中高年ひきこもりの現実「孤独ではない。孤立です」

最近まで実家にひきこもっていた吉田さん

定職につかず実家に身を寄せ、老親の年金を頼りに暮らす「中高年のひきこもり」。ひきこもってしまった理由は人それぞれですが、今年53歳で、3年前まで「実家にひきこもっていた」という吉田さん(仮名)には「精神的な病」が背景にありました。その病のトリガーとなったのは「脱サラ、離婚」です。吉田さんに、その経緯を伺いました。

ある朝、突然体が動かなくなった

——吉田さんがひきこもりになったのはいつ頃ですか。

吉田:40代前半だったと思います。20代後半で結婚し、子どもにも恵まれ、仕事も順調でした。ところがいろいろあって30代で離婚。しばらくひとり暮らしを謳歌していたのですが、ある時から「朝、目覚めた時、体が動かない」という状態が続くようになったんです。

——なにか明確な原因があったのでしょうか。

吉田:30代後半で脱サラして起業したんですね。社員は自分ひとりの自営業。経営的にはうまくいっていました。その後に離婚したため、プライベートでも仕事でも、完全に「ひとり」になってしまいました。仕事はメールや電話を通してやれる業種なので、「誰かと会う」機会が減った。メールで打ち合わせをする日々も多く、気づけば「何週間も誰とも会ってない、喋っていない」ことがしょっちゅうありました。会社の業績はよかったので、経済的な悩みはないはずなのに、毎日少しずつ気持ちのトーンが落ちていくのを感じていました。次第に昼間まで寝て、目が覚めても体がだるい感じが続き、ある日突然「朝、体がまったく動かない」という状態に見舞われたんです。

——仕事に悪影響が出ますよね。

吉田:そうなんです。まず電話に出ることができなくなりました。パソコンを開く気力もなくなり、メールの返信もままならない。「今日は体がきついので、明日まとめてやろう」という日々が続き、気がつけば、あっという間に数カ月経っていました。

「明日からやろう…が毎日続いた」と吉田さん

天井をひたすら見つめる毎日

——その間、どんな風に過ごしていたのですか。

吉田:1日のほとんどを寝床で過ごしていました。頭のなかは常に靄がかかっている状態で、天井を見つめているうちに寝落ちし、目が覚めても体が鉛のように重く、再び天井を見つめて過ごす…そんな毎日でした。当時はひとり暮らしをしていたのですが、食事もとらずにずっと寝ている日々が続いたので、さすがに両親が心配して、実家に戻ることを勧めてきました。大の大人が、実家の世話になるなんて…と情けなさを感じながらも、自分ひとりではどうにもならないという思いから、実家に戻ることにしました。「誰かと暮らすことで、生活の乱れや体調不良は改善されるはず」と当時は思ったんです。

——実家で、生活は立て直すことができましたか。

吉田:実家に引っ越した時は、少しだけ体調が回復した時期だったので、迷惑をかけた取引き先に連絡し、お詫びのメールや電話を送り、仕事もなんとかリカバリーできました。当然、数カ月も連絡が取れなかったことで、取り引きをやめると言われたところもありました。それは自分のせいなので致し方ない。引き続き取り引きをしてくれるところ、新規で繋がった会社を大事にしていこうと、マイナスから再びスタートすることに集中しました。ところが、それもたった1カ月で終わりました。また体が鉛の状態になって、ベッドから起き上がることができない日々が続くようになったんです。

実家でのひきこもり生活を再現してもらった

——仕事のプレッシャーや疲れがそうさせたのでしょうか。

吉田:それがまったくわからないんですよ。順調な時でも、ある日突然「それ」がやってくるんです。両親は「離婚や脱サラで環境が変わったせいで、鬱になったのだろう」と思っていたようで、「クヨクヨしたって始まらない」などよく叱咤されました。自分でも鬱病を疑ってはいましたが、病院に行くことさえ面倒でできなかったんですよね。

——では実家に戻っても、「寝たきり、ひきこもり」が続いたわけですね。

吉田:実家に戻ったのは42歳くらいだったと思いますが、食事が定期的にとれること、家賃の心配がなくなったこともあり、かえって安心して「寝たきり」になってしまったように感じます。とにかく先のことがまったく考えられないんですよ。自室に閉じこもり、カーテンは閉めっぱなし。自室は2階なのですが、親が階下から呼んでも聞こえないので、部屋にモニターをつけられました。食事の時間になると一階からモニターで「ごはん出来たよ」と連絡が入るのですが、下に降りて行く気力がないんです。結局、親が寝静まったあと、トイレに行くついでに台所にある残りものを少しつまんで、また2階の部屋で寝る。そんな毎日でした。仕事もリカバリーできないくらいに溜まっていて、クレームの電話やメールがどんどん届くんです。「会社も潰れるな」と思いました。それでも、ひたすら「寝る、天井を見つめる」しか出来ない。感情が一切湧いてこないんです。

