の本屋巡りは続くので、またどこかでお会いしましょう!

ひらがなで書かれた「さかせがわ」が、なんとも味わい深い
種子島空港にて。ロケットの島であることへのアピールに余念がない

 

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