——両親からは何か言われましたか。

吉田:毎日責められていました。とくに母親は「これからどうするんだ。私たちが先に死んでいくのだから、ちゃんとしろ」と。父親はどちらかというと静観していましたね。父も自営業だったので、どこかで「自分が生きているうちは、息子の面倒を見る」と思ってくれていたのかもしれません。しかし、母の説教、父の無言の圧力はボディブローのように効いて、次第に「自分はこの世からいなくなったほうがいいのかもしれない」とも考えるようになりました。

——自殺願望ということですか。

吉田:そこまではないんですが……。誰からも必要とされていない人間、仕事でも迷惑をかけているダメ人間という自覚はありました。友人とも一切連絡をとらなくなったので、最初こそ心配して連絡をくれた人たちもいたのですが、それに返信することができないので、次第に仲間とも疎遠になりましたし。自分ひとりが消えたところで、誰も気に留めないだろうなと。でも死ぬ勇気というか気力がない(笑)。そのパワーはないんですよ。

病院で「双極性障害」と診断

——寝たきり、引きこもりから抜け出せたきっかけは?

吉田:わたしの仕事の商品を製造している工場があって、そこの社長が実家を訪ねてくれたんです。「いい商品を作っているんだから、ひとりで悩まずに頼ってください」とおっしゃってくれた。業務の一部をその工場に委託することで、わたしが寝込んでいる時期でも仕事が回っていくようにしてくれました。また、病院も紹介してくれました。社長には感謝してもしきれない思いでいます。

——病院での診断はいかがでしたか。

吉田:自分は「鬱病」と思っていたのですが、医師の初見では「双極性障害2型」だと。昔でいう躁鬱病ですね。思ってもいなかったので驚きました。わたしの40代から今までのエピソードを話すと「典型的な双極性障害」とのことで、まずは投薬して様子を見ましょうとなりました。

——治療を始めて、体調は良くなりましたか。

吉田:それが全然(笑)。双極性障害の薬は何種類もあるのですが、まず自分に合う薬を見つけるまでが大変でした。服用すると、体の中で虫が這いずり回るような猛烈な不快感に襲われる。発狂するかと思うほどに気持ち悪い感覚なんですよ。薬に対する不信感もあって、たびたび通院を拒んだり、薬の服用を勝手にやめるなどして、通院1年目は逆に悪化したような気がします。ようやく自分に合う薬を見つけてからは、寝たきりになる期間が少なくなり、躁状態の期間でもまあまあ眠れるようになったりと、普通の状態が長持ちするようにはなってきました。

——ひきこもりから完全に脱出できたのはいつ頃ですか。

吉田:通院しはじめて2年目くらいです。体が動く期間が徐々に長くなり、仕事もできるようになったため、実家を出て部屋を借り、自活を始めました。

いつまた「ひきこもり」になるか不安な毎日

——現在も治療は続いているのでしょうか。

吉田:月1回の通院と投薬治療は続いています。今でも体調の波はあります。1年に2度ほど「朝まったく起きられない日」が襲ってくるし、だるい日が続いてなにもできない時はあります。でも鬱期間のスパンが短くなってきたし、鬱の時でもメールチェックや電話のやりとりはできるようにはなっています。なにより躁の時期の過ごし方が変わりました。以前は「この期間しか活動できないから」とひとりバイクで北海道まで旅に出たり、車で東北一周なんて無茶なことをしていたのですが、今はない。頭が冴えていても「ここでエネルギーを使い果たすと、早く充電切れがくる」とわかったので、ほどほどに活動するようになりました。

ーーひきこもりから脱出するためには、なにが必要だと思いますか。

吉田:甘えていると思われるかもしれませんが、やはり誰かに「必要」と思われたい。そのためには、自分から能動的に殻を破らなくては…と思うのですが、それができない。だからやっかいなんです。これはわたしのような病気の人はもちろん、ほかの理由でひきこもっている人も同じ気持ちだと思います。誰かに必要とされていると感じたら、そこでやっと鉛のような体と心を振るい起こして殻を破ることができるんじゃないかな。

「中高年のひきこもりのニュースを見るにつけ、以前の自分を重ねてしまうし、今でもまたあの頃に戻るのではないかという恐怖に苛まれる」と吉田さんは語ります。

吉田:同じ「ひとり」でも、孤独と孤立は全然違うなと思います。孤独は愛でることができるけど、孤立はひとりの状態を愛でることができない。ひきこもりは孤独ではなく孤立です。親でも子どものひきこもりをどう扱っていいのかわからない。ただ、誰にも会いたくない状態であったとしても、本音はみんな『ここから抜け出したい』とは思っているはずです。わたしの場合は、実家を出て、親や世間への負い目がなくなっただけで、心が軽くなりました。同時にすべてを解決することは難しいのですが、ひきこもりから抜け出して、一度「負い目」を無くすことで、気持ちがリセットされる気がします。中高年とはいえ、まだまだやれることはたくさんあることにも気づきましたから。

 

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